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口を開ける。食事が運ばれてくる。タイミングがわからないのでビックリする。いきなり口に、食べ物が入れられる。不自由だ。
看護師さんは、優しい。わたしの担当は女の人。優しい声の持ち主。癒し系かも。可愛いオナゴ!見えないのでわからないが。

「はい、煮魚ですよ。食べられますか?」
『はい!煮魚は、スキです。好物なので。いただきましょう。たくさん食べます。いっぱい食べたら。完食したら、お菓子が待ってますので!楽しみだ。ワクワク!ウキウキ!チョコですよ。チョコレート。早く食べたいなー。プレゼント・マイク、まだかなー』
「それは、よかったですね。はい、あーん」

あーん。口を開ける。唇に何か当たった。箸か、煮魚。
相変わらず。何も見えない。いつまでも慣れない気がする。この暗闇には。
口に入ってきた煮魚。病院食にしては。美味しいと言える。もぐもぐ。咀嚼する。
雄英は、今日は臨時休校になったらしい。そりゃ、そうだ。納得。
相澤先生は、プレゼント・マイクに電話をかけると言って出て行った。
わたしのチョコを頼んでくれるそう。今日の相澤先生は。ちょっと、変だった。
違和感。優しすぎる。
おかげで。泣いてしまった。後悔する。泣かないつもりだった。人の前で泣くのは。イヤなことである。ヨクナイ。弱味だ。最大の。
泣いてはいけなかった。涙は女の武器なのよ!と。おばあちゃんがよく言っていた。
それを相澤先生に見せてしまったということは。わたしは、相澤先生を攻撃してしまったのかもしれない。涙は武器であるらしいので。
我慢はした。感極まってしまった。後悔しても意味はない。
ミッドナイトの時は、大丈夫だった。リカバリーガールの時も。声だけ聞くと、わたしのおばあちゃんのようで。少し胸に来た。けど、我慢できた。
相澤先生には、何故か。無理だった。弱かった、わたしは。本当のことを話そうと思った。それがダメだったか。わたしもまだまだコドモ。知っていたけど。
泣いたのは、久しぶりだった。見られただろうか。見られたさ。確実にな。泣くな。と言われた。忘れてほしい。無理か。無理を言った。申し訳ない。
ヒーローになれなくなった。それは、酷い。嫌だ。どこで生きればいいのか。わからない。
相澤先生は、優しかった。おかしなくらいに。変だ。あれは相澤先生だったのか。
確かめた。から、知っている。相澤先生だった。
触った。包帯で、グルグルだった。顔と腕。酷い有様だった。髪の毛は、少し硬かった。わたしのよりも。ごわごわしていた。でも、柔らかくもあった。
わたしは多分。雄英をやめないといけない。ヒーロー科にはいられない。惜しい。あの場所が、好きだった。
可能性はある。相澤先生が言っていた。敵が情報を吐けば。視力が戻るなら。ヒーローになれる、可能性。十分あると。
そうは思えない。気休めだと思った。違うと言われた。
十分では、ない。全く。可能性は、低い。十分だったら、いいけど。そうだったらいいな。いいけど、そこまで。底抜けじゃない。わたしのポジティブは。
でも、嬉しかった。さっきの相澤先生の言葉は。胸が痺れた。感情を揺さぶられた。
「ありがとうな、身剣」
あれが、わたしの涙腺を殴った。ちぎった。だから泣いた。
相澤先生らしくないと思った。らしい。と言えるほど、あの人のことを知らないけど。てっきり、叱られると思っていた。いらないことだったと。そうじゃなかった。
相澤先生は。わたしの心臓を掴む。いつも。いや、時々。時たま。たまに。いつもでは、なかった。いつもだったらヤバい。心臓を掴まれたら死ぬ。揶揄では、あるが。

「身剣さん、食べたらお風呂入りましょうか?お手伝いしますから」

ご飯を咀嚼していた。隣で看護師さんが言う。可愛い声!

