37

(相澤視点)

身剣の視力が失くなった。奪われた。
目覚めて最初に聞かされたのがそれだった。理解するのに、時間を要した。
他の生徒は無事らしい。緑谷はまた怪我をしたそうだが。リカバリーガールの治癒で完治。事なきを得たと聞いた。
身剣だけが、そうではなかった。保健室での処置では間に合わなかったらしい。病院に運ばれた。俺と13号と同じ病院に。
手術はしていないそうだ。怪我は、腰と肩。ただ、目が見えないらしい。視力を失った。
精密検査をしたと聞いた。目の。敵の個性で、視力を奪われたらしい。結果は不明だった。原因不明。治療法も不明。
敵は口を割らない。さっさと返せ。手に入れた少女の視力が惜しいのか。気色悪い連中だ。
身剣は病室で眠っている。何事もなかったかのように、だそうだ。
微笑さえ浮かべていたらしい。ミッドナイトが言っていた。浮かない顔で。
そりゃ、そうだろう。こんな時に浮かれていられる奴は多くない。
身剣が、何を思うのか。それは計り知れない。
視力を失うということは、重大すぎる。誰にとっても。破綻したガキにとっても、同じだ。涙一つ、見せないらしい。身剣は。動揺を見せたのは、目覚めた時と、クラスメイトや教師の安否について尋ねた時だけだったそうだ。

『死んだら、殺しますよ!!』

身剣は真顔だった。
敵に伸された俺を救けに来た。自分の数倍はある敵相手に、怯むことなく。
太く強靭な右腕を斬り落とした。
敵の下で、身剣は俺の腕を掴んだ。顔を上げた時、目が合った。
馬鹿だと思った。何故来たのか咎めたかった。腕が生きていたなら。動けたなら、殴り飛ばしたはずだ。
身剣の目は、澄んでいた。色を感じなかった。透明だった。平生の、濁った瞳ではなかった。
逃げろ。そう言った俺に、身剣は怒鳴った。
殺しますよ。死にかけの担任にかける言葉ではない。死んだら、だと。死んだ相手を、どう殺すつもりなのか。
マトモな顔だった。
以前一度見ただけの、あの顔をしていた。「見限らないで」と俺に縋ったあの目だった。
死んだら、殺す。身剣の声には、情けないが。感情を揺さぶられた。
心臓を掴まれたようだった。
あの声と顔は。忘れられそうにない。

盲目。それがどんなものなのか、俺は知らない。
真っ暗なのか。少しくらい明かりは感じないのか。
身剣が今、考えていることはわかる。あいつはヒーローになりたい。それが思考の基盤であり、全てだ。
そこに直接的に関わっていく障害をその目に植えつけられた。今の身剣は、絶望しているのではないだろうか。
リカバリーガールは、悲しげだった。
哀愁を背負って来た。
先に身剣のところへ行ってきたらしい。骨折した腰と肩を治癒したと聞いた。目は、どうにもできなかったそうだ。
他人の個性が絡んでいる以上。致し方ないことだが、やるせなかった。

「笑ってたよ。あの子、いつも通り。ヘラヘラ笑って、りんごが食べたいってさ。うさぎにして欲しいんだと。気丈に振る舞ってるつもりかね。見てらんないよ。かわいそうで、かわいそうで」

俺の怪我の治癒をしながら、リカバリーガールは呟いた。この怪我はすぐには治らない。腕なんか特に。しばらくは動かせない。彼女には、何度かに分けて治癒してもらうことになった。煩わしい。
身剣は、笑っていたらしい。ヘラヘラと。どうせいつものあの顔だ。
気丈に振る舞う。そうではないと思った。
隠しているだけだ。身剣は、弱みを見せたくないだけだろう。他人の心情を伺うようなやつじゃない。
りんごをうさぎにして欲しいとは。ガキ臭い。身剣らしいといえばらしかった。
見えないのだから意味はない。うさぎだろうが何だろうが。
身剣の怪我は、完治したそうだ。目以外。明後日までは、とりあえず入院することになったらしい。
明日は臨時休校だ。明後日からは、また始まる。その時身剣が登校できるかどうかは、わからない。
視力が回復したならば許可は出る。
敵がいつまでも口を割らなかったら。奪われた視力が戻ることがないとしたら。身剣は登校できない。それどころか。
考えたくはなかった。
情けない話だが。手放すのは惜しいと感じた。俺の目の届く場所に置いておきたい。と、思っているのかもしれない。
馬鹿馬鹿しすぎる。考えるのはやめた。
会した敵について思い返す。脳無と呼ばれた敵。身剣に切り落とされた右腕が再生した。その後、轟に凍らされた腕も。落ちてから、再生したそうだ。嫌に強力だった。普通の人間ではない。
関連して、身剣の怒鳴り声が脳裏に過る。

『相澤先生!死んだら、殺しますよ!!』

平生の声音では、なかった。普段は平坦だ。淡々と抑揚のない声を出す。
あの時ばかりはそうもいかなかったらしい。
怒鳴っていた。身剣の怒鳴り声は初めて聞いた。悲痛な声だった。俺の命を惜しんでいた。
しかし、台詞がおかしい。もう少し可愛いことは言えないのだろうか。
死なないで。とか言えよ。と思う。
殺しますよ。は、可愛くない。今考えてみると。ふざけんなと思う。いや。そもそも、あいつに可愛げなど求めていないが。
調子が狂う。今日の身剣は強烈だった。意識に残っている。
他の生徒と同じように、ワープさせられ敵と対峙した身剣は、運が悪かった。言ってしまえばそれに尽きる。
どうにかしてやりたい。という思いは強くある。だがどうにもできない、俺には。術がない。
イライラする。視力。人間はそれに頼っている。多くを。
手の施しようがない。敵が口を割らない限り、タネも仕掛けもわからない。
失った視力を取り戻せるのなら。それが最善だ。
そうでない場合のことは、まだ。考えたくはない。

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