「なまえちゃん、せっかくだしご飯食べて行ってちょうだい!張り切りすぎて作りすぎちゃったから遠慮せずに、ね!鉄朗くんも食べていくでしょ?なまえちゃん、お魚好きかしら!」


という、研磨のお母さんの発言と誘導によって、今わたしは研磨と研磨のお母さんと黒尾先輩と一緒に食卓を囲んでいる。
まず何故、最近仲良くなったばかりの友人の家で晩ご飯を頂くという気まずい事態に陥るまえに断れなかったのかというと、研磨のお母さんがすごく嬉しそうに楽しそうに可愛らしくかつ、すごい勢いで誘ってきたからだ。
やんわりと断ろうと思っていたわたしが愛想笑いを浮かべる前に、既に晩ご飯が用意されていたリビングへと引っ張り込まれた。
そして、わたしが研磨と友達になったということをお母さんがすごく喜んでくれたのが、単にわたしも嬉しかったからである。
ここで断るなんてできるわけがない。
そしてわたしは魚も野菜も肉も好きですと多少の嘘を交えて笑って見せた。
本当は魚の中にも野菜の中にも苦手なものはたくさんある。
でも研磨のお母さんが張り切って作ってくれた晩ご飯は、どれもすごく美味しそうで、わたしの好きなものばかりだった。


『すごい美味しいです』

「本当?嬉しいわ、どんどん食べてね!」


焼き魚や野菜のおひたしや肉のお料理を食べながら、素直に美味しいと言えば研磨のお母さんも嬉しそうに笑ってくれる。
ちなみに席については、わたしの隣に研磨、わたしの向かいがお母さん、お母さんの隣で研磨の向かいが黒尾先輩である。
研磨は無言で、黒尾先輩は焼き魚を中心に美味しそうに食べている。


「おばちゃん、そーいやおじさんは?仕事?」

「そうなの、今日も残業よ。さっきなまえちゃんが来てくれたことメールしたらすごく喜んでて会いたがってたんだけどねぇ」


器用に焼き魚を食べていた黒尾先輩の問いに、研磨のお母さんが残念そうに答えた。
それによって、黒尾先輩は研磨のお母さんのことをおばちゃんと呼んでいて、研磨のお父さんのことをおじさんと呼んでいて、そして研磨のお父さんは残業で帰ってこなくて、わたしに会いたがっているということを知る。
ていうか、息子を訪ねて友達が家に来たことを夫婦間でメールで報告するって、仲良いんだなーとか、研磨はよっぽど友達いなかったんだなーとか思った。


「ねえ、なまえちゃんは彼氏とかいるの?」


向かいに座っているお母さんがいきなりそんなことを満面の笑みで尋ねてきたので、危うくお味噌汁を噴き出すところだった。
脈絡が無さすぎてびっくりした。


『いえ、そういうのは全然』

「あらもったいない!美人なのに!」

『えっ、いやそんなことはないですけど…』

「そんなことあるわ!ねぇ、研磨。なまえちゃん可愛いわよねぇ」


何故こんなに褒めちぎられているのわたしは。
実の親にもこんなに褒められたことはない、脳みそ茹だりそうである。
そしてあろうことか研磨に話を振ったお母さんはすごいいい笑顔をしている。
そして話を振られた研磨は、ご飯を食べていた顔をわたしに向けて、じっと観察するように見つめてきた。
目は合っていないけど、初めてこんな長い間顔を見られるような気がする。


「…まあ……そうなんじゃない」

「ほら!なまえちゃん可愛いのよ!?こんな子がお嫁に来てくれたらっておばさん妄想が広がっちゃうわ!ねぇ、鉄朗くん」

「ん?ウン、かわいいかわいい」

『い、いやいやいや……そんな、いやいや……』


対象物から興味を無くした猫みたいにふいと顔を逸らす研磨、嬉しそうなお母さん、ニヤニヤしてどう考えてもおちょくっている黒尾先輩。
三人から総攻撃を受けたわたしは、恥ずかしいのと同時にいたたまれなくなり、うつむきながら曖昧に否定をするしかなかった。
何故こんな拷問みたいなことに。
これわたしどうすればいいの、なんて言うのが正解なの?とか困っていたら、隣でお茶を飲んでいた研磨が、ぼそりと話をまとめてくれた。


