「なまえーー!」


突然大声で名前を呼ばれ、大げさに肩が跳ねた。
後ろから聞こえた明るい声。
振り返ると、定春くんの散歩中だろう神楽ちゃんが駆け寄ってきている。


『か、神楽ちゃん』

「なまえ、何してるアルか!?暇アルか!?」

『え、う、うん…?』


やけにテンションの高い神楽ちゃんにたじたじしてしまう。
週に二日、わたしにはお休みがある。
それは藤屋の定休日の火曜日と、おばさんが与えてくれたわたしの休日。
比較的お店の忙しくない金曜日、わたしはお休みをもらっている。
今日はその金曜日。
遠慮なしに近づいてくる神楽ちゃんの勢いに負けて、後ずさりした。


『クリームコロッケ?』

「うん!作れるアルか!?」

『作れる、けど…どうしたの?』


テンションの高い神楽ちゃんは、テレビで見たのだという行列のできるお店のクリームコロッケ、に憧れてるそうだ。
だけど、そのお店はかなり遠くにあるらしく、簡単には行けない。
それに周りにそんなものを作れる人がいないんだそうだ。
確か坂田さんは器用だったはずだけど、面倒くさいのだろう。


「じゃあ作って欲しいアル!」

『え?……わたしが?』

「そうネ!もう頼れるのはなまえしかいないアルよ〜、ネ!お願い!」


神楽ちゃんが腕を掴んで見つめてくる。
彼女とわたしはほとんど身長は変わらないけれど、顔はまだあどけなく、やはり子供だ。
可愛い。
さっきからばくばくと嫌な意味で跳ね続けていた心臓が、きゅん、とまた別の意味で締め付けられた。


「あ?なんで藤屋の姉ちゃんいんの」

『あ…勝手にお邪魔してすみません』

「いや…え、つーか何やってんの人んちの台所で」

『これは…』

「銀ちゃんなまえの邪魔すんなヨ!」

「いっ…てェェエエ!テメェいきなり飛び蹴りしてくんじゃねェよ!」

「なまえは私にクリームコロッケ作ってくれてるアル!邪魔する奴はぶっ殺すネ!」


結局、可愛いお願いを断れずに買い物をしてから万事屋にお邪魔し、キッチンを借りてクリームコロッケを作っている。
どうせついでだからと、ご飯を炊きお味噌汁を作り、付け合せにポテトサラダを作っていたら、帰宅した坂田さんと神楽ちゃんが喧嘩を始めたのだ。


「クリームコロッケェ?…あァ、なんかお前が食いてェ食いてェ騒いでた奴か」

「安心するアル!銀ちゃんの分はないアルヨ」


一応多めに三人分程作っているのだけど、神楽ちゃんは確か大食らいなので本当に彼の分は無くなるかもしれない。
まあ、そこはわたしの気にするところではないけれど、とクリームコロッケを揚げていく。
定食屋で働いていること、それに前の世界でも料理していたこともあり、家事の中でも料理は得意だ。
衣が上がるいい匂いがしてくると、神楽ちゃんと坂田さんは言い争いをしながら食卓に食器を並べ始めた。
本当に仲がいいんだなあ、と、微笑ましく思う。
彼らに会うたび、あんなに激しく跳ねていた心臓も、以前と比べれば大分マシになった。
わたしが思っていたより、危ない場面は無いのだ。
ただ普通に、一般人として接していれば、これからも。
きっと、大丈夫。


「いただきますネー!」

『はい。気に入らなかったらごめんね』

「…!!」


お皿に持ったクリームコロッケを大胆にお箸で刺し口に運んだ神楽ちゃんは、咀嚼しながら目を見開きわたしを見た。
その目はなんだか、キラキラしているような気がする。
よかった、気に入ってもらえたみたい。
そう、安心しているといきなり神楽ちゃんがすごい勢いで抱きついてきた。
床に頭をぶつける。


『いってててて…』

「なまえ!めっちゃくちゃうまいアル!私あんな美味しいもの食べたの初めてヨ!」

「おい、聞き捨てならねェな。俺の卵かけご飯も十分美味いだろうが」

「あんなのなまえの足元にも及ばネーヨ!なまえなまえなまえ、また作って欲しいアル!毎日作って欲しいアル!」

『ま、毎日は無理…かな』

「…分かったアル。……私がなまえをお嫁に貰えばいいアルな!?」

『……ん?』

「おーちょい待て待て神楽、お前まだ16にもなってねェだろうが」

『……(そこなの?)…』

「あ、そうだったアル。じゃあ、私が大人になったらお嫁に貰うアルヨ。それまで首を洗って待ってろヨ!」

『う、うん、嬉しいんだけど、多分わたしたち結婚できないと思うんだ』

「なっ…なんでアルか!私のこと好きじゃないアルか!?遊びだったアルか!!」

『えっ?ううん、遊びじゃないよ。本気だよ。ていうか、多分だけど、女同士は結婚できないと思うよ』

「そ…そうだったアル……!!」

「ねェお前ら馬鹿なの?」


神楽ちゃんに押し倒されたまま、確かに馬鹿みたいな会話を繰り広げていた。
女の子にプロポーズされたのは初めてだ。
坂田さんは相変わらずだるそうな瞳をわたしたちに向けながら、クリームコロッケをむしゃむしゃと食べている。


『結婚はできないけど、こんなのでよければいつでも作るよ』

「本当アルか!?」

『うん、また今度作って持ってくるね』

「次はチンジャオロースがいいネ!」

『(あれ、中華になった…)わかった、作ってくるよ』

「よかったな神楽、また飯作りに来てくれるってよ」

「ウン!嬉しいアル!…ってコラてめェェエエ!!何私のクリームコロッケ食べてんじゃあァァアア!!」


わたしの上から神楽ちゃんが降りて、坂田さんに飛びかかった。
わたしは、驚愕して動けない。
わたしはさっき、今度作って持ってくる、って言ったのに、坂田さんは、また作りに来てくれるってよ、と言った。
それはつまり、またここへ来て料理してもいいということだ。
深紅の瞳と視線が絡む。
彼はこんなにすぐに、訳もなく、見知らぬ人を受け入れる人だっただろうか。

いや、そんなことはないはずだ。
現に、恐らくわたしはまだ彼には受け入れられていない、ような気がする。
なんとなくだけれど、壁を感じる。
分厚い分厚い、壁を。

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