ピンポン、と呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてから扉の向こうに人影が見えた。
身長やシルエット的に、志村くんだろうか。


「新聞はいりませ…ー」


ガラガラ、と開いた扉の向こうにいたのは、やっぱり志村くんだった。
わたしを認識して、少しだけ驚いた顔をした。


『こんにちは』

「あ、こんにちは!すいません、新聞の人かと思って!最近しつこく来てたもんですから」

『ううん、気にしないで』

「はい…今日はどうされたんです?あ、立ち話も何ですし、上がってください」

『うん、ごめんね。お邪魔します』


志村くんに玄関に通されて、下駄を脱いで万事屋に上がった。
突き当たりの居間に、志村くんの後を付いて向かう。
いきなり来てしまって迷惑だっただろうか。
さっき買い物してきた、チンジャオロースなどの材料の入ったビニール袋を持つ手が、少しだけ重くなったように感じた。


「銀さん、お客さんですよ!起きてください!!」

「………フゴー」

「銀さん!!」

『志村くん、起こさなくていいよ。別に坂田さんに用があるわけじゃないから』

「あ、そうなんですか?すいません、この人昼寝のクセに無駄に睡眠深くて…」

『ううん。神楽ちゃんは、お出かけしてるの?』

「あ、神楽ちゃんに用事でしたか。今定春の散歩行ってるんです。その内帰って来るんで、座って待っててください」


志村くんはそう言ってから、お茶を淹れると言って台所へ向かった。
居間に残されたわたしは、とりあえず、ソファに寝そべり、ジャンプを顔に乗せて昼寝している坂田さんを見る。
昼寝と言っても、もう夕方の5時なんだけど。
志村くんが座って待ってて、と言ってくれたので、お言葉に甘えて、坂田さんが寝てるのとは逆のソファの、端っこに腰を掛けた。


「なまえさん、買い物帰りですか?」

『あ、うん。そうだよ』

「お茶どうぞ」

『ありがとう』


湯呑みを差し出される。
出された湯呑みは、この間、坂田さんがわたしに出してくれた湯呑みと同じだった。
少し口角が上がる。
隣に座った志村くんがじっと見てくるので、不思議に思って視線を返した。


『?』

「あ、すいません……なんか、なまえさん、変わりましたね」

『……変わった?』

「はい。なんだろう、なんか、明るくなったというか…表情が自然になったっていうか…なんだか、吹っ切れたように見えます」

『…わたし、前は暗くて不自然な顔してた?』

「あっ!?いやっ!そういうことじゃなくて、あの、なんていうかその!」

『ふふ、ウソ、冗談だよ』


あえてからかってみたら、志村くんは面白いくらいわかりやすく動揺した。
おかしくて笑うと、志村くんも、安心したように笑う。
確かに、坂田さんに過去を告白してから、なんだか心が軽い、感じがする。
前よりも、この世界の人と関わりたくなったし、前よりも、何も考えずに、いろんな人と接することができるようになった。
ただ、やっぱり違う世界から来たことや、この世界を一方的に知っているということは、隠し通さなきゃいけない、ということは、常に思っているけれど。
温かいお茶を一口飲んで、息を吐く。

