『…あ……』


お饅頭の入っている風呂敷片手に突っ立っているわたしは、きっとバカみたいだと思う。
目の前の、メガネを掛けている特に特徴のない少年を見つめた。


「あ、藤屋の!」

『は、はい』

「この前倒れられましたけど、大丈夫でしたか?僕、あの時一緒にいたんですよ」

『はい、わたしの代わりに買い物してくれたって、おばさんから聞きました。あの時はありがとうございました』


いえいえ、無事でよかったです、と、笑顔で言ってくれる彼。
志村新八、くん。
”彼ら”に関わらないと決めたのをやめる、と決めたけれど、やっぱりわたしの心臓は、”彼ら”を前にするとどくどくと激しく跳ねる。
だってわたしは、”彼ら”の知らないところで、”彼ら”のことを知っているのだ。
変な感覚に、どういう顔をしていればいいのかわからなくなる。


『あの、今日はこの間のお礼に来たんです…ここでお仕事されてるって、おばさんに聞いて』

「ええ、気にしなくてよかったのに!でも、銀さんも神楽ちゃんも心配してたので喜びますよ。こんなとこで立ち話もなんですし、さあ、どうぞどうぞ」


志村新八くんに連れられ、万事屋にお邪魔する。
下駄を脱ぎながら、口から飛び出そうなほど跳ね続けている心臓を胸の上から押さえつけた。


『お邪魔します…』


落ち着け、わたしは間違ってなんかいない。
いけないことなどしていない。
これは、物語なのだ。
わたしの意思と、決められた運命に従って、わたしは今ここにいる。
この場所を、”彼ら”を、知っているからって、何だと言うんだ。
そんなの、わたしにも、”彼ら”にも、関係ない。


「あっ!藤屋の姉ちゃんアル!」

『あ、お邪魔します』

「大丈夫アルか!?いきなり倒れたから心配してたアルヨ」

『この前は、ありがとうございました。これ、お礼です』

「なんか気を使わせてしまったみたいで、すみません」

『いえ、助けていただいたんですから。ほんの気持ちですけど、』

「饅頭アル!ひゃっほウウウゥ!」


風呂敷を広き、出てきたお饅頭を持って大喜びしている神楽ちゃんを横目に、志村新八くんに促されソファに腰掛ける。
彼はそのままお茶を淹れに行ってしまった。
さっきから、銀髪の…坂田銀時さんの、姿が見えない。
早速開けた饅頭を頬張っている神楽ちゃんに尋ねる。


『あの、坂田さんは…?』

「銀ちゃんのことアルか?銀ちゃんなら、ウンコしてるネ」

『あ、う…そう、トイレ…』

「はー、なんか最近ウンコの出が悪ィな…って、神楽何食ってんだお前」

「饅頭アルヨ」

「てめっ、何一人で食ってんだ寄越せ!つーかこの饅頭どうした、うめえなオイ」

『あの、お邪魔してます』

「あー?ってエエエェエエ!?」


わたしに気付いていなかったのか、トイレから出てきた坂田銀時さんは神楽ちゃんから饅頭を奪って頬張り、声をかけたら悲鳴を上げた。
いきなり大声を出されたのでわたしも驚いて身体が跳ねる。
お茶を4つ持って戻って来た志村新八くんが、呆れた顔で彼を見下していた。


「アンタ失礼にも程がありますよ」

「だってビビったんだもん。いきなりいっから。お化けかと思った。つーか大丈夫なのお前」

『あ、はい、大丈夫です。この間は、本当にありがとうございました』

「あーこないだね、マジビビったよアレ俺。アンタいきなりぶっ倒れるんだもん、死んだかと思ったわ」

『今日もいきなり来てしまって、すみません』

「なまえさんはお礼に来てくれたんですよ。銀さんも大人なんだからちゃんとしてください」

「へーへーうっせえなメガネ。おかんかてめえは」


坂田銀時さんが小指で鼻をほじりながら言った。
わたしは、その前に志村新八くんの発した言葉、というか名前、というかわたしの名前に意識を持っていかれている。
どうして彼はわたしの名前を知っているの。
思い当たる節はないかと、記憶の中を探してみる。
ああ、もしかして、わたしが倒れたとき、おばさんから聞いたのかもしれない。
そう考え付くと、わたしは彼に渡されたお茶を一口飲んだ。


