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「おっと」 スーパーからの帰り道、重たい荷物のせいで足元がふらつき、誰かにぶつかった。 その誰かが、声や体格から男性である事に気がつき顔を上げる。 ぶつかった拍子に転びそうになったわたしを支えてくれている男性を見上げた。 「大丈夫か」 煙草の香りと共に、わたしを見下ろす彼は真っ黒な服に身を包み、腰には刀を下げている。 見覚えのあるその顔。 わたしは後悔した。 今日、この時間に、ここで、買い物袋を下げていることを。 『はい、大丈夫です。ぶつかってしまってすみませんでした』 「あぁ。すげえ荷物だな、気を付けろよ」 『はい』 軽く会釈をしてからその場を去る。 できるだけ顔を伏せ、急ぎ足で。 何も不自然ではなかっただろうか。 何も印象に残るようなことなどしていないだろうか。 途端に不安で心臓が潰れそうになる。 大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせるように思い込み、ふらつく足を進めた。 これまでうまくやってきた。 きっとこれからだって、うまくやっていける。 きっと大丈夫。 『戻りました、遅くなってすみません』 「おかえりなさい。重かったでしょう」 住み込みで働いている”藤屋”という定食屋さんに帰ると、店主のおばさんが迎えてくれた。 買ってきた材料を冷蔵庫に詰め込んでいく。 ここで働き始めてから、もう一年と半年ほど経つだろうか。 おばさんはとても良くしてくれている。 一年半ほど前、行く当ても帰る場所もないわたしを、近くの路地裏で見つけてくれたのが彼女だった。 もう全て放り出して死んでしまおうか、なんて考えていたわたしに温かな食事を与えてくれた。 彼女の優しさに触れたから、わたしは今、ここで息をしていられるのだ。 「なまえちゃん、そこ終わったらこっちお願いできる?」 『はい』 住み込みで、食事付き。 それだけでも十分なのに、おばさんはわたしにお給料を渡してくれる。 毎月毎月、きちんと決まった額を。 わたしがいつか、離れられるように。 逃げ出せるように。 もしもの時のために。 わたしは立ち上がる。 これまでうまくやってきた。 これからだって、きっとうまくやっていく。
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