「なまえがお嫁さんとか、絶対嫌だけど」


なかなか酷いことを言われた気がしないでもないが、どうにか「かわいい」攻撃は幕を閉じてくれたので、まあ許すことにする。
しかし、研磨に実は嫌われているんじゃないか説が拭いきれないのもまた事実……だったらとても悲しい。


『じゃ、そろそろ帰るね』

「ん?…ああ、うん。俺も風呂入って寝る」

『寝るの早いね研磨』


楽しかった晩ご飯を終え、時刻はもう夜の9時半になっていた。
あまり長居しすぎてもいけないので読んでいたマンガを閉じて言うと、ベッドに寝転んでゲームしていた研磨も頷く。
もう眠いらしい研磨に少し笑った。

床に置いていたマンガを棚に戻して、出していたスマホをバッグにしまってから立ち上がる。


「忘れもんない?」

『あ、はい。大丈夫…です』


わたしが立ち上がった直後に、ベッドに腰掛けていた黒尾先輩も立ち上がったのでびっくりした。
そのでかさとタイミングと、まるで家主のような発言に。
忘れ物の有無を確認してから頷くと、黒尾先輩は一度腕を上に上げて伸びをしてから、手に持っていたマンガをベッドに置いて、研磨を見下ろした。


「研磨、俺なまえちゃん送ってそのまま帰るわ」

「うん」

「一応言っとくけど、ホントならお前が送らねぇといけねーんだからな?」

「やだよ。クロが送るんだからいいじゃん」


俺がいないときどうすんだよ……と呟いた黒尾先輩のツンツンした髪の毛を見上げながら、しばらく黙っていた。
あ、今日も黒尾先輩がわたしを駅まで送ってくれるらしいと、今の二人の会話から理解したからだ。
別に駅が遠いわけでもないし一人で帰れるのに、と思ったけど、この間も同じようなことを抗議して無駄だったことを思い出して、今日は何も言わないことにした。
知らない人ってわけでもないし嫌いなわけでもないけど、やっぱり未だに黒尾先輩ってちょっと得体の知れない怖さがあるし、気まずいことも変わりないのだけど、たとえ送らなくていいと断ったとしても結局送られることになりそうだから。

くるりと振り返った黒尾先輩を見上げると、高いところにある、決して目つきが良いとは言えない目と視線がかち合った。


「じゃ、帰ろーか」

『……よろしくお願いします』

「ハイよろこんで」

「……じゃーね、なまえ」

『あ、うん。今日はありがと、また月曜日ね』


どすどすと体重に比例した足音を立てながら部屋を出ようとする黒尾先輩の背中から目を逸らして、相変わらずベッドに寝転んでいる研磨を見た。
ゲームから顔を上げて別れを言ってくれたので、わたしも手を振って別れを言う。
少し照れくさそうに小さく手を振り返してくれた研磨に笑って見せてから、すでに階段を途中まで降りている黒尾先輩を追いかけた。


『遅くまでお邪魔してすいませんでした。ご飯すごい美味しかったです、ごちそうさまでした』

「こちらこそ、ケーキすっごく美味しかったわ!よかったらまた来てね。今度はお父さんも一緒にお鍋でもしましょ!」

『はい、また来ます。今日はありがとうございました』


ニコニコしながら玄関先で手を振ってくれる研磨のお母さんに頭を下げながら、お邪魔しましたと挨拶をして、わたしは帰路に着いた。
音駒高校バレー部の下のジャージのポケットに手を突っ込んで少し前を歩く、黒尾先輩と一緒に。


『……あの、今日も送ってもらって、すいません』

「いーよ」

『…ありがとうございます』

「なまえちゃんは研磨の大事なオトモダチだからな」


オトモダチ……。
足の長さからしてわたしよりも歩くスピードが早いだろう黒尾先輩は、わたしに合わせてくれているのか、少しだけ前を歩いているだけでその歩幅は狭い。
その大きな靴とか筋肉質そうな背中とかを見つめて、思う。
研磨は黒尾先輩を優しくないと言うけど、やっぱり優しいんじゃないかって。
それはわたしが大事な幼馴染の数少ない友達でしかも年下の女の子だからなのかもしれないけど、それでもやっぱり人並みには優しいと思う。