わたし、前よりもずっと、この世界が、この世界の人々が、好きだ。


『ありがとう』

「え?な、何がですか?」

『…ううん。なんでもない』

「……?」

『今日って、晩御飯はもう決まってる?』

「あ、いえ、全然。食費がヤバイんで、また卵かけご飯かなーって感じで」

『そっか。じゃあ、わたしが作ってもいい?』


そう言えば、志村くんはきょとんと、目を丸くした。
それからわたしの足元のビニール袋に目をやって、またわたしを見る。


『神楽ちゃんに、ご飯作ってあげる約束してるの。それに坂田さんにお礼もしたいから、作ってもいい?』

「銀さんにお礼って…?」

『…この間、助けてもらったの。こんなんじゃお礼にならないかもしれないけど…迷惑じゃなかったら』

「そんな!迷惑な訳ないじゃないですか!むしろお願いします!!」


勢いよく飛び上がって頭を下げてきた志村くんに、少し笑う。
彼の許可を得られたので、立ち上がって台所へ向かった。
ビニール袋の材料を出す。
今日は中華だ。
神楽ちゃんが食べたいと言ったチンジャオロース中心にメニューを組んだから。
それから、朝、開店前のお店で作ってきた、タッパーに入れたどら焼きを風呂敷から取り出す。
これは、坂田さんへのお礼。
どら焼きなんて作ったことなかったけど、お店の小豆をおばさんがくれたから、レシピを調べて作ってみたのだ。
お饅頭はこの間渡したから、どら焼き。
一応、神楽ちゃんや志村くんの分も含めて多めに作っておいたから、神楽ちゃんが坂田さんより先に見つけても、きっと彼の分は残っているだろう。
いや、そう信じたい。
それにタッパーの蓋に、”坂田さんへ”と書いた紙を貼り付けてあるから、きっと神楽ちゃんや志村くんも、これは坂田さんへの物だと分かるはず。
それでも食べられたらそれまでだけど。
そのどら焼き入りのタッパーをとりあえずシンクの上の棚に置いて、わたしは調理を始めた。


「なまえー、今日の晩飯何アルか?」

「コラ神楽ちゃん、なまえさん、でしょ?年上なんだから」

「うっせーヨ眼鏡」

『なまえでいいよ。あと、ご飯はチンジャオロースとか、いろいろ』

「ヒャッホゥゥゥ!どうせ今日も卵かけご飯だと思ってたから嬉しさ108倍アル!」

「108!?100じゃダメだったの!?なんか消費税上がってからの百均の値札みたいな数字だよ!?」

「だからうっせーアルヨいちいち。だからモテないアル、あ、違うかモテないのは冴えない顔したメガネだからか」


定春くんの散歩から帰ってきた神楽ちゃんは、台所をうろうろしながら志村くんに毒を吐いている。
よほどチンジャオロースが楽しみなのか、それとも台所でマトモな料理を作っているのが珍しいのか、チラチラと手元を覗き込んでくるのが、また可愛らしい。


『神楽ちゃんも一緒に作る?』

「イヤヨ、私作るのキライアル。なまえが作った安心安全美味ーいご飯が食べたいネ」

『そっか、わかった。もうすぐできるからね』

「ヒャッホゥゥゥ!!チンジャオロースがすぐ目の前に!!」

「神楽ちゃん危ないよそこで暴れたら!!なまえさんが火傷しちゃったらどうするの!」

「私がそんなヘマするわけないアル。メガネじゃあるまいし」

「さっきからさァ!!メガネ馬鹿にしすぎなんだよォ!!謝れ!全国のメガネに謝れ!!」

「オイうっせーよぱっつぁん!!こっちは昼寝してんだ静かにしやがれ!!」


志村くんが神楽ちゃんにキレた瞬間、坂田さんも起きてキレた。
居間から、怒鳴り声だけが聞こえてくる。
わたしは卵スープをかき混ぜる手を止めて、居間に向かった。


「ったくよォ、自分ちで安心して昼寝もできねェのかよ」

『あの、お邪魔してます』

「あ?あー。あ!?ってェエエエ!?」


なんだか、お邪魔する度に驚かれているような気がする。
着けているエプロンで手を拭いながら会釈したわたしに、坂田さんは驚いて飛び上がった。


『すみません、勝手にお邪魔してしまって』

「ホントだよお前コレ住居不法侵入だよわかってる?」

「なまえさんが来た時銀さん起こしましたけど、アンタが起きなかったんですよ。折角家計火の車のここにご飯作りに来てくれたのに…」

「えっマジでか。ありがとうございます女神様、今日の晩飯何ですか」

『中華です』

「マジかよ生きててよかったァァァ!!これで晩飯卵かけご飯連続記録破れるぜ…」


卵かけご飯連続記録って、どんだけ卵かけご飯ばっかり食べてるんだろう、この人たち。
なんだかかわいそうになってきたけど、これが彼らのスタイルなのだ。
少し笑ってから、台所へ戻った。
卵スープが完成すれば、夕食は出来上がる。


