練習試合後のミーティングを終えて、音駒バレー部の赤いジャージに着替えてわたしたちのいる校門に出てきた黒尾さんは、ニヤニヤしながら開口一番にこう言った。


「研磨、なまえちゃん。どう、俺カッコよかった?」


さっきまでかっこいいと思って感動していたのに、わたしの中で少しだけその感動が冷めた瞬間だった。


「なまえ、試合中クロのことかっこいいって言ってたよ」

「おっ、マジで?俺カッコよかったのなまえちゃん」


それから三人で歩き始めると、研磨が余計なことを言ったので黒尾さんが人をおちょくるときのニヤニヤ顔をして絡んでくる。
わざとらしく腰を屈めて顔を覗き込んでくる黒尾さんの顔を眉間にしわを寄せて見上げたら、黒尾さんはさらにニヤニヤした。


『試合中はかっこよかったです。試合中、は』

「”は”を強調しなくていいよなまえちゃん」

『いやほんとに…試合中、”は”』

「でも、いや〜俺カッコよかったかぁ。なまえちゃんにカッコいいと言われるとはなぁ、嬉しいねェ」

「クロ、なまえがうざい人を見る目でクロを見てるよ」

「なまえちゃん…そんな引いた顔しなくてもよくない?」

『さっきのは幻だったのかなと思って…』

「バッチリ現実だから安心していーぞ?」


距離が縮まるにつれて黒尾さんがうざくなっていくのは気のせいなのだろうか。
ふざけてるだけっていうのはわかってるけど、正直めんどくさい。
ニヤニヤしたままの黒尾さんから目を逸らして研磨を見ると、歩きながらゲームしていた。


「で、なまえちゃん。少しはバレーに興味湧いたか?」

『あ、はい。すごい湧きました』

「おっ、マジ?」

『はい。バレーおもしろいですね』

「だろ?でもルールわかったのか?」

『研磨に教えてもらいました』

「俺基本的なルールしか教えてないよ」


普通の顔に戻った黒尾さんは、わたしがバレーに興味が湧いたと言うと嬉しそうにした。
前から思ってたけど、すごいバレー好きだよなこの人。
しかし、普通の顔に戻ったばかりなのに、研磨がそう言うと、また黒尾さんはニヤリと黒い笑みを浮かべてわたしを見た。


「詳しく知りたくなってきた?」

『まあ…なんでニヤニヤしてんですか』

「嬉しいだろ、バレー興味無かった奴が自分の出てる試合見て興味湧いたら」

『…そーなんですか?』

「そーなんですヨ」

『……』

「じゃ、これからバレーの勉強しよーかなまえちゃん」

『…え、これからですか』

「なんか予定ある?」

『ないですけど…』

「ちょうど近くにミセドあるし、ドーナツ奢ってやっからさ。図解で詳しく教えてやるよ」


勝ち誇った感じの笑顔で言われて、わたしは頷くしかなかった。
ドーナツが食べたかったからだ。
研磨もドーナツに釣られて一緒に来てくれたし、まあいいとしよう。
三人で100円セールをしているミセド(ミセス・ドーナツ)に入って、ドーナツの並ぶショーケースを眺めた。


「俺オールドファッションとエンゼルクリームとカフェオレ」

「ん。なまえちゃんは?」

『…じゃあ、ココナツチョコレートで』

「一個でいーのか?遠慮しなくていいぞ、好きなだけ食え」

『え、じゃあ…エンゼルフレンチも…』

「ココナツチョコレートとエンゼルフレンチ?」

『はい』

「チョコばっかだな。2つでいいのか?」

『はい。』

「飲みモンは?」

『…じゃあカフェラテで』

「研磨がオレでなまえちゃんがラテな」

『ありがとうございます、黒尾さん』

「イエイエ。俺買ってから行くから、お前ら先座ってろ」


黒尾さん太っ腹だなあと思いながら、研磨と一緒にイートインコーナーへ向かう。
ソファ席が空いていたのでそこに決めて、ソファの奥にわたしが座ると研磨も隣に座った。
黒尾さんが向かい側に座ることになる。