「なまえちゃんて、高校どこ行くか決めてんの?」

『え…ああ、一応……』

「へぇ。まだ中三の春なのに、早いな。推薦とか?」

『いや、推薦とか無理なんで…普通に受験で』

「ああ…そういや研磨言ってたわ、なまえちゃんはおバカだって」


おバカ、のとこをより馬鹿っぽく聞こえるように強調して声音を変えて言った黒尾先輩。
少しだけ研磨を憎んだ瞬間だった。


「どこ行くの、高校」

『音駒…の予定、です』

「え、音駒?」

『はい。黒尾先輩も、音駒ですけど』

「ん?それは俺と同じは嫌だって聞こえるけど?」

『あっ、いや、そういう意味じゃなくて…』

「だよなぁ、こんな優しい先輩他にいねぇもんな」

『……』


冗談だと分かりながらも何と返せばいいのかわからなかったので、黙ってアスファルトを見つめた。
わたしヘタ踏んだわ、変な言い方しなきゃよかった。
とか思ってたら、がしっといきなり頭を大きな手で掴まれた。
びっくりして顔を上げると、いつの間に近付いたのか、最高に嘘くさい爽やかな笑顔の黒尾先輩が、至近距離に立ってわたしの頭を右手で鷲掴みにしていた。


「なんで黙るのかな、なまえちゃん?」

『い…いえ…黒尾先輩と同じ高校目指せるなんて、大変喜ばしいことで……』

「お、かわいいこと言ってくれるネ」


言わせたんじゃん、とは言えなかった。
怖くて。
さらりとわたしの髪の毛を道連れに頭から離れていった黒尾先輩の大きな右手を目で追ってから、ひとまず安心、と内心胸をなでおろした。
立ち止まっていた足を再び帰路に戻してから、自然に隣に並んだ黒尾先輩を見る。
そういえば先輩はナチュラルに常に車道側を歩いてくれていることに気付いた。
まあ研磨以外の男は大抵車道側を歩いてくれるのでときめきも何もないけど。


「ま、冗談はさておき。なんで音駒がいいのなまえちゃんは」

『えーと……家から一番近くて、受験も簡単だって聞くので…』

「なまえちゃんらしい理由だなそりゃ」


面接ですかと聞きたくなるような質問に素直に答えれば、黒尾先輩は面白そうに笑った。
全くの偶然だけど、最近知り合ったばかりのこの人と同じ高校を受けようとしているのだなあ、と今になって自覚する。
あ、そういえば、と、研磨のことを思い出した。


『研磨はどこ行くんですか?』

「知らねーの?」

『はい、そういう話しないので』

「どうせマンガとかゲームの話ばっかしてんだろ」


マンガは正解だけど、わたしはゲームはどうぶつの林(ほのぼのゲーム)しかしないので研磨とゲームの話はしない。と伝えようか迷ったけど、どうでもいいかと思って言わなかった。


「研磨も音駒だ、よかったな同じで」

『あ、そーなんですか』

「高校来ても友達でいてあげてネ」

『まあ…研磨が友達でいてくれる限りは』

「あれ、なまえちゃん研磨に懐かれてる自覚ないのか」

『……えっ懐かれてるんですかわたし』

「超懐かれてるだろ。さっきおばさんがなまえちゃんを嫁にー云々言ってたときも、研磨言ってたじゃん。なまえちゃんを嫁にすんのは絶対嫌だって」

『………?』


言ってたけど、それがなんでわたしに懐いてる、ということになるのか。
全く理解できない。
意味がわかりませんと顔全体で表現しながら黒尾先輩を見上げると、またニヤニヤ笑われた。
この小馬鹿にされてる感、殴りたい。


