午後2時19分。 スマホの画面に表示されている時間を見てから、研磨の家の呼び鈴を押した。 ピンポーン、と家の中から小さく呼び鈴が鳴ったのが聞こえて、わたしは研磨の家の玄関先に突っ立っている。 「はーい。あら…どなた?」 しばらくして玄関から出てきたのは、研磨ではなく女の人だった。 おそらく研磨のお母さんだろう。 研磨は多分いちいち出迎えには来てくれないだろうと思っていたので、とくに驚くこともなく愛想笑いを浮かべて軽く頭を下げた。 『こんにちは。研磨くんのクラスメイトの、みょうじなまえです。研磨くん、いらっしゃいますか?』 「け…研磨の……」 『…?はい、研磨くんと約束していて…』 「けけけ、研磨におお、女の子のお友達が!?えっ…えっ、ええっ!?あっ、も、もしかして彼女だったりするかしら!?」 『えっ?い、いや、彼女とかではなく…友だち、です』 お母さんのテンションの上がりようには驚いた。 よほど研磨は友好関係が少ないんだろう、お母さんの驚きようからして、たぶん女が研磨を訪ねてくるのも初めてなんだと思う。 「あら、まあ、そうなの!研磨に女の子の友達が…!あ、ごめんなさい、いつまでも外で!どうぞ、上がってちょうだい!」 『はい、おじゃまします』 嬉しそうに笑いながら、研磨のお母さんはわたしを家に迎えてくれた。 優しそうなお母さんだな、と思いながら、履いていたサンダルを脱いで家に上がらせてもらう。 お母さんはわたしを見ながらそわそわしているので、少し気まずくなりながらも、昼前に焼きあがったケーキの入った紙袋を差し出した。 『あの、これ…つまらないものですけど、よかったら…』 「…!!わ、若いのによく出来た子ねぇ…!研磨とは大違いだわ…!貰っちゃっていいの?こんな美味しそうな…」 『はい、大したものじゃないので』 「もしかして手作りかしら?」 『あ、そうです。紅茶のシフォンケーキで…お口に合えばいいんですけど…』 「まあ…!いい娘さんねぇ、ありがとう!わたし紅茶もケーキも大好きなの!研磨も好きだから、喜ぶと思うわ!」 お母さんは、わたしが渡した紙袋の中を見つめて嬉しそうにしている。 結局、少し悩んだ末、研磨家に渡すお土産は紅茶のシフォンケーキにしたのだ。 完全にわたしの趣味なんだけど、よかっただろうか。 愛想笑いを浮かべながらへこへこしていたら、お母さんは「研磨の部屋は二階の突き当たりよ」と二階へと上がるよう促してくれた。 なので、わたしはお母さんにもう一度頭を下げてから、促がされた通り階段を上る。 研磨に借りていた漫画を持ってきたので、荷物は少し重い。 二階に上がると、お母さんに言われた通り突き当たりの部屋のドアをノックした。 すると、中から研磨らしき声で「どーぞ」と返事が返ってきたので、遠慮なくドアを開ける。 部屋の中では、研磨がベッドに寝そべってゲームをしていた。 「呼び鈴鳴ってから上がってくるの、遅かったね」 『研磨のお母さんにお土産渡したりしてたから。お邪魔します』 「ああ、うん」 ここが研磨の部屋か。 思ったより散らかってないんだなと思いながら、部屋の中にお邪魔した。 テキトーに座って、と言われたので、研磨が寝転んでるベッドを背もたれにして床に腰掛けた。 『これ借りてた漫画。ありがとね』 「その辺置いといていいよ。それの続き、あの棚にあるから勝手に取って読んで」 『うん』 まがりなりにも女子が部屋に居るというのに、研磨の態度はぶれない。 まあ今更女の子扱いされても困るのでいいけど。 研磨に言われた通り、借りた漫画の続きを本棚から取り出して、11巻から読み始める。 おお、待ちに待った漫画の展開がここに! ベッドを背もたれにして体育座りしたわたしは、じっと漫画に目を落とした。 「研磨、入るわよー」 しばらく無言で、わたしは漫画、研磨はゲームに夢中になっていると、部屋のドアがノックされて向こうから研磨のお母さんの声がした。 研磨がそれに返事をすると、部屋のドアが開く。 中に入ってきたお母さんは、おぼんにお茶とわたしが持参したシフォンケーキを切り分けたやつをふたつずつ乗せて持っている。 運んで来てくれたんだとわかって、一度漫画を閉じた。 「なまえちゃん、お菓子作るの上手なのねぇ。さっき少し食べたんだけど、売り物より美味しかったわ!」 『いやいや、そんなことないです』 「謙遜しなくていいのよ。お持たせでごめんね、お茶どうぞ」 『ありがとうございます』 「ふふ、いいのよ。研磨、あんたもちゃんとなまえちゃんにお礼言うのよ?こんな美味しいシフォンケーキ作ってきてくれたんだから」 「んー」 シフォンケーキとお茶をテーブルに置いたお母さんは、にこにこしながら部屋から出て行った。 なんだか優しくて可愛いお母さんだ。 うちのお母さんにも見習ってもらいたいね。 漫画を読むのを再開しようと視線を手元に落とすと、後ろでもそっと研磨が動く音がした。 わたしが振り返るまえに、研磨はベッドから降りてきてわたしの隣に腰掛ける。 そしてテーブルに置かれたフォークを手に取ると、お皿に乗ったシフォンケーキにぐさっと刺した。 「ケーキ、わざわざありがと」 『ああ、いえいえ』 ワイルドにシフォンケーキをもっしゃもっしゃと食べ始めた研磨。 わたしも空気を読んで、シフォンケーキを食べることにした。 手でちぎって口に入れると、ふわっと紅茶の香りがする。 それから甘い。ふわふわしている。 うん、なかなかうまくできてるんじゃないかこれは? 「美味いね、俺コレ好き」 『そりゃよかった』 「この黒いツブツブ何?」 『紅茶の葉っぱだよ。紅茶のシフォンだから』 「え、茶っ葉ごと入れるんだ」 『うん、その方が紅茶の匂いが強くなるから』 「ふーん…」 研磨んちのお茶を飲む。 うちと味が違って美味いな、とか思いながらもう一口。 これは麦茶なのだろうか。 そんなどうでもいいことを考えながら、シフォンケーキを口に押し込んだ。
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