「漫画取ってくる。上がる?」


研磨の家に着いて、そう言われたのを丁重にお断りして、わたしは研磨んちの玄関先で突っ立っている。
研磨が漫画をとりあえず10巻くらい持ってきてくれる、というので待っているのだ。
ここまでわたしと研磨と黒尾先輩と三人で来たのだけど、研磨の家に黒尾先輩も当然のように入っていったのには驚いた。
あれ、ここ先輩んちなの?
って思った。
でもそういうわけじゃなくて、ただ幼馴染の家によく遊びに来るから今日も上がっただけなんだろう。

しばらく知らない家の玄関先に突っ立って待っていると、がちゃっと玄関のドアが開いた。
研磨が降りてきてくれたんだ、と思って顔を上げたけど、そこでわたしは驚くことになる。


「待たしてゴメンな」


研磨んちの玄関から、漫画の入った紙袋を持って現れたのは、研磨ではなく黒尾先輩だったからだ。
思っていたのと全く違う状況に、返事しようとした言葉が途切れ途切れになる。


『あ、いえ、別に…ぜんぜん』


何故、研磨ではなく黒尾先輩がわたしの借りる漫画を持って降りてきて、研磨は降りてこないのか。
トイレにでも行ってんのかと思ったけど、靴を履いて外に出てきた黒尾先輩は、さも自分の家であるかのようにドアを閉めて、エナメルバッグを肩にかけ直してわたしを見下ろした。
そして漫画の入ってる紙袋を差し出してくる。


「はい、これ漫画。研磨、今から飯食うっつうから」

『あ、ありがとうございます…?』

「みょうじちゃん、帰り電車なんだって?」

『え、あ、はい』

「駅まで送れっつったんだけど、研磨のヤツ面倒だから嫌だと」

『ああ…研磨っぽいですね』

「ウン、だから俺が送るけど」


えっ?
と言ったら、黒尾先輩も、素敵な笑顔で「え?」と言ってきた。
その顔と声は、なんか文句あんのか?って言っているようにわたしには見える。
え?いや、「え?」って、そんな万能な言葉だったっけ?
とりあえず漫画入りの紙袋を受け取ってから、状況を理解するため考えた。
研磨がここに来ないのは、今から晩御飯を食べるためでわたしを駅まで送るのが面倒だから。
うん、すごく研磨っぽい。
で、わたしはこれから駅まで黒尾先輩に送られるらしい。
えっ、嫌だ。気まずい。


『いや、あの…わたし、一人で帰れるので…』

「もう遅いし、そーいう訳にいかないだろ?」

『でも、わざわざ駅までとか…近いし、大丈夫です』

「どうせ俺コンビニ行くし、気ぃ使わないでいいよ」


笑顔で見下ろされる。
素敵な笑顔、なんだけど、わたしにはやっぱり、恐喝的な感じに見えるんですけど。
怖い、普通にすごく怖い。
とりあえず黒尾先輩の機嫌を損ねないように愛想笑いを浮かべたまま、困ったわたしは無意味に首を傾げてみせる。
どうしたもんか、駅まで送ってもらうのは悪いし気まずいし怖い。
でも断り続けるのも怖いな。


「じゃあ、行くか」


素敵な笑顔のまま、わたしを通り過ぎて道路に出た黒尾先輩は、わたしを待つことなく駅の方へ歩いていく。
これは送られる感じか。
でもまあ、確かに夜道を一人で歩くのも怖いし、黒尾先輩がいればそういう意味では安全そうだ。
なので、気まずいのは我慢することにして、黒尾先輩の後を追う。
足の長い先輩は歩くのも早そうだけど、わたしに合わせてくれてゆっくり歩いているのか、すぐに追い付いた。
黒尾先輩の少し後ろを付いて行きながら、その顔を見上げる。
斜め下から見上げても、長い前髪のせいで顔は見えなかった。


「家どの辺?」

『ここから、一駅先です』

「駅から家は?近いか?」

『はい、駅からすぐで…』

「へえ。どうせなら家まで送ってあげようか?」

『え?いや、それはいいです』


たぶん冗談なんだろうけど、普通に答えてしまった。
黒尾先輩は、さっき研磨に向けてた顔とは違う、よそ行きっぽい顔をして歩いている。
駅に近付くにつれ、すれ違う人が増えてきて、わたしは少し安心した。
気まずい時間ももうすぐ終わる、と。


『あの、ここまでで大丈夫です』

「ん?まだ駅着いてないけど」

『もうすぐそこなので…送ってもらって、すいません』

「いえいえ。俺はホームまで送ろうと思ってたんだけどネ」

『いや…あはは。じゃあ、ありがとうございました』


こういう冗談に何て返せばいいのか全くわからない。
とりあえず愛想笑いを返してから、黒尾先輩に頭を下げた。
先輩は、人好きしそうな笑顔を浮かべて、軽く上げた手をひらひらさせる。
たぶんあの笑顔は作り笑いだろうとわたしが思うのは、さっき先輩がニヤニヤ笑ってるのとか研磨に向けてた笑顔とかを見たからだろう。


「気ぃ付けてな。研磨をよろしく」

『あ、はい…先輩も、気を付けてください。じゃあ……さよなら…(?)』

「ぶっ…ウン、さよーなら、みょうじちゃん」


ぶっ、と、何故か吹き出した黒尾先輩に、何がおかしかったんだろうと不思議に思いながらも、わたしは頭を下げて駅の方へ歩き出した。
さよなら、がおかしかったんだろうか。
でも先輩への別れの挨拶って、何て言えばいいのかわからないので仕方ない。
友達に言うみたいなバイバイは言えるわけがないし、おやすみなさいもなんか変だし、失礼しますは女子中学生のわりになんか社畜っぽいし、お疲れ様でしたはなんか違う。
というわけで、まあ、さよならならおかしくはないだろうと思ったのだけど、先輩には面白かったのかもしれない。

すぐに駅に到着して、定期を使って改札を抜ける。
ホームに立つと、もう春も中頃なのに夜風が冷たく感じた。


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