『もうそろそろできるよ』

「イエスマム!皿と箸並べるアル!」

『うん、ありがとう』

「なまえさん、スープのお皿これでいいですか?」

『うん、ありがとう』


神楽ちゃんが小皿やお箸なんかを居間に運んで、志村くんはスープを盛るお皿を出してくれる。
なんか、仲のいい家族の中にお邪魔してるって、今更自覚した。
血が繋がらなくても家族になれるんだ。
それって、すごいことだよね。
完成した卵スープをおたまですくって、お皿に注ぐ。
ふんわりと、いい匂いがした。


「オイ、お前箸、来客用と割り箸どっちがいい?」

『え?』

「あ?お前も食ってくだろ?」

『………いいんですか?』


いきなり背後に現れた坂田さんが、来客用らしい赤いお箸と、袋に入った、コンビニなんかで貰えるお箸を持ってわたしを見下ろしていた。
彼の提案に、少し驚く。
わたしは作ってから帰るつもりだったから。


「いいもなにも、お前が作ったんだから食って行きゃいいだろ」

『……じゃあ、お言葉に甘えて』

「遠慮せずに沢山食えよ?お前チビなんだから。その年で神楽と変わらねェ身長なんだから」

「銀さん、なまえさんが作ってくれたんですよ。何さも自分が作ったみたいな言い方してんスか」


少し身長について馬鹿にされたような気がするけれど、誘われて単純に嬉しかった。
それに、志村くんが出してくれたスープ用のお皿、当たり前みたいに四つある。
こんなわたしを、坂田さんは何も聞かなかったみたいに、優しくしてくれるんだなぁ、なんて思った。

作った料理を盛ったお皿を志村くんと手分けして居間に運ぶと、坂田さんと神楽ちゃんは既にお箸を構えてソファに座っていた。
その様子が、そっくりな親子みたいで微笑ましい。
お皿をテーブルに置くと、作りたてのチンジャオロースに、神楽ちゃんが真っ先に手を伸ばす。


「うんめーアル!やっぱなまえの料理は最高アルな!」

「ホントな、誰かの姉貴のゴリラ女とは天と地ほどの差があるぜ」

「ちょっと、何うちの姉馬鹿にしてくれてんですか。確かになまえさんの料理すごい美味しいですけど」

「誰もお前の姉ちゃんとは言ってねェだろ。なァ神楽」

「そうもっちゃアル、もっちゃ、姉御はもっちゃ、なまえをもっちゃ、見習った方がもっちゃ、いいもっちゃアル」

「てめーもっちゃもっちゃうるさくて何言ってるかわかんねーよ。飲み込んでから喋れ汚ねェな」

「なまえさんはいつから料理してるんですか?やっぱ、子供の頃から手伝いとかでしてたからこんなに料理上手なんですか?」


志村くんの問いに、坂田さんや神楽ちゃんの会話を微笑ましく聞きながら炒飯を食べていた手が止まる。
あまり聞かれなくない質問だからだ。
料理したくてしていたわけじゃない。
自分で作らないとご飯を食べられなかったから、身についただけ。
目線を上げると、坂田さんと目が合った。
真っ赤な目が、銀髪の隙間からわたしをじっと見つめている。


