シフォンケーキを食べ終えたわたしたちは、また各自漫画とゲームの世界に戻った。 研磨はベッドに腰掛けて足を床に投げ出して、わたしは相変わらずベッドに背中を預けて体育座り。 手元の漫画から目が離せない。 もう19巻まで読み進めてしまった。 ああ怒涛の展開だ。アジュムエルダ先生(漫画の登場人物)は死んでしまうのか!? そんなの嫌だ、わたしはアジュムエルダ先生がこの漫画の中で一番好きなんだ! 死なないで!最終回まで生き残って!! とか一人で脳内で必死になってたら、いきなり、どすどすと部屋の外から階段を上ってくる足音が聞こえてきた。 驚いて顔をドアの方に向ける。 しかし研磨は、聞こえてないわけがないのにちらりとも顔を動かさずに、相変わらず無表情でゲームをしていた。 ええ、このでかい足音は何事?とか思ってドアを見つめていると、バン!と、いきなり研磨の部屋のドアが開いた。 「研磨ぁ、…あ、なまえちゃん来てたんか」 いきなり現れたのは、こないだ部活帰りに会った黒尾先輩だった。 なるほど、幼馴染は呼び鈴も鳴らさずにどすどすでかい足音立てて階段上ってノックもなしに部屋に入ることが許される関係なのか。 とか納得しながらも、驚いたわたしはドアのとこで小脇にバレーボールを抱えて立っている黒尾先輩を見上げたまま、口が開きっぱなしなことに気付いて、とりあえず口を閉じた。 『おじゃましてます…?』 「ここクロんちじゃないよ」 いや知ってるけど。 ていうか、今黒尾先輩さらっとわたしのことなまえちゃんて呼んだよね。 こないだはみょうじちゃんて呼んでたのに。 まあたぶん、研磨がわたしをなまえって呼ぶから、それが黒尾先輩にも移っただけなんだろうけど。 「クロ、なんか用?」 「あー、いや俺も昼から休みんなったから、暇だしお前と練習すっかなと思ったんだけど」 「やだよ、休みなのに練習するとか」 なるほど、黒尾先輩は研磨とバレーするためにバレーボールを持ってここに来たらしい。 じゃあわたしお邪魔か、と思ったけど、嫌そうに眉を顰めた研磨が即座に断ったので、わたしはこのまま漫画を読んでいても良さそうだ。 しかし、わたしのその計画は、さわやかな笑顔を浮かべた黒尾先輩がどすどす部屋に入ってきて、ベッドの上で研磨の隣、つまりわたしの斜め後ろに腰掛けた事によって中断される。 「なまえちゃんは漫画読みに来たの」 『あ、はい』 「好きだねぇ漫画」 『え、まあ…はい』 「いやぁ、研磨の母ちゃんがさ、女の子来てるっつーから。てっきり研磨が彼女でも連れ込んでんのかと」 『ああ…すいません、わたしで……』 「いやいや、むしろ安心したわ。なまえちゃん相手なら不健全な展開にはならなそーだし」 『…そりゃ、友だちなので。そういうのは』 研磨いわく作り笑いらしい爽やかな笑顔の黒尾先輩は、あははと笑うと何故かわたしが読み終わった漫画を手に取った。 17巻だ。 何するんだろうと見ていると、黒尾先輩はそのまま漫画を読み始める。 え、もしかしてここに居続ける感じ? ちょっと気まずいなあそれは、と思いながらも、会話が途切れたのでわたしも漫画の続きに目をやった。 「クロはその漫画こないだ読んでなかったっけ」 「おー、読んだけど。パラパラっと読んだだけだからさ、あんま覚えてねぇんだよ」 「ふーん…なまえに迷惑かけないでね」 「任せとけ。あ、なまえちゃん。俺ここ居て大丈夫?」 『あ、はい、全然』 「そっかそっか、悪いね邪魔して」 黒尾先輩は、全く悪いと思ってなさそうに笑って漫画を読んでいる。 どうやらこのままここに居続けるようだ。 まあ、別に問題はないんだけど、正直年上ででかくて、言っちゃ悪いけど胡散臭いあまり知らない人と一緒にいるのって、結構気まずい。 少しばかり帰りたくなりつつも、漫画の続きが気になるわたしは黒尾先輩の存在は気にしないことにして漫画に目を落とした。 アジュムエルダ先生はとりあえず助かったので一安心。 次の巻に手を伸ばすと、後ろで研磨がくしゃみをした。
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