12

志村さんに付き合ってもらって、何軒かの呉服屋を回って、着物を三着、羽織を二着購入した。
着物は、紫色のグラデーションのものと、水色の花柄のもの、墨色に桃色の差し色の入ったもので、羽織はシンプルなものと何にでも合いそうなもの。
それに合わせて帯や色紐も購入したので、荷物はだいぶ重くなって、わたしは買い物に嫌気がさして少し帰りたくなってきていた。
もともと、あまり長い時間買い物したりするのが好きじゃないのだ。
けれど楽しそうに小物やアクセサリーを見ている志村さんを見ていると、帰るだなんてとてもじゃないが言えないし、久しぶりに年の近い女の人と話せてわたしも楽しいので、一緒に綺麗な装飾品を眺めている。


「あ?ちょっと目離した隙にお前、そんな買ったのか」

『あ、坂田さん』


二着目の着物を買ったお店を出たときに、わたしと志村さんから離れてどこかへ行ってしまった坂田さんが戻ってきたようで、またいきなり後ろから声をかけられた。
しばらくどこかへ行っていたみたいだけど、どこへ行ってたんだろう。
そう不思議に思いながら見上げると、彼はわたしが持っている買い物袋を見下ろしていた。


「買い過ぎじゃね?女ってそんな冬支度必要なの」

『はい、わたしあんまり着物持ってなかったので…去年は、おばさんの借りたりしてましたし』

「ふーん…」


去年の冬は、お給料もあまり溜まってなかったし、使えるお金が少なかったので、おばさんが買ってくれた三着の着物と、おばさんの着物を借りたりして生活していた。
おばさんはもっと買ってくれる、と言ってくれたけど、それはやっぱり悪かったので、お金を貯めて自分で買いますから、と断ったのだ。
まあ、お金を貯めてからも、あんまり着物は買わずに着まわして、下着は多めに買ったりしていたけど。

わたしの手元を見下ろしていた坂田さんが、おもむろに買い物袋に手を伸ばしてきた。
彼はわたしの手からたくさんの紙袋を奪うように取り上げる。
え、と驚く間も無く、わたしの持っていた買い物袋は、全て坂田さんの手の中に移動してしまった。


「まだ見てんだろ?荷物見ててやるから中入れば」


ああ、わたしがたくさんの荷物を持ってるせいで、狭い店内に入るのを躊躇していたのを、坂田さんは見抜いたんだと気付く。
きっと商品の並ぶ棚に荷物をぶつけてしまうだろうから、と、中に入らず店先で簪なんかを眺めていたわたしのために、彼は荷物を持ってくれたのだ。
彼はすごく、優しい人なんだなあと、改めて思った。
以前、重すぎる過去の告白をして、醜態を晒してしまったというのに、彼は変わらず、いやむしろ、過去を打ち明ける以前よりも、優しく接してくれる。
そうだ、わたしは彼の、全てを見透かすような紅の瞳が怖くて、そればかりに気を取られて忘れてしまっていたけれど、紙面で見ていた彼は、本当に優しくて真っ直ぐな、格好良い人だった。
あまり漫画をじっくり読んだことはなかったけれど、前の世界で友達の家でさらさら漫画を読み流しながら、格好良い主人公だなあ、と思ったことを思い出した。
わたしが買った着物や羽織の入った紙袋を肩に掛けるみたいにして、軽々片手で持っている坂田さんを見上げる。
いろいろあってここにいるけれど、こんなに素敵な人と、出会えてよかった。
そう思うと、わたしは無意識に微笑む。
じっと、わたしを見下ろしていた紅色の彼の瞳が、一瞬、ゆらりと揺れたのを見た。


『ありがとうございます、坂田さん』

「…ハイハイ、いいからさっさと見て来い。お前もちったァ色気でも身につけて簪の一つや二つ頭に差しとけよ。ババアになっても売れ残っちまうぞ」

『ふふ…はい、見てきますね』


今のは優しくしたことへの照れ隠しだろうか。
彼は年上だけど、なんだか可愛く思えて少し笑った。
怒られてはいけないので口元を手で隠して、目の合った坂田さんに背を向ける。
たくさんの簪や櫛の並ぶ店内は、若い女の人がきゃあきゃあと楽しそうな声を上げていて、微笑ましい気分になった。


