01
母が再婚したのは、わたしが中学に進学した年のことだった。 そしてわたしに”弟”ができたのは、三年後、わたしが高校生になった年のことだった。 そして、”弟”が死んだのは、その5年後、わたしが短大を卒業する年のことだった。 「お姉ちゃん!遊ぼー!」 ”弟”は、母に似ていた。 父親似のわたしと違って、母にそっくりだった。 半分しか血の繋がらない”弟”はわたしによく懐いてくれていたけれど、わたしは、ずっと、”弟”のことが嫌いだった。 わたしが小学生の頃に死んだ父は寡黙な人で、娘であるわたしを褒めたり、遊んでくれたりはしなかった。 新しいお父さん、だと言って母が連れてきた人は、どう見てもわたしを疎ましがっているのがわかった。 でも、母の苦労を知っていたわたしは再婚に反対などできなかった。 再婚し、幸せそうな母。 「お前を見ていると吐き気がする」 義理の父はわたしを嫌い、母の見ていないところで嫌味を言いわたしを罵った。 わたしは何もできず、ただ耐え、息を殺して生活していた。 そんな時間が三年も過ぎると、わたしに義理の弟ができた。 母も義理の父も、”弟”を溺愛し、わたしを見ることはなくなった。 どれだけ話しかけても、気を引こうと悪さをしても、母は”弟”に夢中で、わたしを見てはくれなかった。 「短大?ああ、勝手にしろ。金は返せよ」 高校を出て進学すると決めたわたしに、義理の父はそう言った。 お金は出してくれるんだと、少し意外だったのを覚えている。 わたしは高校を卒業すると家を出た。 バイトして貯めたお金で一人暮らしをし、学費は出してもらいながら短大に通った。 たまに実家に帰っても、喜ぶのは”弟”だけで、母も義理の父もわたしなんて無視して、”弟”に夢中だった。 物凄く、悲しかった。 再婚するまでは、わたしが、母に愛されていたのに。 奪われた。 母も、家も、愛も。 全て。 悲しみが憎しみに変わるのに時間は掛からなかった。 「お姉ちゃん、公園に行こうよ」 わたしが短大の卒業を控えていたとき、実家に帰ると”弟”がそう言ってわたしの手を引いた。 母親似の笑顔の”弟”に、わたしも笑顔を貼り付けて付いて行った。 近所の公園の、砂場に行くんだと、”弟”は嬉しそうだった。 「昨日ね、すっごい雨が降ったんだよ」 『そうなの?』 「うん、だから、見て!すごーい、川に水がたくさん!」 前の日、嵐のような土砂降りだったんだと、”弟”が言った。 増水してるのが珍しかったのか、”弟”はわくわくした顔で川へ近付く。 『あっ、あんまり近付いたら危ないよ!』 その時、だった。 ”弟”が、前日の雨のせいで濡れていた草に足を滑らせ、勢いよく川に落ちたのだ。 いつもより多く、いつもより流れの速い、川に。 わたしは慌てて駆け寄り、手を伸ばそうとした。 ”なまえ、えらいわねえ” その時、ふと、思い出したのだ。 再婚前、まだわたしを愛してくれていた母の笑顔を。 涙が溢れた。 わたしは愛されていた。 あいつが母と再婚するまでは。 ”弟”が、生まれる、までは。 「お姉ちゃんっ、助けて…!」 手を伸ばせば、助けられた。 でも、わたしは、伸ばしかけた手を、引っ込めてしまった。 「お前のせいだ!お前が、付いてたのに…お前が、殺したんだ!」 ”弟”は死んだ。 わたしが、手を伸ばさなかったから。 わたしが殺した。 わたしが。 わたしが。 わたしは”弟”の葬式には出ず、短大の卒業式には出た。 そしてその日。 わたしはマンションの屋上から、飛び降りた。 死ぬ、ために。
→ |