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「なまえちゃん!どうしたのその顔!!」 翌日、坂田さんに連れられて藤屋に帰ると、出てきたおばさんが血相を変えてわたしの頬に触れた。 昨日は、もう夜遅いからと言って、坂田さんの家に泊めてもらった。 おばさんには、昨日の夜「連絡遅くなってごめんなさい、今日は坂田さんの所に泊まります」と電話を入れたから、朝帰りは問題ない。 けれど、それよりも問題なのは、わたしのこの顔だ。 目はパンパンに腫れて、もはや別人のような人相になってるし、昨日坂田さんにビンタされた左頬も、案の定真っ赤に腫れた。 昨日のうちに、坂田さんが手当てしてくれたけれど、頬に貼ってもらった湿布の効果はあるのか無いのかわからない。 ビンタされたときに口の中も切れたみたいで、何かを口に入れたりすると痛い。 顔面を中心的にボロボロになって帰ってきたわたしを、心配そうにおばさんが見つめてくる。 言い訳は考えたけど、思いつかなかった。 「どうしたのよ、こんなボロボロになって!目がパンパンじゃない、泣いたの!?それに頬よ、まさか誰かに殴られたの!?」 『ううん、えっと、昨日、わたし転んで…』 「転んだって、どうやったら頬だけこんなに腫れるの!!それにいきなり銀さんのトコに泊まるだなんて、もしかして、銀さんにやられたの?」 おばさんが、ジトッとした目で坂田さんを見た。 ぎくりとしたけれど、さっきから何も言わない坂田さんをおばさんの目から隠すように背伸びをして、慌てて口を開く。 いや、わたしはおばさんよりも身長が低いから、隠せてはいないんだけど。 『違う、違います!わたし、昨日、迷子になってて、足滑らせて川に落ちたんです。そこに偶然坂田さんが来てくれて、万事屋が近かったからお風呂を借りて、夜遅かったから、泊まらせてもらっただけで、坂田さんは何もしてません!』 「そーだよおばちゃん、俺のこと信用してねェのかよ。俺がおばちゃんの愛娘襲うような男に見える?昨日はこいつの言う通り、成り行きで泊めただけだって」 「…そうね、疑っちゃってごめんね銀さん」 「ま、いーけど。つーか、おばちゃんさァ、こいつちょっと抜けてね?抜けすぎっつーか、何かがすっぽ抜けてねェ?足滑らして川落ちるわ、俺んちで転んでテーブルの角に頬ぶつけるわ、何、ドジっ子?そのうちドジで死ぬぜこいつ」 「あら、普段はそんなことないんだけど…ていうか、テーブルの角で頬ぶつけたの!?大変!傷になってない!?」 『あ、うん、なってないです!』 坂田さんがわたしの咄嗟の嘘に合わせてくれたおかげで、おばさんは納得したようだった。 ホッと胸をなで下ろす。 だって、もし坂田さんが素直に「俺が殴った」とか言ったら、優しいおばさんは激怒するだろうし、坂田さんを嫌いになりかねない。 坂田さんが出禁になるかも。 それは申し訳無さ過ぎるし、昨日のことは全てわたしが悪かったのだから、丸く収まって安心した。 「でもなまえちゃん、気をつけなきゃダメよ。女の子なんだから、顔に傷なんて残ったらどうするの!」 『はい、ごめんなさい』 「それにどれだけ泣いたらそんなに目が腫れるの?転んで泣いたの?それとも銀さんに意地悪されて泣いたの?」 『えっ、いや、これは、転んで…痛くて』 なんか、言い訳を塗り重ねるたびに、わたしがドジっ子で泣き虫でマヌケな女になっていく。 なんだか嫌だけど、仕方ないことだ。 坂田さんを見上げると、馬鹿にしたようにプ、と笑われた。 「ププ、今日すげェブスだぞ。おばちゃん、今日はこいつ店出さねェ方がいいんじゃね?客減るぞ」 「まぁ、人の愛娘にブスとは何!?パフェと宇治金時丼値上げするわよ!?」 「ちょっ、それだけは勘弁して!?俺の心の在りどころだから!ね!」 『、ふふ』 おばさんと坂田さんの言い合いが面白くて、それに、おばさんがわたしのことを「愛娘」と呼んでくれたことが嬉しくて、つい笑った。 確かに今日は普段より格段に不細工だ、わたし。 目なんて重い一重だし、あんまり開かないし。 それに腫れた頬に湿布なんて。 「なまえちゃん、昨日ホントに何もされなかった?ホントに?」 『ホントですよ、何もされませんでした』 「オイオイまだ疑ってんのかよ、大丈夫だよ俺こんなアンパンみてェな目ェした女にムラムラするほど飢えてねェから」 「据え膳食わぬは男の恥よ銀さん?」 「何どっち!?襲って良かったわけ?じゃあ今度頂いちゃっていいの?え、俺張り切っちゃうよ?」 「殺すわよ?」 おばさんがニコニコ笑いながら銀さんにそんなことを言うので、また笑った。 わたし、ここで生きていこう。 明るい空を見ながら、そう思った。 「その顔で接客するのイヤでしょう?今日は調理中心にお願いするわね」 坂田さんが帰ったあと、おばさんはそう言って笑った。 女心的な気遣いにホッとする。 きっと、この顔で接客していたら、常連さん達にいろいろ突っ込まれるだろうから。 厨房に入って、おばさんの代わりに野菜を切っていく。 ふと、棚に並んだ袋入りの小豆に目が止まった。 今度、坂田さんにお礼しに行かなくちゃ。 そう思いながら、切った野菜をボウルに入れていく。 それに、神楽ちゃんとも、ご飯を作ってあげる約束をしたんだった。 さくさくとジャガイモを切りながら、彼女の可愛らしい笑顔を思い出した。 チンジャオロースが食べたい、って言ってたっけ。 じゃあ、牛肉やピーマン、たけのこなんかを買って、万事屋には無いだろう調味料も買って、今度、近いうちにお礼に行こう。 そう決めてから、切ったジャガイモを水につけた。 なんだか、この世界で生きていくのが、楽しくなった。 真紅の、彼の、おかげで。
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