『すごい美味しいです、お鍋』

「ホント?嬉しいわ、たくさん食べてね!」

「遠慮しちゃダメだぞ!なまえちゃんも鉄朗みたいにたくさん食べて大きくならないとな!」

「いや、なまえちゃんが俺みたいにでかくなったら嫌だろ、おっちゃん」

「そーだな、なら研磨くらいにしとくか!」

「あらお父さん、女の子は小さい方がかわいいわよ」


ただいま、研磨の家で五人で鍋を囲んでいる。
メンバーは言わずと知れた(?)研磨のお母さんとお父さん、研磨、黒尾先輩とわたしだ。
わさびを黒尾先輩の部屋におきざりにしてきたので少し心配だけど、いつも昼間は一人(一匹)でお留守番してるらしいので、多分大丈夫だろう。
わたしはお母さんとお父さんに勧められるがまま、美味しい寄せ鍋を食べている。
ちなみに席については、わたしの向かいが研磨、その隣がお父さん、お父さんの向かいが黒尾先輩、その隣がわたし、お母さんはお誕生日席である。


「なまえちゃんはお鍋の具は何が好き?」

『なんでも好きですけど…豆腐が一番好きです』

「豆腐?あら、じゃあいっぱい入れてあげるわね!」

『あ、ありがとうございます』

「コラ研磨、ちゃんと肉も食べなさい」

「そーだぞ肉食え肉、ちゃんと食わねーとそのうちなまえちゃんに背抜かされるぞ」

「…なまえは多分もう伸びないと思うけど」

「そーか?まだ伸びるだろ。なまえちゃん身長何センチあんの?」

『えーと、152くらい…です』

「152?へー、ちっこいなぁお前」


隣に座っている黒尾先輩が、何故か馬鹿にしてくる。
しかもお前とか呼ばれる始末だ。
まあでも別に気にしないので、賑やかな食卓を見ながら研磨のお母さんがよそってくれたお鍋の豆腐を食べる。
わたしは豆腐が好きだ。
甘いもの以外の食べ物の中で一番好きかもしれないくらい好きだ。
ちなみに絹ごし派である。


「なまえちゃんはもう高校決めてるの?」

『あ、はい。音駒です、一応』

「あらまあ、研磨と同じね!あ、鉄朗くんもか。よかったわねぇ研磨!」

「そーだね」

「おばちゃん、俺の扱いテキトーすぎねぇかな」

「でも一応ってことは、他にもどこか迷ってるのかい?」

『いえ、本命は音駒なんですけど…受験に受かるかな、って』

「じゃあ、なまえちゃんは勉強苦手なのね?」

『はい、ちょっと…文系はいけるんですけど、理系がダメで』

「じゃあ受験勉強は鉄朗に見てもらうといい、それでも現役音駒生だからな!」

『えっ?』

「ああ、いいよ。理系ならなんとかなる」

『え…』

「なーに残念そうな顔してんのかなキミは」

『いや……黒尾先輩って勉強できるんですか』

「なまえちゃんは俺のことなんだと思ってんの」


なんでこうなるんだろうね、わたしにもわからない。
研磨のお父さんの”鉄朗に教えてもらえ”発言から一気に、受験勉強を黒尾先輩に見てもらう方向に話が流れている。
いや、受験なんてまだまだ先だしただの口約束なんだろうけど、人が増えると会話のスピードも早まるんだなあと思った。


「あら、いいわねぇ。研磨も一緒に見てもらいなさいよ?」

「別に…俺は勉強普通だし。なまえは数学ほんとすごい点取るけど」

「すごい点って何点くらいなの?」

『いや、別にすごくないですよ。普通です』

「18点が普通なら俺天才だよ」

「「18点!?」」

「ぶっひゃひゃひゃひゃ、そりゃすげーななまえちゃん!」

『いや…………』


研磨にサラッとこないだの数学のテストの点をバラされた。
酷いよ、とか思ったら、隣で黒尾先輩がなんか変な笑い方で爆笑しているのでビビる。
え、なに、ぶっひゃひゃひゃひゃって。
なにその笑い方?


