35

失敗した。殺せなかった。倒せなかった。殺したかった。敵は、化け物だった。ヒトじゃない。人間じゃない。脳無と呼ばれた敵。右腕を斬り落とした。飛んで行った。脇から、肩から、斬ったのに。
生えてきた。再生の個性?早かった。強かった。硬かった。
相澤先生を救ける事はできなかった。愚かすぎる。どうしよう。相澤先生が死んでしまう。脳無は化け物。相澤先生は、勝てない。
まだ、息はあった。肩に触れた。腕を掴んだ。
相澤先生は、わずかに顔を上げた。黒い目で、わたしを捉えた。

「身剣、逃げろ」

ひどく掠れていた。わたしを見て、呟いた相澤先生の声は。
逃げろ。そう言われた。救けたかったのに。及ばなかった。
わたしの目を見つめた相澤先生の目。真っ赤だった。充血して。顔は血まみれだった。一言だけ、呟いた。
逃げろと。わたしに逃げて欲しかったらしい。嫌だ。
なのに。肩に触ったのに。腕を掴んだのに。

気がつけば空中だった。わたしは浮いていた。
黒いモヤに包まれたのだと思い出した。その瞬間に、わたしの体は落ちた。地面へと真っ逆さまだった。
地面は、土砂だった。広い場所だった。土砂で埋め尽くされた、室内だった。

『うっ!!』

痛い。腰と肩に激痛が走った。落ちたのだった。地面に叩きつけられた。
土煙に包まれる。痛くてたまらない。
でも。立たないと。

『……土砂。建物…倒壊。土砂災害…の施設……』

一人で呟いて、体を起こした。痛い。けどいい。今は。痛くていい。早く戻らないと。
相澤先生が、死んでしまう。

多分、わたしは土砂災害の施設にワープさせられたのだと思う。
広い体育館みたいな屋内。地面には土砂。見渡す限りの土砂。そして周りには倒壊した建物と、崩れた木々。
土砂ゾーンだ。
目を凝らす。遠くに、何か氷のようなものが見えた。
氷。変だ。誰かがいる。氷の個性の誰かが。声も聞こえる気がする。いや、しないか?耳が、変だ。
氷の個性。考え付くのは轟くんだった。轟くんがいるのかもしれない。もしくは、いたのかも。多分彼もワープさせられていた。
ここに送り込まれたのだとしたら。あれは、轟くんが戦った跡。

「お?まだいんじゃねーか、生徒」

はっとする。立ち上がった瞬間に、背後で声がした。
振り返ると、5人ほどの敵がいた。倒壊した建物から出てくる。全員男だった。耳鳴りがする。キイン。遠くで、刀のぶつかるような、音が。

「しかも女の子ときた…なんかボロッボロだけど、楽しませてもらいましょーかね」
「ガキだからって油断するな。って、言われてるだろ」
『いい判断。ところで。教えて欲しい。脳無とやらは。あの脳みそむき出しのバケモンは、何。あれは、ヒト?なんで生きてる。あれで。意味がわからない。アレの個性は何?怪力?再生?強すぎる。殺されてしまう。脳無について知ってますか。教えてください』
「脳無と戦ったのか?…んなわけねーか。見てたのかな?戦ったとしたら、生きてるはずねーもんな」

教えてくれる気はなさそうだった。
5人の敵はゆっくり近づいてくる。
わたしは、ボロッボロらしい。体を見下ろしてみる。確かに。着物は汚れていた。血の匂いがする。頭が変になりそう。
目の前がぼんやりする。地面に打ち付けた腰が痛い。

「さーてお嬢ちゃん。怨みはねーけど、言いつけだから。殺されてもら…ーーッ!?」
「オイーー…がっ!?」

殺してはいけない。
相澤先生と約束した。殺さない。
だから峰打にした。脳無には、刃を使ってしまった。けど。今度は間違えない。
峰で、男の頭を殴った。懐に入るのは容易だった。
隣に立っている男の腹に、左手の刀をぶつける。強く。
力がいる。マネキンとは訳が違う。人間は重い。殴り飛ばすのは容易じゃない。でも、力を入れた。
男二人は、地面に倒れた。気を失ったようだった。死んでいないか、心配になる。死んでいたとしたら。わたしは多分、咎められる。捕まるかもしれない。

「オイ!ガキ!!」
『……あ…!?』

呼ばれたので、倒そうと思った。
残った三人の男が一斉に突っ込んでくる。1人を、足で蹴り飛ばした。
その後ろにいた男。その男の目を見た瞬間、目が回った。
目の前がぐるぐるする。景色が回転する。気持ち悪い。

『…………』
「無口だな。叫べよ。気持ち悪いだろ?だんだん、目が見えなくなるぜ。嬉しいか?怖いか?視界が奪われて、満足に戦えるのかな?そんな、小さな体で」
『うるさい!!』

個性だ。この男の個性だとわかった。
目が見えなくなる?視力を奪う個性?困る。うるさい。耳が痛い。
まだ、目は見える。でも、回っている。
不自由だ。男が背後から襲ってくる。見えない。ぐるぐるする。
足を踏み出して、右手の刀を強く振った。背後の男めがけて。感覚だった。
がつん!刀に何か、重い感覚。男に当たったのだと分かる。
倒れたか?殺してしまった?生きてる?
目の前がぐるぐる回って、意味がわからない。
どんどん視界が暗くなっていく。今は昼だ。なのに目の前が薄暗い。