「クロってミセド来たらいっつも同じの食べるんだけど、何だと思う」

『え、知らないけど』

「つまんないから当ててみて」


なんか研磨の暇つぶしのおもちゃにされている。


『えー…ハニーチュロとか?』

「え、なんでわかったの」

『え、正解?』

「正解。すごいね」

『わたしすごいねほんと。わたしが好きなの言ったら当たった』

「好きなんだハニーチュロ」

『チュロが好き。ディズ◯ーランドのやつとか』

「ふーん…じゃあもう一つは?」

『黒尾さんが食べるやつ?』

「うん。いっつも2つ食べる」

『えー…?うーん…じゃあ、エビグラタンパイ』

「えっ、なんでわかるの」

『え、また正解?』

「うん。やばいねなまえ。クロと気が合うんじゃない」

『甘くないの言っただけなんだけど』

「フランクフルトのやつもあるじゃん」

『なんか、わたしの中でフランクフルトのやつよりエビグラタンパイのイメージだった、黒尾さん』

「じゃ、俺が好きなやつは?今日頼んだやつ以外で」

『…んー、じゃ、ポンダリング』

「……正解。すごいね。勉強だめなのにそういうのは得意なんだ」

『テキトーに言っただけだけど……なんでけなされてんのわたし』


わたしって実はすごい才能持ってるんだろうか。
当てずっぽうで言ってみたら全部当たってた。
自分が一番ビビっている。


「あ、クロ来た」


研磨がそう言ったのでガラスの向こうの道を歩く通行人を眺めてた目を店の中に戻すと、そのまま黒尾さんがトレーにドーナツ×2とドリンクを3セット乗せて歩いてきている。
そういえばカフェラテをアイスかホットか言ってないのに、わたしが望んでいたアイスを持ってきてくれているあたり黒尾さんをちょっとだけ尊敬した。

わたしの正面に座った黒尾さんは、ニヤニヤしながら自分のバッグからノートと筆箱を取り出す。


「なんのノートそれ」

「日本史の。連休明け提出の課題あんのに教室に忘れてたから持ってきた」


日本史のノートだというのに、黒尾先輩はノートの背表紙を開いてシャーペンを使ってバレーのコートを絵に描いていく。
絵はそんなにうまくない。
目の前に置かれたカフェラテを一口飲んでから、シャーペンを握る黒尾さんの手を眺めた。
隣では研磨がオールドファッションをもしゃもしゃ食べている。
ちなみに、黒尾さんのお皿に乗ってるドーナツはほんとにハニーチュロとエビグラタンパイだったのでまたビビる。


『いただきます』

「どーぞどーぞ」


エンゼルフレンチを手に取ってかじる。
おいしい。ミセドの中で二番目に好きなドーナツである。
かかってるチョコが最高。
もぐもぐエンゼルフレンチを食べていると、ふとノートから顔を上げた黒尾さんと目が合った。


「口にチョコ付いてんぞ」

『……とれました?』

「いや、もっと左…あ、なまえちゃんから見て右」

『…とれました?』

「いや、絶妙に取れてない。舐めてやろっか?」


ニコッと胡散臭さMAXのエセ爽やか笑顔で気持ち悪いことを言い出した黒尾さんに冷たい視線を浴びせながら、テーブルの隅に置いてある紙ナプキンで唇を拭った。
白いそれを見ると、黒尾さんの言った通り口にチョコが付いていたんだろう、チョコが付着している。


「怒った?」

『いえ。しばらく話しかけないでください』

「そんな引かなくても」

「今のは誰でも引くよ」

『引きました』

「ごめんて」


おかしそうに笑いながら謝ってきたので、許してあげることにした。
ドーナツを奢ってくれたからだ。
黒尾さんがノートに何か聞いているのを眺めながら、エンゼルフレンチの続きを食べる。
クリームも美味い。


「まずポジションの説明からな。基礎は研磨に教えてもらったんだろ?」

『はい』

「どっか役割分かるポジションある?」

『えーと…セッターがスパイカーにトス上げる人で…』

「うん」

『ミドルブロッカーが、ブロックしてスパイクも打つ人』

「ああ、こないだ教えたな」

『はい。それと、リベロが後衛の人と入れ替わって守備する人』

「正解。他は?」

『知りません』

「じゃ教えるな。このポジションがウイングスパイカーつって、スパイク打つ…まあスパイカーな。ブロックもする。エースって呼ばれるスパイクガンガン決める選手は大抵ウイングスパイカー」

『音駒もエースいるんですか?』

「んー…今は特にいねぇかな。音駒って昔は強豪だったんだけど、猫又監督っつー監督が引退してからは衰退してったんだ」

『へぇ…』

「ま、俺らの代で返り咲いてみせるから、期待しとけよ」

『あ、はい』

「で、レシーブは基本どのポジションもやる。後衛がアンダーで取ることが多いけど…あ、アンダーっつーのはアンダーハンドパスな。レシーブのことで、オーバーハンドパスってのがトス」

『なるほど』

「ラリーの最初はサーブから始まるだろ?サーブにも色々種類があって…」


ノートに書いたバレーのコートやポジションをシャーペンでくるくる囲んだり線を引いたりしながら、黒尾さんはバレーのことを詳しくたくさん教えてくれた。
初めて知ることばかりで、正直覚え切れそうになかったけど、楽しそうに話してくれる黒尾さんの話を聞くのはわたしも楽しくて、隣で黙ってゲームをしていた研磨とドーナツの存在を忘れるくらいには夢中になっていた。

わたしはバレーに興味が湧いたし知りたかったから深くは考えなかったけれど、黒尾さんがこんなにも詳しく丁寧にわたしにバレーについて教えてくれたのには、ある理由があったのだ。
それを知るのは、しばらく後の話。


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・ミセド…ミセス・ドーナツ
全国チェーンの某ドーナツショップ
ドーナツ名はそのまま借りました。


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