「なまえー!こっちこっち!」 土曜日、ユカとリツコと買い物の約束をした通り、わたしは午後一時に駅前にいた。 まぁ数分遅れたけど許してほしい。 それでユカとリツコの姿を探してたら、後ろから大声で名前を呼ばれた。 そんな大声で呼ばなくても聞こえるわ、と思いながら振り向く。 そこには案の定馬鹿みたいな私服に身を包んだユカが、わたしに大きく手を振っていた。 『あれ、リツコは?』 「リツコはトイレ行ってるー」 『ふーん』 「ね、何色にするか決めた?」 『なにを』 「水着と浴衣だよ!」 『ああ…別に決めてないけど』 「うちはねー、やっぱピンクかなーって!」 『あっそ』 正直毎年のように水着と浴衣を買い換える理由はよくわからないし去年のやつを着ればいい話だけど、まあ欲しくないわけじゃないのでわたしも水着と浴衣を新調するつもりではいる。 去年は水着も浴衣も黒にしたから、今年は違う色にしよう。くらいの気持ちでやって来たので、うきうきしているユカがとてもうざい。 トイレから戻ってきたリツコが合流すると、わたしたちは最近新しくできたショッピングモールへ電車に乗って向かった。 ショッピングモールとか人多すぎて好きじゃないけど、ユカがどうしても行きたいと言うので仕方ない。 途中でクレープ食べたりスタベ(スターベックス)でフラペチーノ飲んだりしながらのんびり目的地へ向かう。 新しくできたショッピングモールは馬鹿みたいにでかくて広くて、ついでに馬鹿みたいに人がたくさんいた。 「あーかっわいい!うちコレにしよっかなぁ〜」 『うわ、マジでピンクだ。ピンクの水着とかよく着ようと思うよね』 「なによ、ピンクの何がダメなのよっ!」 『うるさい』 「なまえはどんなのにすんの?ビキニでしょ?」 ショッピングモールの水着売り場にて、ユカがぎゃあぎゃあ騒いでいるのを無視しながら、自分好みの水着を物色している。 リツコの問いに頷きながら、白いシンプルなビキニと白とグレーの細いボーダー柄のビキニを見比べる。 やっぱ柄ない方がいいや。 ということで、わたしは白の無地で、谷間のところと背中のところと両腰のところにゴールドの飾りが付いている水着を買うことにした。 「なまえそれにすんの?」 『うん』 「今年は白なんだ?へー、大人っぽいねそれ!」 「なまえ胸デカいから似合いそう!」 『べつにでかくないし…』 「は?でかいでしょ?なに、嫌味?」 『僻むなBカップ』 「うっせー、そのうちCくらいにはなるはずだもん!」 「なまえは何カップだっけ?D?いいねぇデカいの」 『べつにでかくないって…それに胸なんかあっても邪魔なだけだし』 「はっ!これだから巨乳は!ホント腹立つ!リツコもCあるしさぁ!なんでうちだけBなわけ?ずるい!」 『ユカほんとうるさい』 胸なんて走る時揺れて邪魔なだけじゃん、いらね。 切り落としたいと思いこそすれど、あってよかったーなんて思ったことはない。 できることならユカに分けてあげたいわ、と思うけど、言ったらまたうるさいので黙っておく。 それから、ユカがピンクの花柄のビキニ、リツコがカラフルな柄のフリンジ付きのビキニを買って、わたしたちは浴衣売り場に向かった。 去年は黒地に金魚の柄のやつを着たけど、今年は何色にしようかなーと思いながら、たくさんの浴衣に目を通していく。 ユカはわかりやすく白地にピンクの花柄のものばかりを集めてぎゃあぎゃあ言っているので無視しながら。 『リツコはどんなのにすんの?』 「んー、紺とかいいなーと思ってるんだよね。こう、おしとやかな感じ?」 『へー…』 「なまえは?その水色のやついいじゃん、かわいい」 紺色のオーソドックスな感じの浴衣を見ていたリツコが、わたしが手に取っている水色の浴衣を見て言う。 さっき見つけた、淡い水色に白や赤の小さい花があしらわれてるデザインだ。 なんか涼しげな感じだしかわいいしいいな、と思ったのでキープしておいた。 でもちょっと可愛すぎる気がしないこともない。 「いーじゃん、似合いそうだよ。帯暗めにしたら大人っぽくもなりそう」 『そう?じゃーこれにしよっかな』 「うん、かわいいじゃん」 「なまえ水色?いいね、さわやか!清楚な感じする!」 『清楚?それ似合うのわたしに』 「似合うでしょ、いいじゃん今年は清楚系でいけば?」 「中身はジャンプ大好き女子力底辺、見た目は清楚、みたいな」 『おい、女子力底辺ってふざけんなよ』 誰が女子力底辺だ、結構女子力高めだろ。 と思いながら、浴衣に合わせる帯やら小物を見ていく。 お金については、お母さんが浴衣買うなら、と多めにくれたので問題ない。 下駄は去年履いたやつでいいや。 バッグも浴衣に合いそうなのあるし買わなくてもいいだろう。 そんな感じで、水色の浴衣や暗い色味の帯を購入した。 ユカはベタに白地にピンクの花柄の浴衣と、ヒラヒラした帯を買っていた。 