36

記憶が途絶えていた。
気づいたら、すごく静かな場所にいた。音がない。
わたしは寝ていたのかもしれない。意識は浮上したのに、何も見えなかった。目の前は黒い。
目は、多分開けている。そう思う。本当は瞑っているのかも知れない。よくわからなかった。
死んだのかな、と思った。
意識はあるのに何も見えない。目を開けているはずなのに真っ暗だ。ただ、ひとつだけ音が聞こえる。カチコチと。時計の秒針の音だと思う。
ここはどこだ。記憶がある。最後は、透ちゃんと手を繋いで歩いた。出口を見つけて、土砂ゾーンの建物から出た。しばらく歩いた。透ちゃんは泣いていた。ずっと。泣きながら声をかけてくれた。たくさん。

「段差があるよ」
「左側に木があるから、気をつけて」
「右に曲がるよ」
「ここ、溝がある。気をつけてね」

優しい声だった。鼻声だった。真っ黒の中を歩くのは怖かった。一歩踏み出したら崖なんじゃないかと何度も思った。ずっと浮いてるみたいだった。今も。
しばらく、歩いた。透ちゃんに手を引かれて。あたたかい手だった。柔らかくてドキドキした。
そこから覚えていない。ひどく、体が痛かったのは覚えている。
頭も痛かった。耳も。多分、わたしは気を失った。多分。
透ちゃんとメインゲートに戻る道中で。痛みに気が遠くなったのは、覚えてる。

わたしはどうなったのだろう?今、生きているのだろうか。息はしているつもりだ。
だとしたらどこにいるんだろう。ここは。外か?屋内か?何もわからない。
手を動かしてみた。何か、サラサラしたものがある。シーツみたいな。多分、ベッドか布団に寝ている。わたしは仰向けに寝ていた。
腰が痛い。鈍い痛みを帯びている。多分、生きているんだと思った。痛いのは証拠。生の。
助かったのかは、わからない。どんな状況かも、わからない。

『…あー。あー、あー。誰かー。いますかー。あーあーあー。ここはどこですかー。わたし生きてますかー。あー。あ!敵は。みんなは。どうなりましたかー。どこですかここはー。だーれーかー!ヘルプミー!!』

声が出た。生きていると思った。
とりあえず、声を出す。大声。敵に捕まったのだとしたら、どうしよう。監禁?違うか。状況がわからない。困る。怖い。
まばたきをしてみる。できているのか、わからなかった。
まぶたを動かしたつもりでも、真っ暗だ。何も変わらない。視界が黒い。黒いペンキに沈んだみたいだ。なんだそりゃ。我ながら意味のわからない例え。

「ここは、病院よ。あなたは生きてるわ」

体が硬直する。すぐ横から、声がした。
女の声だ。穏やかで優しい声。聞いたことがある。と思う。そんな気がした。
誰か、いる。隣に。敵、ではなさそう。

『誰ですか?名乗りたまえ。それが礼儀だ!あ。それよりも、そうか。名前を尋ねる前には。先に名乗るのが礼儀。わたしは、身剣柄叉。マイネーム・イズ、柄叉・身剣!気安くウンコとでも呼んでくれたまえ。それで。あ!そうだ。ここはどこか。病院?なんで、病院?ホスピタル?どうして。わたし、どうなった?なにがどうなって、病院に。みんなは?敵は?なんか腰イタイ』
「落ち着きなさい。私は、ミッドナイトよ」

ミッドナイトだった。確かに。ミッドナイトの声だ。多分。あんまり覚えては、ない。
ここは、病院らしい。ホスピタル。意味はわかる。病院にいて、そばにヒーローがいる。わたしは、助かったようだ。
やっと、安心する。でも。まだ早い。
いろいろと思い出した。
レスキュー訓練。USJ。敵。脳無。相澤先生。敵。オールマイト。
目が見えない。それが一番。不安。怖い。