「研磨わかりづらいからなぁ」

『はあ…?』

「なまえちゃんを嫁にしたくないってのは、”なまえは友だちだからそういう目で見れないしこの先もずっと友だち”、って意味な」

『…えっ?今の研磨の真似ですか?』

「ウン、似てたろ」

『……いや…似てませんけど…ていうか、それは黒尾先輩の妄想じゃないんですか…?』

「いや、絶対そーいうことだから。つーかなまえちゃん、俺のことなんだと思ってんの」

『いや…え、だとしたら嬉しいですけど……』


黒尾先輩の推理(?)が正しいのであればとてつもなく嬉しいけど、果たして研磨が本当にそんな風に考えてああ言っていたのかはわたしにはわからないし、正直信じられない。
黒尾先輩のおかしな妄想としか考えられないのだけど、黒尾先輩はとても自信満々な顔をしている。
そして「妄想って……」と言いながら呆れたような悲しいような目をしてわたしを見た。
彼はポーカーフェイス気味なのでうまいこと表情を読み取れないので、すこしばかりやりにくい。


「他はどっか受けんの?」


話題を変えてきた黒尾先輩が何を聞いているのか一瞬わからなかったけど、すぐに高校受験のことだと気付いたので、ユカとリツコの顔が頭に浮かんだ。


『友だちが受けるとこを滑り止めに受けようかなーと思ってます』

「友だちどこ受けんの?」

『さあ…わかんないですけど、なんか…ブレザーで制服がかわいいとこだって言ってました』

「ぶはっ…どこかわかんないとこ受けようとしてんの、なまえちゃん」


ぶはっと笑った黒尾先輩にびっくりした。
この人はいきなり噴き出す持病でも持っているのか、とくだらない妄想をする。


「そーか、女子ってわりと制服で進学決めてるよな」

『そうみたいですね』

「なまえちゃんは興味ねーの、制服」

『そんなには…音駒もふつうにかわいいと思いますし』

「ふーん…なまえちゃんが合わせて受験するってことは、その友達って仲良いんだ?滑り止めだけど」

『まあ…小学校から一緒なので。滑り止めですけど』

「へえ。もし音駒受かったら高校離れるけど、さみしくねーの?」


黒尾先輩がそう尋ねてくるので、考えてみた。
小学校から一緒のユカとリツコと離れることを。
うーん、と眉間にしわを寄せて右上に目をやる。
うーん……。


『…まあ、さみしくはなるんでしょうけど…友達の方も滑り止めに音駒受けるとか言ってたし…縁切れるわけでもないし、どうせたまには会うし…』

「研磨もいるし?」

『はい、研磨もいるし…まあ、大丈夫なんじゃないですかね』


離れたとしても、ユカなんて家も近いし最寄駅も一緒だし、リツコは一駅向こうに住んでるけど、まあ大丈夫だろう。
高校に上がって離れることを想像してみても、やっぱり二人といるところを思い浮かべてしまって、すこしおかしくなって笑う。
駅の前まで着いたのでそのまま黒尾先輩を見上げると、目が合った。


「じゃ、気を付けてな」

『はい。先輩も気を付けてください』

「ウン、攫われないように気をつける」

『……あ、はい…』

「そんな引いた顔しなくても」

『いや、引いてないですけど…反応に困りました』

「正直だななまえちゃん」


駅前で黒尾先輩と別れの会話をしながら、ショートパンツから出る素足が、ちょっと寒いなと思った。
まだ素足にミニ丈は早かったみたいだ。
風が吹いて髪の毛が顔にかかったので、ニットに隠れる手で耳にかける。
目が合った黒尾先輩に軽く頭を下げると、爪がピアスに当たってかちりと鳴った。


『送ってくれてありがとうございました』

「おー。またな、なまえちゃん」

『…はい、また』


この間送ってもらったときと同じように、バイバイはダメだしさよならはこないだ笑われたし、となんて挨拶しようか迷っていたら、黒尾先輩が口角を上げて先に言ってくれた。
またな、って。
そうか、その手があったんだと気付く。
それと同時に、黒尾先輩とまた会うことがあるのだろうか、と一瞬思った。
でも研磨と関わっていれば当然会うことはあるだろうし、むしろ頻繁に遭遇しそうだし、間違ってはいない。
なのでもう一度小さく頭を下げてから、わたしもまた、と呟いて、駅に向かって歩き出す。
そういえばもうすぐゴールデンウイークだな、と思い出した。


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