リツコは紺色になんかよくわからない柄の浴衣と、黄色の帯。 並んだらよくわかんない組み合わせになりそうだけど、まあ大丈夫だろう。 「あっ、ねぇ、そういえばさ!」 『なに、うるさい』 「ユカ、カフェで騒いじゃダメ」 「ごめんごめん…でさ、なまえに聞きたいことあったの忘れてた!」 無事水着と浴衣を買ってから、わたしたちはショッピングモール内のカフェに入ってお茶をしている。 そこで、ユカがいきなり騒ぎ出したのでイラッとしながら、ほうじ茶ラテを飲んだ。 わたしに聞きたいこととはなんだろう、また黒尾さんとのことだろうか。 最近ユカとリツコは暇さえあればわたしに黒尾さんの話題をふってきてはニヤニヤしているので、そろそろぶん殴ってやろうかと思っていたところなのだ。 『なに』 「あのさ、こないだの部活の日さ、なまえは孤爪と一緒に帰ったじゃん?ババロア作った日」 『うん』 「あの日、なまえが背の高い男と相合傘してたって、隣のクラスの飯田が言ってたんだけど」 「あー、うちも聞いた。飯田と吉田が見たって言ってたよね」 げ、やっぱり黒尾さんの話だった。 ていうか、あの日飯田と吉田に見られてたんだ。 全然気づかなかった。 飯田と吉田というのは、隣のクラスの馬鹿代表みたいな感じの男子である。 ていうか、わたしが相合傘してるのを見かけたからってわざわざユカたちに言う必要ないだろ。 飯田と吉田死ね。 「相合傘してた背の高い男って、もしかしなくても黒尾先輩でしょ!?」 『…まぁ、そうだけど』 「やーっぱり!なんで教えてくんなかったの!?」 『逆にさ、なんでわざわざ言わなきゃいけないの?』 「もー、ホント冷たいんだから!」 「ていうか、相合傘してたってことはやっぱ付き合ってんの?」 『付き合ってないよ。ていうか、あの時研磨も一緒にいたし…』 「えっ、そうなの?飯田たち孤爪いたこと言ってなかったよ」 「影薄くて気づかなかったんじゃない?」 『影薄いって悪口?しばくぞ』 「悪口じゃないよ!ごめんごめん!」 「え、てか、じゃあなんで黒尾先輩と相合傘してたの?」 『黒尾さんが傘持ってってなくて、研磨と一緒に迎え行ったんだけど、わたしたち財布持ってなかったから黒尾さんの傘買えなかったの。だから、わたしの傘に入れてあげただけ』 「えー…なーんだ、つまんない」 「ていうか二人とも財布忘れるとか(笑)」 「でも相合傘はしたんだよね、いいじゃん!ラブラブっぽい!」 『…そんなんじゃないって言ってんじゃん』 「ドキドキとかしなかったの?相合傘ってすっごい近いよね」 「うんうん。飯田たちも、なんかいい感じだったって言ってたよ」 『……べつに』 「え、なに今の間。ドキドキしたの!?」 『…そりゃ、するでしょ。相合傘とか初めてだったし』 「んー…まぁ、そうか…あんだけ近かったら好きじゃなくてもドキドキくらいはするか…」 「えーっ、なまえがドキドキとか!やだぁ、かわいい!」 『おい、うるさいってば』 「だって!あー、うちも見たかったなぁ…なまえと黒尾先輩の相合傘」 「確かになまえと黒尾先輩が一緒にいるとこは見てみたいよね」 『だから、そんなんじゃないって言ってんじゃん。むやみにくっつけようとしないでよ、めんどくさい』 ストローを噛む。 なんとなく、イライラした。 ユカやリツコにじゃなく、自分に。 なぜか、黒尾さんとのことを否定している自分にイライラする。 なんでだろう、否定するのは当然のことなのに。 「もー…アンタほんとに女子なの?なんでそんな恋愛に興味ないわけー?」 『べつになくていいでしょ。なんで興味ないといけないの』 「いけなくはないけどさぁ…」 「ていうか、なまえは恋愛に興味ないっていうか、恋愛感情がどういうものかわかんないって感じだよね。いざ誰かを好きになっても、なかなか気付かなそう」 「あー、確かに!なんでこんな気持ちになるんだろう…で超悩んでそう!それが恋だ!って教えてあげたいわ」 『…よけーなお世話だし』 ユカとリツコが笑いながら言うことに、ぎくりとした。 それが何故なのか考える前に、わたしは疑問を放棄する。 カフェのメニューを開いて、頼む気もないのにケーキの名前を目で追った。 だって、自分でわからない感情なんて、それほど怖いものはない。 そしてそれに気付くことは、わからないふりをしている感情以上に恐ろしいのだ。 だから、わたしはまた考えるのをやめる。 考えてしまったら、答えが出てしまったら。 わたしはきっと、戻れなくなるから。 ------------------------------------------------ ・スターベックス…有名全国チェーンのコーヒーショップカフェ
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