『…うん、昔から作ってたから、ある程度は自分で作れるよ』

「和食からイタリアンまでお手の物アルか!?」

『あんまり凝ったのは作れないけど…家庭で食べるようなのは、大体作れるかな』

「すごいですね!うちの姉なんか、卵焼き作って出来るものはダークマターなんですよ!見習ってほしいですね」

『(ダークマターって何だろう)』

「なまえの料理は、なまえのマミーの味アルか?」

『………ううん。わたしの料理は、レシピ本の味だよ』


目を伏せて言ってから、スプーンですくった炒飯を口に入れた。
パラパラに仕上がっている。
わたしは母に料理を教わったことなんてない。
全部、レシピ本を読んで覚えた。
料理の仕方なんて、聞ける人は周りにいなかったから。
こんなこと思い出したくなくて、無心で炒飯を咀嚼する。


「違ェだろ。お前の料理はお前の味だろ」

『………』

「そうですね、きっとこの味は、なまえさんにしか出せない味ですよ」

「じゃあ今度料理教えてヨ!私なまえの味受け継ぐアル!!」

「やめとけ、破壊的に不器用なお前が料理なんかしたら死人が出るぞ」


また、真っ赤な瞳に助けられた。
坂田さんは、わたしを卑屈や後悔から、助け出してくれる。
なんて暖かい人たちなんだろう。
この人たちといると、わたしまで暖かく、なれるような気がしてしまう。
本当は、冷たい、冷たい冬の、川のような、人間なのに。


「ごちそーさまアル!」

「ごちそーさまでした!」

「ごちそーさん」

『ごちそうさまでした』


四人でご飯を食べ終え、四人で手を合わせた。
ゴロゴロし始めた神楽ちゃんと坂田さんを志村くんが叱るのを耳だけで聞きながら、食器を重ねて片付けていく。
台所のシンクまで運んで、水につけた。
それから布巾で居間のテーブルを拭いてから、また台所に戻る。
スポンジを揉んで泡を出していると、志村くんが慌てた声を出した。


「洗い物は僕がやりますよ!なまえさんは座っててください!」

『ううん、いいの。志村くんが座ってて』

「いやいや、ご飯作ってもらって、片付けまでさせるのは流石に悪いです!」

『大丈夫だよ。やらないと逆に落ち着かないし、洗い物も料理の一部だから』

「で、でも…」

『気にしなくて大丈夫だよ。ありがとう、志村くん』


そう言うと、しぶしぶ、といった様子で志村くんは居間に戻っていった。
気遣いのできるいい子だな、と思いながら、洗剤を足したスポンジで汚れたお皿を洗っていく。
洗い物はわりと好きだ。
洗剤はいい匂いがするし、汚れが落ちるのを見ているのは、なんだか落ち着く。
カチャカチャと、かすかな音を立てながらお皿を洗っていると、居間から誰かがやって来たのがわかった。
のんびりした歩き方から見て、坂田さんだろうか。
台所に入ってきたその人は、わたしの隣に立ち止まった。
見上げると、その人は案の定、爪楊枝で歯をシーシーしている坂田さんだった。


『どうしたんですか?』

「いや、食後のデザート食いに来た」


沢山食べてたのに、とか、デザートあったんだなぁ、とか、思いながら、お皿の泡を洗い流しながら坂田さんを見ていると、彼の手は、わたしの上にゆっくり伸びた。
シンクの上に設置されている、棚に。
どきりとする。
坂田さんが掴んだのは、わたしがさっき密かに置いた、どら焼きの入ったタッパーだった。


「突然のどら焼きに俺のテンション急上昇」


一体、いつどら焼きの存在に気が付いたんだろう。
彼はわたしよりも結構背が高いから、視界が高くて目に付いたのかもしれない。
タッパーを見下ろしながら、大して急上昇もしていなさそうな声で言う坂田さんから顔を逸らして、洗い物の続きをする。
なんとなく、気恥ずかしかった。


