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今日は休みで、1日ゆっくりできるなと思っていたのだけど、「なまえちゃん、持ってる着物少ないでしょ?もう冬なんだから、羽織とかマフラーとか新しい着物とか買ってらっしゃい!ほら、可愛いの買うのよピンクとか!ほっとくと地味なのばっかり買うんだから!」と今月分のお給料を押し付けてきたおばさんに、藤屋を追い出されたのだ。 というわけで、仕方なくわたしは呉服屋や小物屋が並ぶ街へと出てきている。 可愛い着物を買え、と言われても、と困惑しながら。 わたしはピンクとか赤とかオレンジとか、そういう淡くて女の子らしい、派手な服はあまり好きじゃない。 好みでもなければ似合いもしないから、前の世界でも黒とか白とかグレーとかの服ばっかり着ていた。 なので、この世界に来てからも、そういう華やかでない落ち着いた着物を好き好んで着ている。 まあでも着物だから、黒だと喪服みたいになるので、グレーや白、水色や紺色などの寒色系が多いけれど。 でもおばさんは、それが気にくわないというか、年頃の女の子なんだからもっとピンクとか花柄とかの可愛い着物を着て欲しいらしい。 年頃と言ってもわたしはもう成人もしているし、女の子、と呼ばれる人たちには当てはまらないと思うのだけど。 そんなふうに、自分の好みや趣味とおばさんの要求の間で葛藤しながら、華やかな着物や綺麗な小物が並ぶ店先を見つめている。 「オイ、何してんの?」 どうしようかなあ、と、店先に並ぶ着物を眺めていたら、いきなり、すぐ後ろからそう、低い声がした。 おそらくわたしに向けられたその声。 聞き覚えのある声だな、と振り返ると、わたしの背後には、相変わらず死んだ魚のような目をして、首に白いマフラーを巻いている坂田さんが立っていた。 『こんにちは、坂田さん。買い物してます』 「ふーん。店休みか」 『はい、わたしはお休みです』 後頭部をぽりぽり掻いている坂田さんに軽く頭を下げると、彼の隣に若い女の人が居るのに気付いた。 その人は、わたしよりも背が高くて、纏め上げた髪の毛と華やかな着物がよく似合う、綺麗な人だ。 そしてお約束の如く、漫画の登場人物である一人だった。 確か、志村くんのお姉さんで、妙さん、といっただろうか。 彼女は、坂田さんの隣に立って、ニコニコしながらわたしを見ている。 目が合ってしまって、少し動揺した。 いけない、自然に振る舞わないと。 『綺麗な人を連れてますね。彼女さんですか?』 「あー?違ェよアホか?誰がこんなゴリラ女と付き合っブホォ!!」 『えっ』 わたしの繰り出した質問に、顔を顰めて否定した坂田さんが、ズシャアァ、と音を立てて地面に倒れた。 何があったんだと驚きながら、とりあえず砂だらけになって倒れている坂田さんの元へ駆け寄った。 しゃがみ込んで見てみると、彼の頬は真っ赤になっていて、口から血が出ている。 「まあ、嫌だわぁ。こんな天パでちゃらんぽらんの彼女だなんて。ふふふ、冗談はやめてくださいな」 『あ、ごめんなさい』 口元に手を当てておしとやかに笑う志村妙さんを見上げて、わたしは理解した。 彼女が坂田さんを殴ったのだと。 それもものすごい力で。 文句を言いながら起き上がる坂田さんの身体を支えながら、そういえば彼女は怪力だったっけ、と漫画を読んだときのことを思い出した。 坂田さんは起き上がると、殴られた頬を撫でながら志村妙さんに暴言を吐いている。 そんなこと言ったらまた殴られるんじゃ、と不安にさせるような下品な事ばかりを。 わたしはすこし坂田さんを不憫に思いながら、着物の懐からハンカチを取り出して、それを使って坂田さんの着物に着いている大量の砂を叩き落とした。 「オイ、ハンカチ汚れんぞ」 『構いませんよ。洗えば済みますから』 「それで銀さん?その方は誰なんですか?」 「あー、藤屋の姉ちゃん」 驚くほど簡単にわたしの紹介を済ませた坂田さんの着物の砂を落とし終えたので、ハンカチを握ったまま志村妙さんに軽く頭を下げた。 藤屋の姉ちゃん、じゃあ、全く紹介になっていない。 『はじめまして、みょうじなまえと申します。藤屋という定食屋で働いてます』 「あら、そうなんですね。私は志村妙です。もしかして、万事屋でお料理を作ってくださったっていうのは、貴方のことかしら?」 『あ、はい。そうです』 「まあ、なら私の弟を知っているでしょう?志村新八っていうメガネなんですけど」 『はい、志村くんなら…お姉さんでしたか、いつもお世話になってます』 「いえいえ、むしろこっちがいつも弟がお世話になって!この間、なまえさんが万事屋にお料理を作りに来てくれて、すっごく美味しかったって、新ちゃんが話してくれたんです。それから、私あなたにずっと会いたいと思っていたんですよ」 やはり、彼女は志村くんのお姉さんで間違いなかった。 