『ミッドナイト。ミッドナイト、聞きたいことがあります。お願いです。教えてほしい。あの。たくさんあります。聞いていいですか?答えてくれますか?今、わたし。混乱しています。頭の中がパーリナイ!ここが、病院で。ミッドナイトがそこに。そばにいることしか、わからない。18禁ヒーロー。ミッドナイト。尋ねる許可を、ください!』
「いいわ。一つ一つ、答えるわよ」
『あの…ええと。相澤先生。相澤先生は?無事ですか?生きてますか?生きてますよね?相澤先生は、今。どこにいますか?相澤先生は、相澤消太先生です。イレイザーベッドです』
「ええ、生きてるわ。命に別状はないわよ。相澤くんも、ここにいるわ。部屋は違うけど、同じ病院にいる。手術を終えて、休んでるところよ」
『手術?それは、無事と言えますか?わたし、見ましたよ。この目でしかと。手が震えてきました。大丈夫ですか?相澤先生は、大丈夫なんですか。腕が、ぐしゃぐしゃになっていました。きっと粉々です。顔も血まみれでした。無事なんですか?それは、人間としてということじゃなくて。ヒーローとして。無事ですか?』
「……無事よ。両腕を粉砕骨折、顔面骨折。あと、眼窩底骨が粉々になっていたそうよ。眼に、後遺症が残る恐れがあるわ」

頭がガンガンした。衝撃的でよくわからない。後遺症。なんだそれ。どこが無事だ。無事じゃないじゃないか。
眼に、後遺症。そんなの困る。相澤先生の個性は目。そんなの無事じゃない。無事と言わない。恐れって何だ。支障が出る。今までのように個性を使えないかもしれない。
悔しい。悲しい。受け入れがたい。でも何もなかった。責めるものがない。八つ当たりできるものがない。
頭がぐわぐわする。湯立ったみたいだった。息がしづらい。

『みんなは。友達!みんな。無事ですか。透ちゃんは?わたしのこと救けてくれたんですよ。透ちゃんはスゴイ。透ちゃんがいなかったら、多分死にました。わたし。命の恩人!ありがとう透ちゃん。透ちゃんは、無事ですか。葉隠です。透ちゃん。怪我とか。何も、ないですか』
「葉隠さんね。無事よ。生徒は、緑谷って子が両足に重傷。あなたが目と腰と肩に重傷を負った。それ以外は、みんな無事。あなたと緑谷くん以外の19名は、全員軽傷で済んだわ。緑谷くんは、リカバリーガールの処置で済んだ。今はあなた以外は全員帰宅したわ」
『それは!よかった。緑谷くんは、アレかな?また個性で怪我を。まあ、いいや。それは。無事ならそれで。最善。安心しました。ふう。緊張してた。怖かったなぁ。敵。それにしたって、発音しづらいなぁ。ヴィ!ヴィランの、ヴィ。ビ、じゃダメなのか?ワガママだ』
「柄叉ちゃん。あなたは葉隠さんがスゴイっていうけど。あなたも十分、凄いわよ。よくやったわ。相澤くんのこと、救けようとしたんですってね。あなたは、凄いわよ」

凄くない。失敗だった。脳無と対峙したとき、相澤先生との約束を破った。
殺してはいけないのに。殺そうと思ってしまった。殺したかった。無理だったけど。力が足りなかった。
目はやっぱり見えない。暗闇にも慣れない。
シーツを撫でてみる。冷たい。

『13号は?オールマイトは?無事ですか?生きてますよね。二人とも。13号が吸い込まれてた。わたし見ました。ブラックホールに。吸い込まれて、大丈夫かな。オールマイトは、来たんですか?見てないです。いませんでした。遅刻してきましたか?平気ですか?』
「ええ、二人とも無事よ。13号もこの病院にいるわ。背中の裂傷が酷いけど、命に別状はなし。オールマイトは、遅れたけど駆けつけたわよ。彼は、リカバリーガールの治療を受けて済んだわ」
『はー。よかった!みんな、無事でしたか。安心しました!安らぎます。心が。なーんだ。よかった、よかった。みんな、強いなあ。尊敬する。ところで。ミッドナイト、今は何時ですか?そういえば。わたし寝てましたね。よく寝ました』
「あなた、自分のことは。聞かないの?体、痛いでしょう。目が、見えないでしょう?」

