2
「ストロベリーパフェ、二つ。クリーム大盛りで」 わたしは甘かったのだろうか。 一年半もの間、気をつけていたつもりだったのは思い込みで、ただの偶然に過ぎなかったのか。 どうして、急に、こんな。 偶然だとは思えない。 偶然、だなんて。 そんなはずはないと、最初から、わかっていたはずだったのに。 「オイ姉ちゃん聞いてる?」 『あっ、す、すみません!ええと、』 「ストロベリーパフェ。二つね。クリーム大盛り」 『はい、す、ストロベリーパフェ、の、クリームが、大盛り…お二つ、すぐにお持ちします』 「姉ちゃん大丈夫か?なんか顔色悪ぃけど」 銀色の髪の毛、紅い瞳。 そんな、普通じゃない容姿の男の人がわたしの顔を覗き込む。 どうかしてる。 こんなはずじゃない。 どくどくと激しく跳ねる心臓が、皮膚を突き破って転げ落ちてしまいそうだった。 『い、いえ、大丈夫です、失礼します』 どうして、こんな。 わたしは慌てて厨房へ逃げた。 おばさんにオーダーを伝えることも忘れて、しゃがみ込む。 どうしてあの人が、こんなところへ。 どうして今頃。 昨日の今日なんて、絶対に偶然なんかじゃない。 昨日ぶつかった黒髪の男を思い出す。 落ち着け、落ち着け。 胸を押さえて深呼吸を繰り返す。 きっと、ただの、偶然。 意味なんてない。 「なまえちゃん!?どうしたの?具合、悪い?」 『いえ、大丈夫です。それより、ストロベリーパフェ、二つお願いします』 「本当に大丈夫?辛かったら休んでていいのよ」 『大丈夫です。ちょっと目眩がしただけなので』 「そう…?」 『心配しないでください。…あ、クリーム大盛りで』 「…わかったわ」 心配そうにしながらも、ストロベリーパフェを作り始めたおばさんから目を離し、客席を見た。 間違いない。 あの銀色の、うねった髪の毛。 やる気の感じられない紅い瞳。 わたしが最も会いたくなかった、会ってはいけないと信じていた、男だ。 『お待たせしました』 「おお、やっと来たか!ありがとさん」 『…ごゆっくり』 ストロベリーパフェの器を二つ、テーブルに置く。 きっと偶然だ。 今まで”彼ら”に会わなかったのも、昨日になって急に立て続けに遭遇するのも、すべて偶然だ。 伝票を置いて急ぎ足で厨房に戻る。 関わらないと決めた。 一年と半年前、この世界へ来たとき。 ”彼ら”には、関わらないと。 だってわたしは、知っているから。 ここにいてはいけない人間だから。 彼らの歯車を、きっと狂わせてしまうから。 「ご馳走さん」 『ありがとうございました』 また来てくださいとは、言わない。 去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、ぐっと手を握り締めた。 わたし自身の歯車が、狂い始めているとも知らずに。
→ |