「こりゃ教えがいがありそうだなぁ、鉄朗」

「だなぁ、ちなみに俺スパルタだから覚悟しといてネ」

『えー……?』


ニヤニヤ爆笑の後を引いている黒尾先輩に非難の視線を向けながら、そういえば研磨のお父さんが黒尾先輩を鉄朗、と呼び捨てにしていることに今気付いた。
いやずっと呼び捨てにしてたけど。
こんなもんなのかな、と思ってから、わたしのお母さんもユカとリツコを呼び捨てにすることを思い出して、幼馴染はこんなもんだと自己完結する。
数学が破壊的に苦手なことがバレてなんとなく恥ずかしい気持ちになりながら、少し冷めた豆腐を口に入れた。



「あ」

『?』

「わさび寝てるわ」


楽しくて少し恥ずかしかった晩ご飯を食べ終え、しばらくみんなで話してから、夜遅くなったのでお暇することになった。
研磨はこれからお風呂に入るというのでそれを見送って、わたしは研磨のお父さんとお母さんにお別れを言ってから、黒尾先輩と二人で黒尾先輩の家に。
家に上がって階段を登り、部屋のドアを開けた黒尾先輩がそう言うので、わたしも部屋の中を覗く。
部屋の中では、わさびが黒尾先輩のベッドの上に丸まって寝ていた。


『おじゃまします』

「ドーゾ」


黒尾先輩に続いて部屋の中に入る。
そういえば黒尾先輩の部屋はいい匂いがするのだけど、それが芳香剤の匂いなのか香水の匂いなのかはわからない。
床に置いてあった、移動するときにネコや犬を入れるキャリーバッグを開く黒尾先輩の大きな背中を見てから、ベッドで寝ているわさびに近寄った。
そっとしゃがみ込んで寝顔を眺める。
天使かってくらいかわいい。


「これに入れたら電車乗れるから」

『はい、ありがとうございます』

「イーエ。わさび起こすか?」

『……起こすのかわいそうですね』

「な」


こんなかわいく寝ているのを起こすなんてかわいそうだけど、連れて帰らなきゃいけないのでどっちみちキャリーバッグには入れなければならない。
抱き上げたりしたら起きるだろうか。
小さなわさびを見つめていると、黒尾先輩もわたしの隣にしゃがみ込んでわさびの寝顔を眺める。
黒尾先輩の髪の毛の色とわさびの毛の色ってそっくりだなと思った。


『わさびがいなくなるの、さみしくないですか?』


ベッドの端に手を置いて、黒尾先輩の横顔を見ながら尋ねた。
わたしだったら絶対さみしい。
少しの間でも一緒にいた子ネコがいなくなるなんて、わたしなら泣く。
顔をわたしに向けた黒尾先輩と、今までで一番近い距離で目が合った。
やっぱり、かっこいい顔だなぁと思う。


「まあ、そりゃさみしいけど」

『……』

「うちじゃ飼えねぇし、なまえちゃんに貰われる方がわさびも幸せだろ」

『…そーですかね』

「そーですヨ」

『たまに写メ送りますね』

「いっぱい送って欲しいんだけど」

『…わかりました』


黒尾先輩から目を逸らして、すやすや眠ってるわさびを見下ろした。
黒尾先輩の家はしんとしていて、さっきまで研磨の家で賑やかだったのが嘘みたいに思えて、すこしだけさみしくなる。
それと同時に、いまわたしは男の部屋で男と二人きりだと思い出した。
まあ相手が黒尾先輩ということで特に不安はないけど、さっさと帰らないとな、と思う。


「どーすっか、わさび…もうキャリーバッグ入れるか?」

『…そうですね。起きるまで待ってたら帰れなそうなので』

「ごめんなわさびー」


小さな声でわさびに謝りながらわさびを抱き上げた黒尾先輩の手の中で、わさびはびくっと体を揺らして目を覚ました。
驚いたようだけど、暴れることもなくおとなしくしている。
お利口さんだなあと思いながら、黒尾先輩の手の中にいるわさびの頭を撫でた。
それから、黒尾先輩がそっとわさびをキャリーバッグの中に入れる。
バッグの口を閉めると、覗き窓からわさびが外を見つめているのがわかった。


「じゃ、行くか」

『…はい』


わさびが入ってるキャリーバッグを持った黒尾先輩が立ち上がってそう言うので、今日も送ってくれるのかもしれない。
わたしも立ち上がって、部屋を出る先輩の後をついて行きながら、一度だけ部屋の中を振り返った。
黒尾先輩、わさびいなくなってさみしいだろうなぁ、と、階段を下りながら思う。
そう思ってしまうと、前を歩く黒いTシャツに覆われた大きな背中がひどく寂しげに見えて、わたしまで悲しくなった。


「なまえちゃんはゴールデンウイーク何すんの?」

『…特になにも…後半は友だちと遊びますけど、前半は家でごろごろします』

「わさびと?」

『わさびと』

「いーねぇ、羨ましいわ」


黒尾先輩の家から外に出て、駅までの道を並んで歩きながら話をする。
はじめは気まずくてあんなに嫌だったけど、今はもう慣れて、むしろ黒尾先輩とこうして夜道を歩くのは好きだった。
わさびの入ってるキャリーバッグを持ってくれている黒尾先輩は、たまに中のわさびを確認しながらゆっくり歩いてくれている。


