「アップルパイって作るの面倒くさいんだねぇ」 「うまいからいいじゃん」 『ちょーうまいねコレ』 水曜日になると、わたしたち菓子文化研究部は放課後の調理室に篭り、アップルパイなるものを作っていた。 そして出来上がったアップルパイ(ひとり1ホールという贅沢)はすごく上出来だと思う。 わたしはリツコの作ったやつを1切れもらって食べたけど、すごい美味しかった。 なので、研磨に1ホールごとあげる予定のわたしのアップルパイもうまいことできているだろう。 「まーた孤爪と帰るの?」 『うん。アップルパイあげる約束したから』 「ずるい、あたしもなまえと帰るー!」 『いっつも一緒に帰ってんじゃん。ほら、さっさと帰れ』 「冷たいんだから…まあそこがいいんだけど」 「じゃ、ユカがレズに本格的に目覚める前に帰るわ。なまえも気をつけて帰んなよ」 『うん。じゃーねー』 と、部活が終わった午後7時前、リツコに首根っこ掴まれてユカは帰っていった。 そしてわたしはいつぞやのように下駄箱の前に座り込んで、アップルパイが入っているケーキ屋みたいな白い箱(100均製)を片手に研磨を待っている。 さっきラインしたし、バレー部ももう終わってる頃なのでそんなに待つこともないだろう。 制服に甘い匂いが着いてるなーと思いながら袖の匂いを嗅ぐ。 カーディガンがちくちくした。 「おつかれ」 『おつかれ』 しばらくしてやって来た研磨は、疲れたと言いたげな目をしてわたしを見下ろしてから、下駄箱から靴を取り出した。 わたしは既にローファーを履いているのでそのまま立ち上がる。 靴を履いた研磨と一緒に学校を出ながら、もう暗い空を見上げた。 『はい、これ約束のブツ』 「ブツって……ありがと」 通学路のアスファルトの上を歩きながら、研磨にアップルパイ入りの箱を差し出した。 ジャージから下に着ているフードを出している研磨は、心なしか嬉しそうにそれを受け取る。 「なんか重いね」 『1ホールあるからね。家まで持ってあげよーか』 「え…いいよ」 『いいの』 「いい」 流石に断られた。 かつかつローファーのかかとを小さく鳴らしながら駅への道を歩いて、ふと思い出す。 この前黒尾先輩に送ってもらった時の話を。 『そーいえば、研磨も音駒受けるんだってね』 「ああ…なまえもでしょ。クロが言ってた」 『わたしも黒尾先輩に聞いた』 「…いくら受験簡単だっていっても、なまえは勉強しないと受からないと思うよ」 『えー…あ。そーだ、研磨。黒尾先輩にわたしのことバカだって言ったでしょ。こないだ馬鹿にされたよ』 「バカとは言ってないよ。ちょっとバカだって言っただけ」 『言ってんじゃん』 笑いながら言えば、研磨もちょっとだけ笑った。 ていうか、音駒の受験って簡単簡単って聞くのに、わたしの学力ってそんな簡単な受験にも心して望まないといけないほど酷いものなのか? ちょっとアレだな、受験前になったら受験勉強しないと。 「研磨ぁー」 デジャヴだ。 研磨と暗い帰り道を歩いてたら、後ろから第三者の低い声がした。 正直後ろにいる、今研磨を呼んだ人物が誰なのか分かっているけど、研磨が振り返ったのでわたしも振り返る。 そこには案の定、わたしたちから少し離れた場所で手を振りながら歩いてくる、黒尾先輩の姿があった。 「クロ」 「よぉ。なまえちゃんも部活帰りか」 『あ、はい』 「二人ともお疲れさん」 すぐ近くまで来た黒尾先輩は、研磨の頭とわたしの頭にぽん、と軽く手を置いてそう言った。 ちょっと驚く。 なんか子供扱いされていることにも、こんなことされるほどの仲じゃないはずなのにナチュラルにされたことにも。 でもまあ、研磨のついでに低いとこにあるわたしの頭にも手を置いただけなんだろうし、気にする必要はないだろう。 『黒尾先輩も、お疲れさまです』 「おー、ありがとネ」 そのままの流れで、また三人で帰ることになった。 黒尾先輩と会うのは三回目とかだけどその割に会話はしているので、もうそんなに気まずくはない。 黒尾先輩のエナメルバッグを見ながら、指で擦ったらキュッキュと言いそうだなと思った。 「そーだ、なまえちゃん。ネコ好き?」 『?…まあ、はい』 「お。じゃ、ちょっと付き合ってくんない?」 『?』 何に?と不思議に思いながらなんとなく研磨を見ると、研磨は、あーあ…と言いたげな顔でわたしを見ていた。
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