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(相澤視点)

木曜の臨時休校を挟み、金曜。今日から、生徒は通常通り登校してくる。
俺はその前に、退院。雄英に着くなり保健室で、リカバリーガールの治癒を受けた。
さっさと治さねばならない。朝から、体力を消耗した。足がふらふらするが。まあ、仕方ない。


『相澤先生は、退院ですか?それは、めでたい!おめでとうございます。お祝いに、赤い魚!鯛を、差し上げたいところですが。あいにく、釣りには行けないので。三三七拍子で勘弁してください!よーおっ!』

身剣は、俺が病院を出る時間、既に起きていた。起床が早い。
一応病室を訪ねた俺に、あいつはマジで三三七拍子をした。手のひらをパンパンとリズミカルに叩き。アホだと思った。手が使えていたら、叩いた。
身剣が登校することは。結局、叶わない。今日は当然としても、明日からも。未だに敵は口を割らないらしいが。
警察からの話では、「あともう一歩で!聞き出せそうです」ということだった。それが、昨夜の話だ。
口を割ったとしても。安心はできない。


「雄英体育祭が、迫っている」

不自由な体で教室に行き、1日ぶりに生徒の顔を見た。
教室は、普段通りとは言えなかった。どことなく、仄暗い雰囲気を纏っていた。
二週間後に迫る体育祭。必要事項を述べながら、教室を見渡した。
爆豪の後ろ。緑谷の前。瀬呂の隣の席は、ぽつんと空だった。
空席が一つあるだけで、教室の様子は違う。身剣の不在は、少なからずクラスメイトの気分を沈ませているようだ。
特に女子。切島や緑谷なんかも、わかりやすく浮かない顔をしている。よく話す分、心配なのだろう。
気持ちはわかるが。こいつらに、他人の心配をしている暇はない。それを、与えてはやれない。


「相澤先生!」

疲労でふらつく体が煩わしい。苛立ちながら、HRを終えた教室を出た。
間を置かずに、背後から呼び止められる。女子生徒の高い声。
振り返ると、廊下には制服が浮いていた。

「葉隠か…何だ?」

要件は、わかっている。
俺に歩み寄る葉隠の顔は、見えないが。目視できる衣服からは、緊張感が見て取れた。

「柄叉ちゃんは、どうしてますか?」

葉隠の背後にある、教室のドア。それがゆっくりと開かれるのが見える。
そこから、耳郎や麗日なんかの女子生徒が顔を出した。一様に不安げだ。

「身剣は、入院中だ。しばらくは登校できない」
「……柄叉ちゃんの、目は。戻るんですか?見えるように、なりますか?」
「それは。今はまだ、不明だ」

身剣の失明に立ち会ったのは、葉隠一人。莫大な不安を抱えている。
それを、取り除いてやりたいが。俺には不可能だ。それどころか。今は、誰にもできない。

「病院を、教えてください!柄叉ちゃんの、入院先を。お願いします、相澤先生」
「お願いします!」

葉隠が詰め寄ってきた。その後ろから、麗日も駆け寄って来る。
そう言うと思っていた。絶対に言い出すと。確信だった。
こいつらは、俺がそれを渋ると思っているのだろう。
説得する気満々、と顔に書いてある。引くつもりはありません、とばかりに。葉隠と麗日の後ろに、八百万や蛙吹。耳郎や芦戸まで寄ってきた。

「柄叉さんは、きっと不安を抱えていると思います。私達にできることは少ないかもしれませんけど…お友達ですもの。少しでも、力になりたいんですわ!」

女子生徒に詰め寄られて、眩暈がする。普通に話せないのか。勢いがないと、負けるとでも思ってるのか。
訴えるような多くの目に、じっと見上げられる。
力になりたい、か。それは、多分無理だ。

「身剣は、このままなら。雄英を辞めることになる。その意味が、わかるか?」
「…ヒーローになるのを、諦めないといけない。そういうことですか?」
「そうだ。それを、身剣はよく理解してる。あいつが悲観しているのは、失明したことに対してじゃない」

