「なまえ、こっち」 『あ、研磨おはよ』 「おはよ」 日曜日、ついにインターハイ予選1日目。 わたしは研磨と現地集合で試合の行われる体育館にやって来た。 格好はテキトーに黒のカットソーにミニのデニムスカート。 最近蒸し蒸ししてるのでちょうどいい。 研磨はいつものラフな格好で、わたしを見つけると声をかけてくれた。 「なんか荷物多いね」 『これゼリー入ってるから』 「ぬるくなんないの」 『ちっちゃいけどクーラーボックスなんだよコレ』 わたしの手荷物を見ながら、研磨がへー、と声を上げる。 小さいクーラーボックスは色んな場面で重宝するのでよく使っている、お母さんのだけど。 ちなみにゼリーの味のレパートリーは、レモンと桃とみかんとベリーとコーヒーにした。 どれも試合終わってからでも冷えているはずなので大丈夫だと思う。 「じゃ、行こ」 『うん』 研磨と一緒に、初めて入る大きな公共の体育館に入る。 広いなぁと思いながら、当然だけど人の多さに驚いた。 すごいたくさん人がいる。 いろんな高校のバレー部が集まってるから当たり前だけど、みんな背が高くてきょろきょろしていたわたしは首が疲れた。 スタスタ進んでいく研磨の後をついて観客席へ向かうと、研磨は端っこのコートの上のところの椅子に座った。 わたしもその隣に座ってから、周りに音駒のジャージの人たちがいることに気付く。 多分ベンチ入りしてない人たちだろう。 真っ赤なジャージを見てから、視線を手すりの下へ移した。 結構前の方に座ったのでコートがよく見える。 見覚えのあるユニホームに身を包む選手たちの中に、さらに見覚えのある髪型の選手を見つけて、それが黒尾さんだとわかって少しテンションが上がった。 『黒尾さん見つけた』 「あそこ居るね」 『うん』 「敵チームの人たち、みんな背高いね…」 『ね。黒尾さんの方が高いけど……あ、敵チームはマネージャーいる』 「ほんとだ。音駒はずっといないらしいよ」 『なんでいないんだろうね』 「他の運動部も強いとこ多いから、女子も各々部活入ってるんでしょ」 『ふーん…』 「……来年は、音駒のベンチになまえもいるかもしんないね」 『…まだやるって言ってないよ』 「かも、だよ」 『うん』 公式アップをしている黒尾さんや他の選手を見ながら、自分が音駒のベンチにいるところを想像してみた。 モザイクがかかったみたいに、全然想像すらできない。 黒尾さんにマネージャーにならないかって誘われたときから、たまにそのことを考えてみたりもしてるんだけど、未だに答えは出ないままだ。 ピーッと大きな音で笛が鳴って、コートの中で選手たちが整列し始める。 試合が始まるのだ。 インターハイ予選1日目、一回戦が。 『……あっ、…うわっ!』 「…うるさいよ」 『だって…あっ!入った!』 「……」 音駒のスパイクが決まった。 1セット目、今のスコアは16-8で音駒が勝っている。 このまま順調に行けば圧勝なのだけど、敵チームが弱いところらしいので研磨はテンションが低いままだ。 わたしは試合を見るとちょっとうるさくなる、と研磨によく言われる。 気をつけているつもりだけどやっぱりうるさいらしい。 でも周りの声援にかき消されてると思うから、そんなにうるさくないと思うんだけど。 『……黒尾さんて、レシーブうまい…よね?』 「うん、上手いよ。なまえもレシーブの上手い下手わかるようになったんだね」 『結構研磨と一緒に見てるからね、試合。音駒はみんなレシーブ上手いね』 「それに力入れてるからね」 『他のとこよりしなやかな感じ』 「うん」 『あのリベロの人もすごいね、全然落とさない』 「ああ…あの人クロの同級生で…ナントカって人だよ」 『ナントカって、覚えてないじゃん』 「…小さいね、俺より」 『うん、すごいね』 研磨と話しながらバレーの試合を見るのが好きだ。 結構、黒尾さんとこの練習試合とかDVDとかで一緒に見てるので、最近はわたしも攻撃とか守備のチームや人の差や細かいところも分かるようになってきた。 そうしてるうちにバレーをもっと好きになってて、自分でやりたいとは思わないけど、もっとたくさん見たい、とかは思う。 ボールが腕や手に当たる音の違いがわかったりすると楽しいし、応援してるチームが勝つと嬉しいし、負けると悔しい。 なんだかどんどん黒尾さんの”わたしをマネージャーに計画”を順調に進めてしまっている気がするけど、仕方ないのだ。 コートの中で、黒尾さんが軽くジャンプしてスパイクを決めた。 わたしもわあっと湧くギャラリーの一部になりながら、やっぱり見とれる。 黒尾さんがブロックをしたりスパイクをしたりレシーブをしたり、あの腕にボールが触れて宙に浮く、あの瞬間を見るのが好き。 格好いい、前みたいに口には出さないけど、心の中で思う。 バレーをしてるときの黒尾さんが、一番格好いい、って。
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