『……黒尾先輩は部活ですか?』

「うん、みっちり練習試合入ってたな」

『みっちり…』

「みっちり。…あ、でも最終日は休みだったかもしんねぇ」

『よかったですね』

「ま、休みの日もどーせバレーしてんだけどネ、河原で」

『好きですね、バレー』


河原でバレーってなんか楽しそうだな、と思いながら黒尾先輩を見上げると、うっすら微笑んで見下ろされた。
あまり見ないまともな笑顔。
優しい顔できるんだな、なんて失礼なことを考えた。


「なまえちゃんは運動とかしねーの?」

『全然しません。運動苦手で』

「へぇ。50m何秒くらい?」

『50m…は、12秒…くらいでした』

「ぶっ、おっそ!」

『運動苦手だって言いました』

「それにしても遅ぇよ…あ、駅まで競争する?」

『いやです』

「ハンデあっても負けちゃうもんな?」

『……わさびがびっくりするじゃないですか』

「ん?ああ、それもそーだな」


全くこの人は人を馬鹿にするのがよほど好きらしい。
おかしそうに笑う黒尾先輩を眉を顰めて見上げた。
右目が前髪に隠れている。
前から思ってたけど、不思議な髪型だ。


「じゃあバレーも興味ねぇ?」

『…やろうとは思いませんね』

「応援は?」

『ちゃんと見たことないんでわかんないですけど…研磨がやってるのは見てみたいです』

「あれ、俺は?」

『…見たいです』

「絶対ウソだろ」

『ほんとですよ。見たいです、黒尾先輩が飛び跳ねてるの』

「飛び跳ねねぇよ俺は」

『あ、そうなんですか』

「ミドルブロッカーだからネ」

『え?みじょるぶろがー…?』

「ミドルブロッカー。なんだよみじょるぶろがーって」


わたしの聞き間違いをおかしそうに笑う黒尾先輩の言う、ミドルブロッカーが何なのかさっぱりわからない。
まあみじょるぶろがーも意味不明であるが。


『なんですか、ミドルブロッカーって』

「簡単に言えば、ブロックしてスパイク決める人」

『スパイクってなんですか?』

「セッターの上げたボールを打つこと。セッターってのは…スパイカーにボール上げる人な。研磨のポジション」

『??へえ…?』

「わかってねーな」

『…黒尾先輩はブロックしてスパイクを決める人なんですね』

「うん。まあブロッカーつう名前だからブロックが仕事だな」

『へー…いろいろあるんですね』

「面白いか?」

『おもしろいです』

「そーか。まあ…詳しく教えてやってもいいけど…」


ふとわたしを見下ろした黒尾先輩の手が伸びてくる。
大きな手を目で追っていると、長い指先が軽くわたしのおでこを小突いた。
その衝撃を受けて、わたしの頭は軽く後ろへ傾く。


「お返しはきっちり頂くからな」

『……はあ…?』


お返しって何のお返し?
そう不思議に思った、その答えが出るのはしばらく先の話になりそうだ。


「んじゃ、なまえちゃん。わさびをよろしく」

『はい。送ってくれてありがとうございました』


もう恒例となりつつある別れの挨拶を駅の前でする。
黒尾先輩からわさび入りのキャリーバッグを受け取ると、黒尾先輩は中を覗き込んでわさびを見た。


「元気でなわさび、なまえちゃんにいじめられたらすぐ言うんだぞ」

『いじめません』


それにどうやって黒尾先輩に言うんだ。


「さみしくなんなぁ」


笑いながらそう言った黒尾先輩が屈んでいた腰を伸ばして、わたしを見下ろす。
やわらかい風が吹いて、前髪が揺れて黒尾先輩の右目が見えた。


『…会いに来てください』

「………あ、わさびに?」

『はい。わさびに』

「なんだ、なまえちゃんにかと思ったわ」

『そんなわけないです』

「冷てぇなぁ…会いに行っていーの、なまえちゃんちに」

『いいですよ。暇なときとか。会いたくなったら来てください』

「おー、緊張してきた。ご両親になんて挨拶しようかなぁ」

『…わさびに、ですよ』

「ジョーダンです」

『知ってます』

「はは…うん、ありがとな」

『はい』

「今度行く」


はい、と返事をしてから、笑って見せた。
なんだか、変な気分だ。
黒尾先輩と距離が縮まっていくのが嬉しい。
でも、研磨と仲良くなったときの感動とはまた違う。
これが何なのか、なんでなのか、わたしにはまだわからなかった。


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