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「やってるか」

『はい、いらっしゃいませ…あ、』

「おう、しばらくだな」


やってるか、と、暖簾をくぐって入店されたのは、暫く振りに見る土方さんだった。
今日はお仕事がお休みなのか、いつもの制服ではなく、ラフな着流し姿だ。
いつも座るカウンター席に腰掛けた土方さんを確認してから、さっき帰って行ったお客さんの使ったお皿をまとめて下げた。


「いつもの頼む」

『はい、すぐにお作りします』

「今日は女将いねェのか?」

『あ、いえ、今少し出てるんです。すぐに戻ってくると思います』

「そうか」


タバコに火を付けた土方さんをカウンター越しに見ながら、丼にご飯をよそう。
その上に、常識からしたらあり得ないほどのマヨネーズを、無遠慮にかけていく。
正直、漫画で見るのと実際に見るのでは、話が違う訳で。
初めてこの目で”土方スペシャル”を見たときは、眉を潜めてガン見してしまったものだ。
きれいにとぐろを巻かせたマヨネーズが、てらてら光っている。
丼を持ち上げてカウンターに乗せると、土方さんの手が丼を掴んだ。


「お前がやるとマヨの形が綺麗だな」

『そうですか?』

「手先器用か」

『そう…ですね、少し器用な方かもしれません』

「謙遜しすぎだろ、そこは普通にハイでいいんだよ」

『…ハイ』

「よし」


目を伏せて土方スペシャルことマヨネーズご飯を食べている土方さんをチラリと見てから、店を見渡した。
もう夕方になるから、お客さんの足が途切れてしまった。
それに月曜日は、普段からそんなにお客さんは多くない。
やることがなくなって、手持ち無沙汰に布巾を畳んだりしていると、ふと、土方さんがわたしを見ているのに気付いて顔を上げる。


『…………?』

「…なんかあったか、お前」

『…なんか…?…土方さんに報告するような事件は、今のところありません』

「いや、そうじゃねェよ」


ふと、この間万事屋で、志村くんに「変わりましたね」と言われたことを思い出した。
今目の前で唇をマヨネーズの油分でテカテカさせている彼も、同じようなわたしの変化に気が付いたんだろうか。


「あんま上手くは言えねェが…なんか、前と違う感じがする」

『前と違う…』

「俺と話すとき、緊張しなくなったな」

『……………』


なにそれ、自意識過剰ですね、とか言って、笑い飛ばすことはできなかった。
そもそもそんな間柄でもないけれど。
確かに、前はすごく、目で見てわかるほどに、わたしは緊張していただろう。
”彼ら”と関わることに。
けれど今は、ばれてはいけない事を守り通すことだけを気負うだけで、彼らを目の前にしても特に”登場人物”だから、とか、意識しなくなった。
この世界の人々は、いや、”彼ら”は、揃って目ざとくて、真っ直ぐだ。
だけど、それに打ちひしがれるのはもう、やめにした。


「この前までは、俺や近藤さんとか…総悟なんかと話すとき、目に見えて緊張してたろ」

『…そうですね、真選組の方だと思うと、つい』

「あァ、いい噂ねェからなァ俺達」

『でも、怖くないって分かったので』

「そうか。俺もお前が常に無表情って訳じゃねェことが分かったよ」

『……そりゃ、そうです。表情筋があるので』

「今、”やることなくて暇だなぁ”って書いてあったぞ、お前の顔に」


そういう意味じゃなくて、ただの揶揄だと分かっているけれど、つい右手で頬を触った。
土方さんは、口角を少し持ち上げて、目を伏せたまま鼻で笑う。
こんな笑い方をするんだな、と新たな発見を脳に刻みながら、馬鹿にされたような気がしないでもないな、と思った。


『局長さんや総悟様はお元気ですか?』

「ブハッ」

『えっ』


ふと思いついて尋ねると、土方さんが食べていた土方スペシャルを吹き出した。
米粒が舞う。
慌ててティッシュと布巾を差し出しながら、何かまずいこと言ったかな、と自分の発言を頭の中で繰り返してみたけれど、思い当たる節はなかった。
米粒をティッシュで拭いて、ついでに自分の口元も拭った彼が顔を上げたので、目が合う。


「何だ総悟様って。お前いつの間に奴に調教されたんだ」

『いえ、この間出前を配達したときに、総悟様と呼べって言われたので』

「ンなモン素直に従わなくていいんだよ。あんまり従順でいると目ェ付けられるぞ……いや、あんまり反抗的でも目ェ付けられるな…無視…も逆に目ェ付けられるな…アレ、どうしよう」


なんか土方さんが一人で困っている。
一見クールで、強面で、真面目そうなのに、変な人。
腕を組んで、わたしが沖田さんに目をつけられない策を考えてくれていた土方さんは、そのうち、飽きたのか、それとも思い浮かばなかったのか、諦めたようにため息を吐いてタバコを咥えた。
食べ終えたらしい丼をカウンターの上に置くので、それを回収してためてある水に浸す。
ふわりと香ってくるタバコの煙の匂い。


「まァ、不用意に関わらねェこったな」

『はい、気をつけます』

「おう」


立ち上がった土方さんが「勘定」と言うので、厨房から出る。
土方さんからお金を受け取って、計算しつつおつりを渡すと、彼は懐に財布をしまってから、着流しの袖から腕を抜いて、手をお腹にしまった。
彼の帯の上、おへその辺りの着流しが、腕が動くたびに揺れる。
こういう着方、カッコイイかも、なんて思いながら、店を出ようとする土方さんを見送る。


「また来る」

『はい、お待ちしてます。お勤め頑張ってください』

「…おう、お前もな」

『はい。ありがとうございました』


背を向けて去っていく彼を見送ってから、お店の中に戻る。
そういえば、お勤め頑張ってください、とわたしが言った時、一瞬、土方さんが動きを止めたように見えた。
前までは言うはずのなかったセリフを口にしたから、驚いたのかもしれない。
彼の座っていたカウンターのテーブルを布巾で拭いて、厨房に戻った。
洗い物をして、お客さんが来るまで、それか業者さんと裏口で話しているおばさんが帰ってくるまで、座っていよう。

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