「なんでこんなとこに隠してんの?俺が気付かなきゃ腐るじゃねェか」

『いえ、一度そこに置いただけで…帰りにでも、渡そうかなぁって』

「ふーん、ここに置いて帰ってそのうち誰かに気付いてもらう気満々、って感じのラブレター蓋にくっ付いてるけど」


坂田さんへ、と書いた紙を貼り付けているのを忘れていた。
なんだか恥ずかしくて、変な嘘を吐いてしまったことを悔やむ。
ぱか、とタッパーの蓋を開けた坂田さんを見上げると、どら焼きを一つ手に取って口を開けているところだった。


『そういえば、甘いもの控えてるんでしたよね?』

「あ?あー、医者には週一にしろとは言われてっけど」

『すいません、よく考えもせずに。坂田さんへのお礼なら甘いものがいいかな、って思って…』

「そりゃいい心構えだ、これからも続けるように」


わたしの心配をよそに、坂田さんは何のためらいもなくどら焼きを大きな口でかじった。
半分ほど口の中に消えたどら焼きは、もぐもぐと咀嚼されている。


「んっま!やっぱコレだわ、糖分が体に染み渡って俺を幸せにしてくれるぜ…」

『だ、大丈夫なんですか?食べちゃって…』

「ん?おー、先週お前んトコでパフェ食べたのが最後だから。すでに一週間は経ってんだろ」


そういえば、彼は確かに一週間に一度くらいの頻度でお店を訪れるようになっていた。
初めて接客をした以前は一度も来たことはなかったけれど。
おばさんがパフェを研究して黄金比を見つけたのよ、と、嬉しそうに言っていた頃、坂田さんが来店し始めたのだ。
やっぱりパフェが前よりも美味しくなったから、藤屋に通ってくれるようになったのだろうか。
なんだか、美味しいパフェを探して歩いてる感じが、可愛いなと思った。
洗い物を終えてエプロンで濡れた手を拭くころには、坂田さんはどら焼きを5個ほど食べてしまっていた。
10個ほど入れて置いたから、半分食べたことになる。
よく、あんな甘いものをぺろりと大量に食べられるなぁ、しかも夕飯の後に、と、驚きと感心を抱きながら多少引いていると、指を舐める坂田さんと目が合った。


「すげェうめェこれ。生地しっとり餡子たっぷりでレジェンドオブどら焼きに認定するわ、俺の独断で」

『ふふ、ありがとうございます。嬉しいです』

「どこの?もしや高いヤツ?」


もう一つ食べよっかな、でも明日の楽しみに置いとこっかな、と悩んでいる坂田さんが、わたしの作ったどら焼きを市販のものと思っていることに、少し驚いた。
エプロンを外して畳みながら、褒められすぎて恥ずかしいけど、市販品だと思ったから褒めてたんだな、まぁ、市販のものだと嘘をつく必要もないし…なんて考える。


『…藤屋の、です』

「どら焼きなんてメニューにあったか?」

『……わたしが作りました』

「ふーん、やっぱりな。タッパーに入ってる時点で手作りっぽいなとは思ったけどよ、どら焼きなんか作れるモンなんだな」


市販品だと思い込んでいたわけではないようで、少し安心する。
坂田さんは残りのどら焼きを明日の楽しみにすることにしたらしく、蓋をきっちり締めて、棚の一番高いところに置いた。


