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「あら…?なまえちゃん、今日はあなたお休みの日でしょう?お店出なくていいのよ?」

『特にすることもないので…働いてる方が楽しいですから』

「そう…?ならいいんだけど…」


外が寒くて外出する気にならない。
だから休みの日にすることがなくて暇だし、だったら時間を無駄にするよりお店に出ておばさんを手伝おうと思って、最近は休日返上でお店に出ていた。
部屋の中でだらだらと過ごすより、お店に出てお客さんとお話したり、おばさんと台所に立っている方が楽しいというのも理由のひとつだ。
それに、おばさんへ恩返しがしたい。
その思いは優しくされるたびに募っていくばかりで、実際にわたしがおばさんのためにできることなんて家事くらい。
だからできるだけ、どんなに小さなことでもおばさんの役に立ちたいのだ。

おばさんは、自殺未遂をして知らない世界に放り出されたわたしを、訳も聞かずに拾ってくれて、目一杯優しくしてくれた。
まるで本当の娘にするみたいに。
前に、おばさんが自分のことを話してくれたことがある。
おばさんは6年前に、ご主人を病で亡くしたそうだ。
ご主人とは幼なじみで、幼い頃からずっと一緒にいて、18歳のときにプロポーズをされて結婚したと言っていた。
子宝には恵まれなかったそうだけど、おばさんとご主人はすごく仲が良くて、毎日幸せな日々を送っていたそうだ。
おばさんもご主人も40代を迎えたころ、もう子供が出来る可能性は低いし、養子でも取ろうか、そう話をしていたとき、ご主人は病にかかってしまったと聞いた。
おばさんは子供が欲しかった。
でも、それよりもっと、ご主人に長生きして欲しかった。
ご主人はその1年後に亡くなってしまったそうだ。
そしてその5年後、路地裏で倒れていたわたしを見つけたのだと、おばさんは笑っていた。

ご主人と二人で切り盛りしていた藤屋。
おばさん1人で経営するのはひどく大変だっただろう。
だから、わたしはおばさんの助けになりたい。
亡くなったご主人の分も。


「なまえちゃん、アジフライ定食お願いできるかい!」

『はい、ありがとうございます。おばさん、アジフライ定食が一つです』

「あいよー!」


カウンター席に座る常連のおじさんの注文をおばさんに伝達し、わたしはお味噌汁とご飯、おひたしとお新香、それからお茶や食器の準備をする。
おばさんがアジフライを揚げるのを見ながら、お箸をお盆に乗せた。


「なまえちゃんは今いくつだったかい?」

『21歳です。もうすぐ22になります』

「そーかい、そりゃ女盛りだねェ!浮いた話は聞かないけどよ、いい人はいるのかい?」

『そんな、いませんよ』

「そりゃいけねェや!こんな別嬪放っておくなんて最近の若い男共は何してんだって話だよな、なァ女将!」

「そうなのよォ、私も心配してるのよ。こんな若くて可愛い娘をこんな定食屋で働かせておくなんてもったいないだろう?だから早いとこいい人見つけなって言ってるのに、この子ったら休みの日までお店に出たがるんだから…」

「いやァ、なまえちゃんがいい人見つけて嫁に行ったとしてもよ、藤屋にはいてもらわなくちゃァ困るだろ!なんたってなまえちゃんは藤屋の看板娘だからな!」

「ま、そうは言ってもね。半端な男にこの子をやる気はないよ私は。一生この子を幸せにしてやれるような男でなくっちゃあね」

「そらァなまえちゃん大変だな!そんないい男を見つけなきゃいけねぇんだからよ」

『もう…気が早いですよ』


アジフライ定食を出してしまうと、おじさんとおばさんの世間話が始まった。
この二人はいつも仲良く話を咲かせているのだけど、その内容がわたしだなんてたまったもんじゃない。
それにわたしはお嫁になんか行く気はないし、一生藤屋で働いていたいと思っている。
きっとおばさんは反対するだろうから言ってないけれど、今はまだ、藤屋を出るだなんて考えもできないことだ。
ふきんで台所を拭きながら、豪快に笑うおじさんに笑みを返す。
結婚、なんて。
きっとわたしは一生しないんだろう。
おそらく恋だの愛だのも。
わたしが進む運命の先に、きっとそんな素敵なものはない。
あったとしても幸せな結末ではないんだろう。
だって前の世界ですら、わたしは恋愛においても、涙とともに結末を迎えることしかなかったから。


『わたしは恋愛とか、する気はありませんから』


そんなに若いのに何言ってるの、とおばさんが笑う。
わたしも笑ってみせながら、思い出してしまった前の世界での記憶を、脳内で黒く塗りつぶした。

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