13

大江戸マートを出ると、冷たい風に鼻の奥がツンとした。
もうすっかり冬だ。
マフラーと羽織がないと外出できない季節になった。
吐く息が微かに白い。
わたしはこの間坂田さんにもらった白いマフラーを首に巻いて、羽織をしっかりと着込んで、日課とも言える買い出しに来ていた。
寒いなあ、そう思いながら買い物袋を持ち直して、藤屋に戻るため歩を進める。
冷え性には辛い季節だ。
水仕事で荒れた指先の感覚がなくなりかけている。


『……あ、…』


今日の晩ご飯は何にしようか、と考えながら路地を曲がったとき、少し先に見覚えのある人物の姿を見つけた。
その人は、黒い制服を着てパトカーにもたれて、煙草を吸っている。
真選組の制服は遠目から見ても目立つな、と思いながら、お仕事中だろう土方さんに歩み寄った。


『こんにちは、土方さん』

「ん?…あぁ、お前か」


見かけたのに声をかけないのは不自然だろうと、土方さんに声をかけた。
わたしの姿を確認した彼は、煙草を咥えたまま見下ろしてくる。


「買い物帰りか」

『はい。土方さんは、お仕事中ですか?』

「あァ。つっても見廻り終わったんでこれ吸ったら屯所帰るがな」

『そうなんですか。お疲れさまです』

「お前もな」


見廻り終わりで、こんなところにパトカーを停めて煙草を吸っているということは、彼は今休憩でもしているということだろうか。
彼がいつも藤屋に来ては、上司や部下が面倒な仕事を増やすんだと愚痴をこぼしていたのを思い出す。
煙草を吸うその顔は何だか憔悴しているように見えて、少し彼が不憫になった。
きっとあまり睡眠も取れていないのだろう。
ため息を吐くみたいに煙草の煙を吐き出した土方さんを見て、そういえばさっき大江戸マートで飴を買ったことを思い出した。


『土方さん、甘いものはお好きですか?』

「あ?…いや、別に普通だ」


不思議そうに返事をしてくれたので、普通ということは嫌いではないんだと解釈して、買い物袋の中から飴を取り出す。
20粒入りの大袋を買ったので、いくつか彼にあげようと思ったのだ。
バリ、と飴の包装を開けて、中から三つ、ひとつひとつ包装されている飴玉を取り出した。


『これ、よかったらどうぞ』

「…飴玉か」

『ジンジャーキャンディです。しょうがが効いてるので、体も温まりますよ。土方さん、お疲れみたいなので…』


土方さんの左手にジンジャーキャンディを三つ乗せて、微笑んで見せた。
疲れているときには甘いものはとてもいいと聞くし、脳の栄養にもなるし、冬だからしょうがの効果は嬉しいだろう。
土方さんは惚けた表情でわたしをじっと見下ろしてから、ついと手のひらの飴玉に目をやった。


「…お前、手が冷てェな」

『あ、すみません…冷え性で』

「それに荒れてんぞ」


土方さんの手を持ち上げるようにして触れているので、かさかさしたわたしの指先が気になったようだ。
彼の大きな手がジンジャーキャンディを握ったのを見てから、そっと手を離した。


『水仕事が多いので…』

「真っ赤じゃねェか。あかぎれとしもやけで痛そうだな。ささくれも」


飴を握っていない右手でわたしの手を取った土方さんは、じっと荒れた指先を見つめている。
彼の言うように、わたしの指先はあかぎれとしもやけとささくれで荒れて痛々しい有様になっているのだけれど、それを見られるのは面白いものではない。
どう見ても綺麗ではないから、気恥ずかしかった。


「薬とか塗ってんのか?」

『え…いえ、放っとけばそのうち治るので…』

「ちゃんとケアしろよ。そのままじゃ水仕事んとき痛ェだろ」

『…はい……』

「にしても冷てェな…」


ぎゅ、とわたしの指先を握った土方さんは、自分の体温を分けてくれるみたいに手のひらで包み込んでくれる。
冷えて感覚のなかった指先が、じわりと少し熱を持った。
それにしても、ケアをしろ、と言われたけれど、手荒れのケアとは何を指すのだろう。
この間テレビで、手荒れには保湿がいいとか言っていたのを思い出した。
ハンドクリームなんかを塗るのが一番いいだろうか。
ふと、わたしの指先を握る自分の手を見ていた土方さんが視線を寄越したので、目が合う。
ぴくりと一瞬動揺したように動きを止めた彼は、ぱっと握っていた手を離した。


「…悪い」

『いえ…ありがとうございます』


手を握っていたのは無意識だったのだろうか、彼はバツが悪そうに後頭部に手をやった。
そのしぐさが照れ隠しに見えて、可愛く思えて少し笑う。
わたしが笑ったからだろう、ジロ、と睨んできた土方さんを、怖いとは思わなかった。


「……飴、ありがとよ」

『いえ…ご無理はせずに、暖かくしてよく休んでくださいね』

「…あァ」

『風邪を引かないように』

「フン…お前もな」


鼻で笑った土方さんは、ジンジャーキャンディをひとつ開けると、蜂蜜色の飴玉を口に放り込んだ。
残りの2つをポケットに入れて、わたしを見下ろす。
ころん、と口の中で飴玉を鳴らした彼は、いつもよりもいくらか綻ばせた顔をして、パトカーのドアに手をかけた。


「乗ってくか?」

『え?』

「藤屋まで乗っけてってやるよ」

『いえ、でも…』

「どうせ帰り道だ、さっさと乗れ」


運転席のドアを開けた彼は、助手席を指差して言う。
送ってくれる、と言うけれど、パトカーで民間人を送ったりしていいものなのだろうか。
よくわからないけれど、土方さんが乗れと言うのだから、気にしなくてもいいのかもしれない。
正直、寒い中荷物を持って帰るのは楽しいものではないので、彼の厚意を素直に受け取ろうと思う。
運転席に乗り込んでいる土方さんを見てから、わたしも助手席の方へ回り込んで、ドアに手をかけた。


『すいません…ありがとうございます』

「飴玉の礼だ、気にすんな」


エンジンをかけた土方さんは、口の中で飴玉をころころ鳴らしながら前を見据えている。
パトカーに乗ったのは初めてで落ち着かないけれど、ちらりと隣の彼を見てみて、運転する男の人はやっぱりかっこいい、なんて思った。

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