「じゃ…そろそろ、死ぬか?」

男の声がした。前か、右で。見えない。ああ、死ぬのか。と思った。
多分、殺される。死にたくない死にたくないと思っていた。けど。実際こうなると、まあいっか。と思った。
諦めてしまった。

「いっ…!?な、何だ!?」
「ぐあっ!!」

体が短く震える。驚愕した。
前で、何か音がした。男の叫び声もした。耳障りだった。
ドサドサ、何かが地面に落ちる音。何か。重いものだ。何かが地面に倒れた。人か?もう見えない。
わたしは生きている。今の所何もされていなかった。何も見えなくなったけど、何故か攻撃されていない。

「柄叉ちゃん!大丈夫!?」
『!…』

突然高い声がした。しかも、すぐ近くで。顔のすぐ近く。意味がわからない。
今までなかった声。女の声だ。
肩に誰かの手が乗った。驚く。思わず、右手から刀を出した。

『誰』
「私!透だよ、柄叉ちゃん!無事!?」
『……透ちゃん?』

透ちゃん、だった。
肩に触れている手が透ちゃんのものだとわかる。
なんだ。友達だった。
透ちゃんは、もしかして敵を倒したのだろうか。わたしが倒したのは三人。二人は確実。一人は不確か。
二人、敵が残っていた。さっきの音は、そいつらが倒れた音?
透明であるだけの透ちゃんがどうやって。

『救けてくれたの?透ちゃん。わたしのこと。敵、倒した?二人、いたよね。男の』
「うん!レンガが落ちてたから、それ武器にしたんだ。後ろからゆっくり近づいてね。気付かれる前に、殴っちゃった!もう敵はいないみたい」

安心する。それはまだ早いのに。
透ちゃんが救けてくれた。ありがたかった。透ちゃんがいなかったら死んでた。

『いつからいたの?ずっと?わたしは、今…ついさっき。ワープさせられたんだけど。モヤに。サイアク。どうしよう。透ちゃんは、いつから』
「ずっといたよ!みんながモヤにワープさせられた時に、私はここに落とされたの。轟くんも一緒だったんだけど、轟クッソ強くてね!一網打尽にして、さっき出て行っちゃった。多分、みんなのところに戻ったんだと思う」

やっぱり。轟くんがいたんだ。
透ちゃんの声は伸びている。きっと危機感が違う。轟くんが簡単に敵を倒したからだ。
すごい。強い。いいな。わたしももっと強かったら。ダメだ。羨むのはよくない。

「私も出ようと思って、出口探してたの。そしたら、柄叉ちゃんが敵と戦ってて、ビックリした!」
『わたしも。ビックリした。今もしてる。どうすればいいのか全く。わかんない。もうヒーローになれないかも』
「なんで!?柄叉ちゃん、強かったよ?ヒーローになれないわけ、ないよ。でも、途中からなんか、動きがおかしくなったよね?敵に何かされた?大丈夫?何かあるなら、言って!」

透ちゃんに肩を掴まれた。両方の肩を。
もうヒーローになれないかもしれない。敵の個性のことを失念していた。
わたしのミスだ。

『目が、見えない』
「え…?」
『何も見えない。真っ暗。敵の個性だと思う。金髪の敵と目が合った。その時目がおかしくなった。目が見えなくなるって言われた。ホントにそうだった。わたしが悪い。考えなしだった。今、視界ない。見えないって怖いな。透ちゃんのことは、もともと見えないけど』

さっきから真っ暗だ。昼のはずなのに。夜より暗かった。わたしだけ。
真っ黒だ。目の前が。揶揄じゃない。物理的に。何も見えない。光なんかない。目を瞑るよりも暗い。

『わたし今。目、開けてる?閉じてる?透ちゃんは、見える?』
「柄叉ちゃん!!」
『ん?何?』
「早く…早く、出よう!?誰か…助けが来てるかもしれない!先生が…リカバリーガールのとこ、行かなきゃ…!!歩ける!?手、繋いで!!」
『透ちゃんと、手を?ドキドキする。わたし、手を繋ぐなんて久しぶり。いいの?わたしの手、刃物出るよ?』
「いいから!!早く!!」

透ちゃんは、泣いてるみたいだった。息が荒くて、鼻声になってる。
左手を、強く掴まれた。あたたかさにビクリとする。あったかい。透ちゃんの手だ。
手を繋がれた。誰かと手を繋ぐのなんて久しぶりだった。おばあちゃんが死んで以来。
透ちゃんが、鼻をすする。ずっ、と。それが聞こえた。なんで泣いてるんだろう。悲しいのだろうか。
手を繋がれたまま、引っ張られる。
出口へ向かうのだろう。怖いなと思った。
何も見えない。真っ暗で真っ黒。足がすくむ。暗闇を怖いと思ったのは初めてだった。そうか。目が見えないと怖いのか。
見えない。見ていたものがなくなった。わたしは。
ヒーローに、なれなくなったのかもしれない。

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