『お風呂!いいですね、それは。バスタイムですか。優雅に?お昼にお風呂なんて。スキですよ!それは。いい考えだ!是非、お願いしたいです。しかし、看護師さん。わたし、お風呂道具がないです。持ってません。シャンプーもトリートメントも!ボディソープも。どうしましょう!売店で買ってきましょうか。お買い物行きますか?』
「いえ、大丈夫ですよ。昨日、身剣さんの学校の先生が…ミッドナイトさんが、置いていかれましたから。お風呂道具も、歯磨き道具も。生活必需品は、一式揃っていますよ」

ミッドナイトが!それは。ありがたい。
生活必需品が一式揃っている。それは、嬉しき事実なり。
もしかして、買ってくれたんだろうか。わたしの入院のために。なんてお優しい!ミッドナイト。尊敬する。
今度。次会ったら、お金を返さないと。借金はよくない。利息もつけよう!わたしは、太っ腹である。



「お、戻ってきたか。なんだ、オイ。案外、元気そうじゃねぇか!心配して損したぜ」

ビックリした。誰だ、この声は?いやに響く。でかい声だ。聞き覚えがある。

お風呂に入ってきた。
といっても、シャワー。湯船はナシ。見えない中でのお風呂は、恐怖だった。どこに何があるのか全くわからないのである。
移動もそうだ。わたしは看護師さんに腕を抱えられて歩いた。腕におっぱいが当たって、ドキドキした。これは内緒だ。
杖もあるよ。とは、言われた。杖を使って、道の障害物を確認しながら歩くことも。その選択肢もある。一応、貰っておいた。盲目者用の杖を。色は、黄色だそう。
シャワーは、苦労した。看護師さんが手伝ってくれた。
洗うのは自分でできた。頭も体も顔も。自分で洗えた。が、シャンプーやリンスを手に取るのが、難しかった。看護師さんが手に出してくれた。申し訳なかった。
流すのは、看護師さんがやってくれた。シャワーで。申し訳なかった。
出てからも、タオルを渡された。頭や体は自分で拭いた。けど、着替えは手伝ってもらうしかなかった。申し訳なかった。看護師さんって、スゴイ。すごいお仕事。尊敬した。
そして。行きと同じように、看護師さんに支えられながら。病室に帰ってきてみたら、知らない声がした。
いや、聞き覚えはある。でも。さっきまではいなかった人物だ。

『誰!?何者だ!侵入者か。うるさい声をしおって。フーアーユー!名を名乗れ!フトドキモノめ。誰だキサマは。皆の者!曲者じゃー!出合え出合えい!』
「あー、見えねえんだっけか。悪ぃ悪ぃ。しっかし、この声聞いてわかんねえとは。俺だぜ!?声が商売道具だぜ。おまえ俺のラジオ聞いてねえだろ?気づかねーってことは、そういうことになっちまうぜ」
『そ…そなたは!プレゼント・マイク!?まさか。まさかの、プレゼント・マイクですか!いやー。思い至りました!確かに。貴殿の声はプレゼント・マイクのそれ!気づかぬとは。いやはや。申し訳ない。わたしも、まだまだだ。精進します。お許しを!殿!』

ビシ!敬礼してみせた。右手で。プレゼント・マイクがどこにいるのかは、わからないけども。
わたしがお風呂に入っている間に現れたのは。プレゼント・マイクだったらしい。
なーんだ。謎が解けた。スッキリしました。
とりあえず、ベッドに移動する。多分、そうだと思う。わたしの腕を掴んでいる看護師さんが、「とりあえず座りましょうか」と言ったので。歩き始める。
髪の毛がまだ濡れているのを思い出した。部屋で乾かそう、と言われたからだ。看護師さんに。お世話になっているのに、名前を忘れてしまった。申し訳ない。

「身剣、飯は。食ったのか」

また。さっきまでいなかった人物の声がした。看護師さんともプレゼント・マイクとも違う。
低い。相澤先生の声だった。戻ってきてくれたみたいだ。
看護師さんに補助されて、ベッドに座る。足を投げ出して。端っこに腰掛けた。ふう。視界がない中で歩くのは、くたびれる。

『相澤先生ですね?その声は。飯ですか?昼ごはん。は、食べましたよ!言われた通りに。完食しました。チョコのために!というのも、ありました。が、お腹が空いてたので。それはもう。もりもりと、食べました。美味しかったです。病院食とは、思えぬクオリティ!ね。ね、看護師さん。わたし、いい食べっぷりだったでしょ!へへ。実は、大食い女王を目指してるんです!嘘です!』
「ふふ…そうですね!完食してくれました。でも、にんじんを食べた時。すっごく、顔をしかめてましたね」

にんじんは嫌いだ。まずいので。スキじゃない。キライな味。
それに気づかれていたとは。ニコニコしていたつもりだったのに。看護師さんは、意外と鋭いのか。脱帽です。

『にんじんは。あれは、敵なんですよ。わたしの味覚を、不快にさせるんです!許せませんよ。全く。でも、栄養があるんですよね。嘆かわしいことです。求める栄養素を豊富に含んでいる!なのに、マズイ。残念でなりません。にんじんの、あの甘み。不可解なほどの。不快な甘み!おえっ。て、なります。ああ!思い出すだけで、マズイ!うえっ。怨みますよ。あのマズさは。この恨み、晴らさでおくべきか!味さえ、よければなあ。でも!千切りや、みじん切りなら。食べますよ。千切りかみじん切りなら、むしろスキです。塊が、受け付けないだけです』
「ガキか。おまえは」