『あの、遅れましたけど…わたし、みょうじなまえという者です』

「私は神楽という者アル。歌舞伎町の女王様と呼ぶヨロシ」

「僕は志村新八という者です。よろしくお願いします」

「何お前ら。何いきなり自己紹介タイム突入してんの?合コンでもすんの?合コンにしちゃ堅苦しい挨拶だけど」

「馬鹿言ってないで、ほら、銀さんもちゃんとしてください」


志村くんが彼を肘でつつく。
紅い瞳と目が合った。
どくりと、落ち着いていた心臓がまた跳ね始める。
慣れない。
彼の紅の瞳だけは、きっと、いつまでも、慣れることなんてできない。
怖くなり目を逸らす。
どうしてあの紅い瞳は、全て知ってるみたいな、知られてるみたいな、気分にさせるの?


「へいへい…坂田銀時っつーもんでーす」

『みなさん、この間は、本当にありがとうございました。それに、ご迷惑おかけして、すみませんでした』

「で、なんでお前、倒れたの急に」

『え…あ、それは…わたしにも、わからなくて。お医者さんが言うには、疲れてたんじゃないか、って』

「ふーん…?でもおかしくね?おばちゃんに聞いたけど、お前買い物行く途中だったんだろ。なんで公園になんかいたんだよ。あそこスーパーと逆方向だし。何、エスケープ的な?」

『…覚えてないです』

「はぁ?覚えてないなんてことあるか?」

「銀さん。倒れるようなことがあったんですよ、覚えてなくても仕方ないじゃないですか」


急に、話を掘り下げ始めた坂田さんに、心臓が鳴り止まない。
理由なんて、話せるわけがない。
嘘をつくにしても、彼が納得するような嘘も思いつかない。
誤魔化すしか、今のわたしにできることなんてないのだ。
神楽ちゃんと目が合った。


「でもなまえ、倒れる前、スッゴイ辛そうな顔してたアル」

『…そ、そう、だっけ、』

「あーしてたしてた。死にそうな顔してた。もう死ぬしかねーって顔してた。なんで?」

『…本当に、覚えてないんです』


きっと信じてもらえない。
だって彼は鋭くて、優しくて、強いから。
わたしみたいな弱い人間の気持ちなんて、嘘、なんて。
じっと見てくる紅に、気付かないふりをした。


「ふーん。まあいいや」

『…本当に、ありがとうございました』

「ん」

「なまえさん、あんまり無理しすぎないでくださいね。また倒れたりなんかしたら、おばさんまで心配で倒れちゃいますよ」

『はい、気をつけます』

「そーだ、次倒れんの見つけても助けてやんねーからな。放置すっから」

「銀さん!全くもう…なまえさんが倒れた時大慌てで一番に駆け寄っていったくせに」

「そうアル、素直になれヨ天パ」

「はいお前ら殺すー」


三人が口喧嘩を始めたので、広げたままだった風呂敷を畳む。
そろそろお暇しよう。
いつまでもいたら迷惑だろうし、正直心臓が持たない。
畳んだ風呂敷を手に立ち上がると、お互いの頬を思いきり伸ばし合っている三人と目が合った。


『わたし、そろそろお暇します』

「えー、もう帰っちゃうアルか?」

『はい、買い物して帰るので。長々と、お邪魔しました』


頬を赤くした三人に頭を下げ、玄関に向かう。
万事屋から出られることに、少しほっとしていた。
下駄に足を通し、見送りに出てきてくれた志村くんと神楽ちゃんを振り返ると、二人とも笑いかけてくれる。


「気をつけてくださいね」

「饅頭うまかったアル。また持ってこいヨ」

『はい…また。お邪魔しました』


がらがら、と滑る扉。
彼らに背を向け万事屋から一歩出ると、暴れて熱を持っていた心臓が、少しだけ冷えた気がした。

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