「なまえさん、今日はありがとう。すっごく楽しかったわ」


しばらく志村さんと一緒にいろんなお店を見て回ってから、途中で志村くんと神楽ちゃんが見つかった。
それから、今日は志村さんの家に泊まりに行くのだという神楽ちゃんと少しお話して、わたしたちは別れることになった。
志村家に帰るという志村姉弟と神楽ちゃんの三人が、わたしの正面で笑顔で手を振ってくれる。


『わたしこそ、ありがとうございました。志村さんのおかげで、可愛い着物が買えました』

「やだ、志村さんだなんて!私達もうお友達でしょう?だから、私のことは妙って呼んでちょうだい!」

『え…あ、はい。…じゃあ、妙…ちゃん』

「ふふっ、なまえさんたら、可愛いわ!食べちゃいたいくらいに」

「おい、お前が言うとシャレになんねェからやめとけ」


わたしの隣で、わたしの買い物袋を持ったままの坂田さんがそう言った。
即座に妙ちゃんに足を踏み潰されて、悲鳴をあげている。
さっき、持たせたままの買い物袋を返してもらおうと声をかけたのだけど、上手いこと言いくるめられて結局まだ持ってもらっているままだ。


「なまえ、今度は私とも買い物しようアル!」

『うん、今度一緒に行こうね』

「ウン!約束アルヨ!」

「なまえさん、僕のことも新八でいいですよ。志村くんって呼んでましたよね」

『うん…じゃあ、新八くんって呼ぶね』


確実に距離が縮まっていく、この空気が心地よい。
同時に、少しだけ怖くなる。
わたしはどこへ向かって進んでいるんだろう、と。
だけど、確かに恐怖心はほんの少し心に滲んでいるけれど、この人たちと仲良くなりたい、そう思う。


「じゃあ、なまえさん、また会いましょうね」

『はい、また』

「銀さん、ちゃんとなまえさんのこと送ってあげてくださいよ」

「お前に言われなくてもわーってるっつーの」

「なまえ、男はみんな狼アルヨ。銀ちゃんが狼になったら、股間蹴り上げて怯んだ隙に走って逃げるヨロシ」

『うん、ありがとう神楽ちゃん。たぶん坂田さんは大丈夫だと思うけど』

「じゃあなまえさん、また」

『…うん。またね』


わたしと坂田さんに背を向けて、笑顔で手を振って歩き出す三人の背中を見つめる。
手を振りながら、わたしも小さく笑った。
またね、と、約束できるのが嬉しい。
妙ちゃんと新八くん、神楽ちゃんの姿が見えなくなるまで見送ってから、隣に立っている坂田さんを見上げた。


『あの、荷物、わたしが持ちます』

「だからいいって言ってんだろ、さっきから。こういうときは黙って男に持たしときゃいいんだよ、分かってねェなお前」

『でも、わたしの荷物なので…』

「あのな、隣でチビに重いもん持たれて腕ぷるぷるされてちゃ、俺が落ち着かねェの。人の厚意には甘えとけよ、ホント可愛くねェ女だな」

『………じゃあ、ありがとうございます…』


へーへー、とそっけない声で返事してから、藤屋の方に歩き出した坂田さんの後を追いかける。
可愛くない女って、少しばかり言い過ぎではないだろうか。
自分の荷物を人に持たせるなんて、そりゃ遠慮してしまうのは当然だ。
とか、心の中で拗ねながら坂田さんの少し後ろを歩いていたら、ちらりと彼が振り返る。
目の合った坂田さんは、何も言わずに顔を正面に戻した。
きっと彼は無表情なつもりだったんだろうけど、彼の口元が微かににやついていたのを、わたしは見つけたのだ。
わたしが拗ねてるのに気付いて笑ってたんだろうか。
だとしたら馬鹿にされたのか、とさらに拗ねながら、わたしも黙って、坂田さんの後を歩いた。

ひゅ、と、冷たい風が吹く。
さらりと頬を撫でた冬の空気に、わたしの髪の毛がなびく。


『寒くなりましたね』

「おー、そうだな。こないだまで秋だったのになァ」

『今年の冬は寒いそうですよ』

「マジか。あ、そろそろこたつ出さねェと」

『うちは、昨日おばさんが出したところです』

「いいねェ。こたつにみかん、晩飯はすき焼きだったら最高」

『ふふ…楽しそうですね』


坂田さんや土方さん、神楽ちゃんや新八くんに初めて会ったのは、秋だったなぁと思い出した。
もう季節は巡ってくるのだから、時間が経つのは早い。
年を追うごとにそう感じるのだから、わたしももう大人になったということなのだろうか。
きっと今年も、去年のように江戸にはたくさん雪が降るんだろう。
そう想像してから、ふと、買い忘れたものがあることに気付いた。


