ゴールデンウイーク明けの学校は、普段より賑わっているような気がする。
わたしは些か沈み気味の気分で、パックのアップルティーを机に肘をついて飲んでいた。
教室はほんと、イライラするくらいうるさい。

結局、昨日はあの気まずい雰囲気が消えなくて、黒尾さんはしばらくしてから帰って行った。
わたしもマネージャーの衝撃がいつまでも忘れられずに、多分黒尾さんにはいろいろ気を使わせてしまったと思う。
帰り際、帰るという黒尾さんを、わさびを抱いて玄関先まで見送ったわたしに、黒尾さんは笑いかけて優しく頭を撫でてくれた。
そしていつものように、またな、と言って背を向けて去って行ったのだ。


「…なまえ」

『…あ、研磨。おはよ』

「…おはよ」


自分の席でぼんやりしていると、朝練終わりだろう研磨が隣の席に座った。
どことなく気まずそうな顔をしているところから見て、黒尾さんから昨日のことを聞いたんだろう。
珍しくじっと見つめてくる研磨の視線を横顔で受けながら、また黒尾さんの顔を思い出した。
昨日から黒尾さんの顔とか声とかばかり考えている。


『ねぇ、研磨』

「ん…?」

『昨日、黒尾さんにマネージャーに誘われた』

「…うん、聞いた」


ほら、やっぱり聞いていた。
黒尾さんと研磨の間では色々筒抜けだな、と思いながら、肘をつく腕を変える。


『研磨はどう思う?』

「……おれ?」

『わたしがマネージャーしたら、研磨の支えになる、って黒尾さんが言ってた』

「…まあ、他の女子がやるよりなまえがやる方がいいし…なまえが居れば楽しいだろうな」

『……』

「それはやっぱ、なまえが決めることだから」

『……うん…』

「…まあ、俺もやって欲しいとは思ってるよ」

『……うん』


研磨に友達として求められてるのがわかって、少しだけ嬉しくなった。
でもまだもやもやするのは、やっぱり自分のことがよくわからないからだ。
わたしってこんなにうじうじ悩むやつだったっけ、情けない。


『…なんか、よくわかんないんだよね』

「マネージャーやりたいか、やりたくないか、が?」

『うん。考えたこともなかったし』

「でも昨日考えたでしょ」

『…うん。でも、そもそも受かるかもわかんないし…受かったとしても、よくわかんない』

「…他に入りたい部活とかあるの?菓子文化研究部続けるとか」

『菓子文化研究部って多分音駒にはないよね…料理部?とかならあるかもしんないけど、べつに続けたいわけじゃないんだ。ただ、なんか…』

「うん」

『高校行ったら、部活入らずにバイトして、漫画とか好きなだけ買おう、とか思ってたけど…どうしてもバイトしたいわけじゃないし、部活したくないわけでもないし、バレー部のマネージャーも、嫌なわけじゃないんだよ』

「うん」

『でも、なんか……』

「うん」

『…聞いてる?』

「聞いてるよ」

『うん……なんか、よくわかんないんだけど……べつに、わたしじゃなくてもいいんじゃないの…かなって思うの』

「…うん」

『研磨と仲良い女子っていうのは、今の時点ではわたししか当てはまらないかもしんないけど…そのうち他にも現れるかもしれないし…』

「…たぶん現れないと思うけど」

『……なんか…なんだろう、ほんと、わかんないんだけどね』

「うん」

『…黒尾さんは、マネージャーしてくれて研磨の支えになるなら、他の誰でも…わたしじゃなくてもいいんだろうな、って思うと』

「……」

『なんか、もやもやして…考えたくなくなるの』

「……えっ」

『えっ?』

「えっ…え、クロ…?」

『え?なにが?』

「いや…………え…?なまえはつまり……クロが、なまえじゃないとダメって思ってないから、マネージャーのことも全部考えたくなくなる…ってこと?」

『……えっ?…え、いや、………え?』

「…え…だから、なまえは……もしクロが、なまえじゃないとダメだって言ったら、マネージャーするってこと?」

『…えっ、なんで!違うよ、ちがう…んじゃないかな…?』

「おれに聞かれてもわかんないよ…」

『……うん…』

「……」

『……黒尾さんには言わないでね』

「え…うん…」

『……なんか、よくわかんないけど…恥ずかしいし…うん、言わないで』

「…わかった」


研磨と話してるうちに、かあっと顔が熱くなった。
なんか自分でもよくわからないけど、話の内容が恥ずかしい感じになっているということだけはわかる。
結局、わたしは何なんだ。
今のこの気持ちの意味が全くわからない。
頭の整理がつかなくてぐるぐるする。


『………うーん…よくわかんない…』

「………なまえって、恋愛とかしたことあるの…?」

『え?ないけど……なんで?』

「……いや、なんとなく」

『…?』


何故急に恋愛の話に、と思ったけど、少し考えてみれば、研磨のその疑問は当然のことだった。
だって、いまのわたしの口ぶりじゃ、まるでわたしが黒尾さんのことが好きみたいだったから。
そんなわけないし、よくわからないけれど、そんな風に聞こえないこともない、と自分でも思う。
うわ、なにそれ恥ずかしい。


『ち、ちがうよ。べつに黒尾さんが好きとか、そういうことじゃなくて……よくわかんないけど、違うから』

「……うん」

『………』

「……まあ、受験までまだまだ時間あるし…クロも急かしてないんだし、決めるのはゆっくりでいいんじゃない」

『…うん』

「…とりあえず、気持ちの整理つけなよ」

『……うん』


そうだ、受験なんてまだまだ先のこと。
まだ受かるとも決まっていない高校に進んでからの話で悩むなんて、馬鹿らしい。
わたしは何を必死になって悩んでいるんだろう。
自分が馬鹿なのはわかってるけど、情けなくなった。
こんなのわたしらしくない、けど。

けど、変わったんだな、と思った。
今までのわたしから、今のわたしに。
それがいいことなのか悪いことなのかは、わからないけど。
頭に浮かぶ黒尾さんの顔を塗りつぶすように、忘れてしまえるように、目を閉じる。
まだ、この先には進みたくない。
だからわたしは、考えないことにした。


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