そして、始動

わたしはこの世界の人間ではない。
100人の人にそう告白したとして、100人が嘘だと笑うだろう。
わたしはこの世界を知っている。
この世界が、この世界に生きている人々が、誰かによって作られた世界だと知っている。
だからわたしは、関わらないと決めたのだ。


「あ、お前…」


わたしは、間違っていたのだろうか。


「なんだトシ、このお嬢さんと知り合いか?」

「いや、知り合いってほどじゃねえが…確かこの前、道でぶつかったよな」


いつものように買い物をしにスーパーへ向かっている途中、わたしは数人の男に絡まれた。
遊びに行こうとしつこい男たちを無視していたら、そいつらは逆上してわたしを殴ろうとした。
そのとき、助けてくれたのが、この、ガタイのいい男の人だったのだ。
逃げて行った男たち。
残されたわたしは、黒い服を来た男二人の前で俯いている。


『…そう、でしたっけ』

「覚えてねェか?」

『……そんな気が、しないでもない、です』

「なぁ、顔色が悪いぞ。体調が優れないんじゃないか?」


どうしてこの人は、わたしのことを覚えているの。
どくどくと跳ねる心臓。
どうして。
これは、本当に、偶然…?
ガタイのいい彼が心配そうにわたしを見つめる。
逃げ出してしまいたい。
きっとこれは偶然じゃない。
流石にわたしは気付いていた。
だけど、偶然じゃないからって、わたしは、どうすればいいの。
どうすれば。


「おい…大丈夫か?」

『………助けていただいて、ありがとうございました。わたし、急いでるので』


それだけ言って、その場から走って逃げ出した。
スーパーへ行かなきゃいけないのに、わたしは反対方向へ向かっている。
どうして、こんなことになったの。
わたしはただ、物語を、狂わせないようにー…。


『…………………』


目に入った公園。
ぴたりと足が止まる。
物語。
もしかして、わたしは。
今まで、物語を狂わせないために、登場人物である”彼ら”に関わらないようにと、思い込んでいたけれど。
ここ数日の、偶然、なんて言葉じゃ、片付けられない出来事は、まさか。


『…、!』

「アレ?お前、藤屋の姉ちゃんじゃん。何してんの、こんなとこで」


突然現れた、銀色の髪を持つ男性。
偶然、なんかじゃ、ない。
どうして、こんな。
まさか、わたしは、わたしもー…?


「銀ちゃん、何してるネ!定春がウンコしたアル!」

「神楽ちゃん、ちゃんと拾わなきゃダメだよ」

「うっせーヨくそメガネ」

『……………あ…』

「どした?何か、今日も顔色悪ぃけど」


桃色の髪、チャイナドレス。
メガネ、大きな、犬。
紅い、瞳。


『…どうしよう……』

「え?何が?って、オイ!」


視界が真っ暗になる。
土の匂いがした。
まさか、そんなことって。
わたしは間違っていた。
今までの一年半も、そしてこれから先も、わたしは。

わたしは、この物語の、一部なんだ。

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