この人は扱い方に注意しないと、坂田さんのように殴られてしまったりするかもしれないので、注意が必要だ。 そう思っていたけれど、嬉しそうに笑ってくれた志村さんを見て、わたしまで嬉しくなる。 この世界に来て、あまり年の近い女の人と話すことがなかったから、親近感が湧いて単純に嬉しかった。 わたしの方が3つほど年上だけど、それでも今のところ、知り合いの中では一番年が近い。 「オーイ、仲良くなんのは結構だけどよ。お前買い物途中じゃなかったのか」 『あ、そうですね。お二人のお邪魔しちゃ悪いので、わたしはここで…』 「邪魔だなんて、そんな訳ないわ!むしろ新ちゃんと神楽ちゃんがはぐれちゃったから、この天パと二人でいるの嫌だったんです。なまえさん、よかったら買い物に付き合わせてくれないかしら!」 『え…?でも、わたしの買い物に付き合わせるのは、悪いです』 「気にしないで、何を買うんですか?」 わくわくした顔で詰め寄ってくる志村さんに、少し困る。 別に一緒に買い物したくないわけじゃないけど、なんていうか、あまり接することのない若い女性の華やかさに戸惑った。 それに、坂田さんと志村さんは、志村くんと神楽ちゃんと一緒に来ていたそうだし、はぐれたという子供二人を探さなくていいのだろうか。 そんなことを心配しながら坂田さんを見上げると、彼は暇そうにあくびを零していた。 わたしの心配は杞憂だったらしい。 『着物とか、羽織とか…マフラーとかを、買いにきたんですけど…』 「もうすぐ冬になりますものね」 『はい、それで…』 「何かいいものはありました?なまえさん色が白いから、ピンクとか紺色とか…紫とかも似合いそう!」 『そうですか?おばさんにも、そういう華やかなのを買っておいでって言われたんですけど…』 「地味なのが好きなんじゃねぇの?いっつもグレーとか紺とか柄の少ねぇの着てるだろ」 『あ、はい。なので、迷ってて』 会話に入ってきた坂田さんが、わたしの好みを言い当てたので少し驚いた。 でも、着物の好みなんて見ていればわかるし、何もおかしいことはない。 わたしたちがいるすぐ近くの呉服屋に目をやって返事をすれば、志村さんがその呉服屋へと向かって行った。 それに着いて行きながら、そういえばマフラーとかも買わなきゃいけないんだと思い出す。 「こんなのはどうですか?なまえさんにとってもよく似合うわ!」 と、言いながら志村さんが手に取った着物は、淡い桃色に桜柄が刺繍された、可愛らしいものだった。 わたしの好みとかけ離れていて、一瞬呆気にとられる。 『可愛いとは思うんですけど、わたしにはちょっと、若すぎませんか?』 「え?そうかしら…?ぴったりだと思うんだけど…」 「そーいや、お前いくつなの」 『21です。もうすぐ22歳になります』 「えっ?」 『えっ』 「21ィ?……もーちょい下だと思ってたわ。成人してたのか」 志村さんか驚いた顔をするので、逆に驚く。 続けて意外そうに坂田さんがそう言ったから、わたしはそんなに童顔だったっけ、と自分の顔を思い出した。 まあ、志村さんなんか18歳の割に、大人っぽい顔をしているし、彼女よりも背の低いわたしは幼く見えたのかもしれない。 「ごめんなさい、同い年か一つ二つ上だと思ってたわ」 『構いませんよ』 「オイ、これなんかどうよ。ケツんとこがスケスケなのがいいよね、これ着てりゃ男がホイホイ釣れるぞ」 「殺しますよ銀さん」 笑って志村さんに言えば、いつの間にか少し離れた場所に移動していた坂田さんが、スケスケの下着を手に取ってこっちを見ていた。 それはピンクで、おしりの部分がスケスケになっている、なんか無駄にいやらしい下着だ。 彼のその行動に素直に引く。 志村さんにニッコリと脅された坂田さんは、その下着を売り場に戻して、誤魔化してるつもりなのか口笛を吹いている。 「ならなまえさん、これなんかどう?蝶の刺繍が素敵じゃない?」 『可愛いですね』 次に志村さんが勧めてくれた着物は、襟ぐりから腰までが淡い紫色で、足元と袖が濃い紫色のグラデーションが綺麗な、蝶の刺繍が入ったものだった。 わりと好みだな、と思いながら、手渡されたその着物を見下ろす。 紫はそんなに好きな色ではないけど、素敵な着物だと思う。 『これにします』 「すごく似合うと思うわ!何着くらい買うんですか?」 『ありがとうございます。あと、二着くらい買おうと思ってます』 とりあえず、志村さんの選んでくれた紫のグラデーションの着物を購入すると決めて、他の着物を見て回った。 でもその店では他に目ぼしいものは見つからなかったので、その着物だけ買って別の呉服屋へ向かう。 坂田さんはわたしたちに着いてきながら、やっぱりふざけた着物や下着ばかり勧めてきた。
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