相澤先生の声だ。呆れたような。ガキか。と言われた。
好き嫌いは多分、誰にだってあるよ。と、言いたい。けど、黙った。確かに。にんじんが嫌いなのは。子供っぽい。否定できない。まあ、いい。そういうのは、気にしないよ。
この部屋には、わたしと看護師さん。相澤先生と、プレゼント・マイクがいる。のだと思う。

「身剣さん。髪の毛、乾かしましょうか?」
『ノーサンキューです!自分でできますよ。髪くらいは。看護師さんには、多大なるご迷惑かけてしまっているので。申し訳ないです。こんな小娘のお風呂に付き合わせてしまい。どうお詫びしたらいいか!ちょっと、ワカラナイ。ですので。髪は、自分で。マイセルフ。自らで。乾かしますので。任せてください!これでもわたし。髪の毛乾かしマイスターの資格、あります。今、作りました。それを今取得したことにしました!ので!ええと。ドライヤーさえ、あれば。あとは、わたくしが。やりまする!』
「そうですか?なら、ドライヤーはここです。はい。手に乗せますよ」

手のひらを広げる。すぐに、上に硬いものが乗せられた。ドライヤーだ。
多分。会話からして。ドライヤーは、冷たい。握りしめると、看護師さんの手が離れた。

「では、私は失礼しますね。何かあれば、ナースコールをお願いします。それか、先生方が帰られる際にお声掛けをしてくださったら。相澤さんは、この後検温がありますので。担当の看護師が、伺いますが…ここに来させましょうか?身剣さんの病室に、来させた方がいいですね」
「お願いします」

検温!新しい響き。相澤先生は、検温をされるのか。わたしも、さっきされた。血圧と体温を測られた。どっちも低いと言われた。困ったことに。

「じゃあ身剣さん。何かあったら、呼んでくださいね」
『はーい!呼んだら、来てくれるなんて。ステキです。いいシステム!この病院は、最高ですね。いい場所だ!ここに住もうかな。ここの子になっちゃおうかな!快適な生活。それは、望むところです!』
「縁起でもないこと言わないでください?」

看護師さんは、笑いながら出て行った。のだと、音でわかった。シューズが床を踏む音と、ドアが開いて閉まる音がしたので。
病室から看護師さんが消えた。呼んだら来てくれる。問題はない。
手の中のドライヤーをペタペタ触ってみる。形状を確認した。コンセントのコードを指で辿る。

『端っこ、発見!誰か!誰か、これを。コンセント、挿してください。コードを!ブスッと。頼んます。お頼み申す!髪を乾かしたいです。お願い!同情するなら金をくれ!金をくれるなら、コンセントを挿してくれ!』
「わーかったよ。ほら、貸してみ」

プレゼント・マイクの声だ。その直後、手に誰かの指が触れた。
少しビクッとしてしまった。突然の体温に。プレゼント・マイクの指だ。コンセントのコード。その端っこを、わたしの手から取った。
コンセントに挿してくれるのだ。プレゼント・マイクも、今日は優しいな。

「挿したぞー」
『サンキュー!ありがとうの意を、表します。プレゼント・マイクは。英語がお好きでしょう。カタカナが!わたしの見たところ。プレゼント・マイクは、英単語がダイスキ。それはもう、三度のメシよりも。好きでしょ!わたしの目は、誤魔化せませんよ。リッスン!アイアム、ドライヤー!を、します。髪を。ヘアーを、ドライ!するので。イエース。ゴートゥーヘブン!』
「おまえバカじゃねーの?何言ってんのコイツ?俺には、理解できねーわ。消太はよく、構えるよな。スゲーよおまえ。ソンケーする。俺にはムリ。会話が、成り立たねーもん」
「ゴートゥーヘブンは、すんな」

相澤先生に注意された。ゴートゥーヘブンは、してはいけない!了解です。
プレゼント・マイクは、うるさい。声がでかい。いいです。騒がしいのは、スキですよ!静かなよりは。それは、好ましいです。
カチカチ。手探りで見つけたドライヤーのスイッチ。それを動かした。
ブオーン。低い機械音。ドライヤーの口から、温風が出た。風圧は強い。いいドライヤーなのかも。髪は、すぐに乾きそうだ!

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