「神楽避け。秘密にしろよお前絶対言うなよ。見つけたらアイツ全部食っちまうんだから」

『あ、はい、わかりました』

「よっしゃ…明日の楽しみも出来たことだし、風呂入って寝よ」

『……あ、坂田さん』

「ん?あ、送って欲しい?まァいいけど一往復につきどら焼き3個な」

『いえ、一人で帰れます。…どら焼き、明日も食べるんですか?』

「当たり前だろ、甘いもんでも無ェと明るい明日を迎えらんねェの俺は」

『でも、それじゃ、週一じゃなくなっちゃいますよ。二日連続で甘いもの…』

「お前細けェな、メガネかお前は?10個で1セットなんだから日を分けたとしても週一ってことになんだよ、わかる?この天才的な理屈」


わたしはメガネではないし、その理屈もよくわからない。
けれど、まぁ坂田さんがいいならいいか、と帰り支度を始める。
わたしには、彼の身体を気遣ってお説教するような権利はない。
彼がいつ何をどれだけ食べようと、わたしには関係のないことだ。
おばさんに貰った、赤色の百合柄の風呂敷に、エプロンや持って帰る荷物を詰めて、持ち手を作るように結ぶ。
神楽ちゃんはお風呂に入っているようで、志村くんがあくびをしながらテレビを見ていた。


『じゃあ、そろそろお暇します』

「えっ、もう帰っちゃうんですか?神楽ちゃんが出てくるまでいればいいのに…」

「年頃の娘いつまでも引き止めんなよメガネ。だからモテねーんだよメガネ。藤屋の女将が心配して乗り込んできたらメンドクセーだろうがメガネ」

「おいメガネを語尾につけるなこの天パ」

「なんだとコラてめー天パの何が悪ィってんだコラ。人類はみな下の毛は天パだろうがコラメガネコラ」

「ちょっとなまえさんの前ですよ。年頃の娘とか言ってたくせに下ネタはやめてください」


この収集のつかない感じ、面白いけれどどうすればいいのかちょっとわからない。
ソファの横に風呂敷下げて突っ立っているわたしは何をしているんだろう一体。


『志村くん、坂田さん、今日はありがとうございました。楽しかったです』

「いやいやいやいや!ありがとうございましたはコッチのセリフですよ!あんなに美味しいご飯久々に食べました、ありがとうございました!」

『ううん。あんなのでよければ、いつでも作るよ』

「うわァ、ホントですか!?」

「お前神楽ともその約束してたよな。何、みんなと約束して回ってんの?やめとけやめとけ、そのうち下心持った野郎にヤラれて泣くのが関の山だぜ」

『別にみんなとしてるわけじゃ…』

「銀さん、素直に心配だから気をつけろって言えないんですか?」

「お前何ほざいてんの?ついに頭沸いた?ホントにメガネが本体になっちゃった?」

「メガネはもういいですから」


志村くんから、坂田さんの遠回しな優しさに気付いて、口元が綻んだ。
バツ悪そうに後頭部を掻くしぐさをしてから、わたしを見た坂田さんに、少しだけ笑いかける。
一瞬固まったように動きを止めた坂田さんは、ため息を吐いてから立ち上がった。


「新八ィ、ちょっくらコンビニ行って来らァ」

「ハイハイ、藤屋のおばさんによろしく伝えてください」

「コンビニだっつってんだろうがメガネ!てめー神楽風呂上がったら髪乾かして寝ろって言っとけよ、そんでお前もさっさと風呂入って寝ろ!永遠に覚めない眠りに付け!」

「オイそれ死ねって言ってんのかァァァ!!」


また始まった終わりの見えないやり取りに困惑していると、だるそうに歩いてきた坂田さんに肩を軽く押された。
わたしの隣を通って玄関へと向かう彼の背中を目で追う。
ブーツを履くためしゃがみこんだ坂田さんは、顔だけで振り返って、わたしを見た。


「行くぞ」

『…はい』

「トロトロしてっと置いてくからな、俺ァジャンプ買いに行くんだ。ジャンプは待ってくんねェんだよ」


急いで玄関へ向かって、下駄に足を通す。
ふと気づく。
今日は金曜日だということに。
ジャンプは月曜日に発売される週刊誌だ。
金曜の今日は、もうコンビニには残っていないと思う。
ガラガラ、と玄関の戸を開け、先に万事屋を出る坂田さんを追い掛けた。

彼の優しさは、いつも、何かを通してしかわたしには見えなくて。
嬉しくて暖かいけれど、少しだけ、さみしくなった。


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