耳郎が、悲しげに目を伏せた。悔しそうに唇を結んでいる。
同じヒーロー志望ならば。思いの丈は違えど、気持ちは理解できるはずだ。
麗日の目に涙が溜まるのを見て、ため息を吐きたくなった。

「ヒーローになれないかもしれない。身剣が苦しんでいるのは、それに対してだ。表面上は、いつも通り振る舞ってるがな」
「いつも通りって…やっぱ柄叉って、バカすぎ」
「こんな時くらい、しおらしくすればいいのにね…」

芦戸と耳郎が微笑む。あんなんでも、慕われるもんか。
まるで死んだ友人を偲んでいるようだ。なんて、阿呆らしい想像をする。
弱い寒気がした。
こいつらが入学して、まだそんなに日は経っていないが。生徒同士の仲は深まっている。それが、いい方へ転べばいいが。

「身剣は、不確かとはいえ。ハンデを負い、一人道を断たれたような状況にある。そこに、何のハンデも負わなかったおまえらが行ったら。あいつは、何を思うだろうな」

あいつの思考回路は、俺にもサッパリわからんが。
身剣は、おそらく。こいつらが病室を訪ねても、何も思わないだろう。いつも通り、はしゃいでみせるのだと思う。
あいつは、クラスメイトへの執着は。あまりない。オトモダチとやらに拘っては、いたが。それはあくまで、二の次だろう。
今の状況では、特に。身剣は、友達など。意に介さないはずだ。

「あいつの力になりたいと言ったな。それは恐らく、無駄に終わるぞ。そもそも。おまえらに、何ができるんだ?きっと大丈夫とか、きっと視力は戻るとか。無責任な言葉でも、かけるつもりだろう。根拠のないそれらに、意味はないよ。むしろ、それは。身剣を、追い詰めることになるんじゃないか?」

麗日や蛙吹、耳郎や芦戸。八百万は、図星を指されたように俯いた。
葉隠の顔は見えないが。おそらく、俯くことはせずに、俺を見ているのではないかと思う。
根拠のない言葉が、身剣を追い詰める。それは、俺にも言えることだった。
可能性は十分にある。身剣にかけたそれは、願望に近かった。
「いらない」と言われた。気休めは、いらないと。

「それでも、私は!柄叉ちゃんに、会いたいんです」

ハッキリとした声で、葉隠が言った。他の面々も顔を上げる。
ウチのクラスの、女子の。この団結力は、何なんだ。面倒臭え。

「体育祭に向けて。おまえらには、やるべき事がある。他人を心配してる暇はない」
「やるべき事は、ちゃんとやります!」
「お願いします、相澤先生。柄叉ちゃんのいる病院を、教えてください!」

教えない。とは、言ってない。
他人の心配をしている暇は、もちろんないが。他人の心配をして、学業に支障が出るのなら。そっちの方が問題だ。
会って話せば気が済むならば、見舞いくらい行かせてやろう。それで鍛錬や勉学に身が入ると言うなら、合理的だ。
必死に詰め寄ってくる女子生徒を見ながら、身剣の泣き顔を思い出した。
一度俺が退室して、次に顔を合わせた時。すでに身剣は平生の様子に戻っていた。触れられたくはないのだろう、弱みには。
マイクに絡み、チョコレートを食べてはしゃいでいた。
未来について、悲観しているようだったが。完全には、諦めてはいないらしい。病室で何もせずに座っているのは暇らしく、走りに行きたいだの、筋トレしたいだの。鍛錬したいだのと、言っていた。

「一度に大勢で押し掛けたりは、すんなよ。視覚がない中で何人もに話しかけられたら、混乱しちまうからな。話す前に、まずは名乗ってやれ」
「!……はい!!」
「あと、病院に迷惑はかけるな。時間は厳守しろ」
「相澤先生は、行かないんですか?柄叉ちゃんのところ」

後で身剣の入院先と部屋番号を紙に書いて渡そう。病院にも一応連絡しないといけない。
それらを考えていると、麗日が不思議そうに尋ねてきた。
職員室に戻るため、踵を返す。

「他に、行くとこがあるんでな」

疲労が脚にきている。腕は固定されてウザい。
が、俺には。やらねばならないことがある。

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