ミッドナイトは質問に答えてくれなくなった。悲痛な声だ。耐え難い。
声のする方に顔を向けてみる。首が痛んだ。見えない。誰もいない。それどころか。明暗さえわからない。

「柄叉ちゃんは、葉隠さんとメインゲートに戻っている時に気を失ったのよ。痛みをずっと我慢していたんでしょう。あなたの腰、歩ける状態じゃなかったのよ。気を失ったあなたを、葉隠さんが抱きかかえて来たわ。あの子泣いてた。階段をのぼりながらね。あなたの目が見えなくなったって。それから、柄叉ちゃんは病院に搬送されたのよ。相澤くんと13号と一緒に」

大体は思った通りだった。
ぼんやりする。頭の中が片付かない。片付けは得意じゃない。
みんな助かった。よかった。きっとオールマイトが救けてくれたんだろう。
殺されなくてよかった。平和の象徴。敵の計画は失敗。捕まっただろうか。敵は。逮捕されたのなら。安心だけども。
透ちゃんには。彼女には、迷惑をかけてしまった。申し訳ない。わたしを抱きかかえるなんて。重かっただろうな。次に会ったら。透ちゃんを抱っこしよう。お返しに。
びくり。手が震える。
とつぜん、おでこに何かが当たった。体温がある。人の指だ。ミッドナイトが触っているのかもしれない。今。わたしが認識できる人間は、ミッドナイトしかいない。
前髪を横に分けられた。多分。そんな感覚だった。感覚でしか測れない。

「あなたの、目ね。原因がわからないの。敵の個性でしょう。今、警察が取り調べをしてるんだけど…未だに口を割らなくてね。あなたの視力を奪った敵」

ミッドナイトの声は優しい。穏やかで艶がある。目が見えないと、他が過敏になるのかもしれない。音が良く聞こえる。カチコチ。どこかから時計の音。怖いくらいに。うるさい。時計の音が煩わしい。

『じゃあ。このままですか、ずっと。わたしの目は、見えないまま。この先も。視力は戻らないんでしょうか。盲目ですか。それは、困りますね。すごく。あんまり現実味がないです。嘘ですか?違いますね。わかります。それは。情報が多すぎました。処理しきれません。受け入れ作業、難航してます』
「…わからないわ。敵が個性について明かさない以上……」
『この部屋は、明るいですか?暗いですか?わたしには、真っ暗です。真っ黒。明かりがほしいところです。まっくーろくーろすーけ、でーておーいでー。でーないーとめーだまーをほーじくーるぞー!みたいな、気分です』

左腕を動かすと、少し痛みが走った。鋭い痛みだ。針でも刺さってるのかもしれない。点滴だろうか?病院であるし、あり得る。
土砂ゾーンで対峙した敵のことを思い出した。金髪だった。わたしの視力を奪った敵。返して欲しい。あの、青い目を見ただけだ。それだけだ。返せ。
見えないと困る。もう気力がなくなってきた。困った。困り果てた。

「取り調べは、続いてるわ。情報を吐くまで、厳しい尋問が続く。絶対に、吐かせるから。柄叉ちゃんの視力は絶対に、戻ってくるからね」

ミッドナイトの声は上手いこと聞き取れなかった。いらなかった。
気休めは。それは、欲しくない。欲しいのは目。明かり。わたしの視力だ。あれは、両親からもらったものだ。生まれた瞬間か、少し後に。無条件に。
それを奪うなんて酷いことをする。あの敵は知っているのだろうか。暗闇が怖いことを。わたしは知らなかった。こうなるまでは。無知でした。
なんだか変な気分だ。ここにいる感じがしない。病院のベッドにいるのに。その実感がない。
痛みだけだ。腰が痛い。肩も痛い。全身痛い。痛いのは、いい。どうでも。そんなもんだ。戦うことは痛い。知っている。
目じゃなくて鼻がよかった。嗅覚ならマシだった。匂いに執着はない。考えても無駄だ。馬鹿らしい。やめる。メンドクサイ。
眠気がまだあった。眠たい。もう寝ようと思った。多分、夢の中では。
夢の中でなら、目は見えるだろう。

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