『あ…』

「あ?」

『あ、いえ…マフラー、買い忘れたな、って』

「マフラー?…ああ、買うっつってたなそういや。買ってねェの」

『はい、忘れてました』

「おいおい、買いに戻るのはゴメンだぞ俺ァ」

『また今度、休みの日に買いに行きます』


うっかりしていた。
もう大分寒くて、坂田さんや神楽ちゃんたち、道を歩く人の大半はマフラーを巻いていたというのに、なんで思い出せなかったんだろう。
ひんやりした風が首元を撫でていく。
髪を下ろしていても首元が寒いんじゃ、仕事中は髪をまとめてるから、もっと寒いんだろう。
でもまあ、そんなに焦ることでもないだろう。
また次の休みに買いに行けばいい、そう思って前を歩く坂田さんの足元を見ていると、何故か彼は足を止めた。
ぴたりと立ち止まった坂田さんにつられて、わたしもすぐ隣に立ち止まる。
どうしたのだろうと、地面に持っていた紙袋を置いた坂田さんを見上げると、振り返った彼と目が合った。


「俺のお古で良けりゃ、コレやるよ」

『え?』


自分の首に巻いていた白いマフラーを解いた坂田さんは、それをそのまま、ふわりとわたしの首に掛ける。
驚いて動けずにいると、彼の手が首の後ろに回って、マフラーを巻いてくれているのだと分かった。
ふわりと香る、坂田さんの匂い。
これはきっと、香水とかじゃなくて、洗剤とかそういう、坂田さんの家の匂いだと思う。
それと、体臭だろうか。
ひどく安心する匂いがした。
彼はわたしの首の後ろでマフラーを結んでいるのか、まるで抱き締められているみたいな距離と態勢だ。
その状況に、どきどきと胸が鼓動を刻む速度を速める。
何も言えなくて、黙っていつもよりも格段に近い距離の坂田さんを見上げていると、視線に気づいたのか、わたしを見下ろした彼と目が合った。
どき、と、心臓が大きく跳ねる。
坂田さんの紅色の瞳が、すぐ近くにあって。
マフラーを結び終えたのか、わたしから離れて地面に置いた紙袋を持ち上げる坂田さんを見ながら、未だにどきどきと跳ね続けている胸を押さえた。
身体が離れたとき、少しだけ、さみしいと感じてしまったのは、どうしてなんだろう。


「俺が巻いてたからあったけェだろ」

『…はい、あったかいです、すごく』

「あ、臭くても文句言うなよ。ちなみに加齢臭とかじゃねェから、断じて」

『いえ、いい匂いです。…でも、いいんですか?貰っちゃって…』

「おー、家に同じのもう一つあるし。去年失くしたと思って買ったら、普通に押入れから出てきたんだよソレ」

『そうなんですか…』

「でもソレ古い方だから年季入ってんぞ。新しいのがよけりゃ今度交換してやるけど」

『いえ、じゃあこれ頂いていいですか?ちょうど、白いのが欲しかったんです』


坂田さんは年季が入ってる、というけど、首に巻かれた彼のマフラーは、全然古いと思えないくらい柔らかくて真っ白だ。
普通白いものって、日が経つと黄ばんだりするのに。
ちゃんとお手入れしてたのかな、とか、意外と物持ちが良いのかな、とか思いながら、わたしの首を覆うマフラーを触った。
肌触りがいいし、いい匂いがする。
人の匂いをいい匂いだなんて、少し変態っぽいだろうか。


「どーぞ、俺とお揃いになっちまうけどな」

『ふふ…ありがとうございます。大事に使いますね』

「別に大事にしなくていいだろ。おっさんに何年も使われてんだぞ、今更大事にされてもマフラーも戸惑っちまうわ」

『じゃあ、できるだけハードに使います』

「お前馬鹿かよ。普通に使え普通に」


歩き出した坂田さんと並んで、わたしも歩き出す。
マフラーを買う手間が省けて、素直に嬉しかった。
坂田さんの色んな思い出が詰まっているだろうマフラーを貰うのは、少し考えものだったけれど、彼がくれると言うのだから貰っておこう。
さっきよりも格段に暖かくなった首回り。
冷え性なせいであまり好きじゃなかった冬が、少しだけ好きになった。

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