「じゃ、気をつけてな」

『はい。送ってくれてありがとうございました。あとドーナツもごちそうさまです』

「イーエ、気にしなくていーよ」


ミセドで結構長いことバレーについて詳しく教えてもらっていて、お開きになった19時過ぎにもう暗いからと言って黒尾さんが今日も駅まで送ってくれた。
研磨んちと黒尾さんちはわたしの家よりも音駒に近くていいなあと思う。
まあそれでも家から一番近い高校は音駒だが。
ちなみに研磨は、ミセドからの帰り道に経由した自分の家にさっさと帰って行った。


「あ、そーだなまえちゃん」

『はい』


黒尾さんのエナメルバッグを眺めていたら、思い出したように名前を呼ばれたので顔を上げる。
目が合った黒尾さんはニヤニヤすることもなくまともな顔で口を開いた。


「ゴールデンウイークの最終日ってヒマ?」

『……最終日…は、たぶんヒマです』

「多分?てことは、予定入りそうか?」

『いえ、前日に友だちと遊ぶんで…そのまま泊まるかもしれませんけど、いまのとこ予定はないです』


何かのお誘いだろうかと不思議に思いながら答える。
ゴールデンウイーク最終日の前日とその前日はユカとリツコと遊ぶので、多分2連泊になるかな、と思っていた。
でも黒尾さんがわたしに用なんてあるのだろうか。


「なまえちゃんがヒマならわさびに会いに行こうと思ったんだけど」

『あ、そうなんですか』


そういえば前にゴールデンウイークの最終日は休みだって言っていた気がする。
何故かわさび、という単語を聞いてそれを思い出した。


『なら、その日は家にいます』

「いや、別にまた今度でもいいけどな」

『いえ、いいですよ。友だちとはいつでも遊べるんで…昼過ぎには起きてるんで、来てください』

「起きてるって、なまえちゃんが?」

『はい』

「昼過ぎまで寝んの」

『え、まあ…』

「そんなよく寝てんのに背ぇ伸びなかったんだな」


ぶは、とおかしそうに笑った黒尾さんがわたしの頭すれすれのところで手をひらひらさせるので、ちょっとイラっとした。
自分が背高いからってバカにしやがって、わたしは別に普通だ。


『これから伸びるはずです』

「伸びたらいーネ」

『……』

「悪かった、そんな睨むなって。ゴメンゴメン」

『…』


ジト目で見つめると黒尾さんは笑いながら謝ってきた。
本当に悪いとは思ってなさそうな顔をしている。
それから、ちらりと駅の時計を確認した黒尾さんは、何故かわたしの頭にぽん、と右手を乗せた。
今日試合でスパイクを打っていた右手だ、と思うと、何故か心臓がドキッとする。


「じゃーお言葉に甘えて、わさびに会わしてもらうわ」

『…はい』

「家の場所わかんねぇから駅まで迎えきてくれる?」

『地図描いて写メって送りますね』

「自力で来いと」

『がんばってください』

「まあ一駅先くらいならロードワークで行ったことあんだろうし大丈夫だと思うけど」


すっと離れた大きな右手が、どうしてか名残惜しかった。
でもそれが何故なのかはわからないし、なんとなく考えたくなかったので忘れることにする。
黒尾先輩を見上げてから、ゴールデンウイーク最終日までに部屋の掃除をしなきゃいけないことに気付いた。


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