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「身剣さん!?」

気付いたら、目の前に不気味な敵がいた。巨大で、脳みそが露出した。目も飛び出ている。
その下に、相澤先生がいる。倒されている。腕を、ぐしゃぐしゃにされている。握りつぶされて、おかしな方向に曲がっている。
緑谷くんの声は後ろで聞こえた。
構うことはない。無理だった。意識は目の前の光景のみ。頭が、ひどく痛む。ガンガンして、目の前がチカチカした。


(緑谷視点)

命を救える訓練時間。僕らの前に、途方も無い悪意。敵が現れた。
水難ゾーンにワープさせられた僕と吹水さんと峰田くんは、敵を倒した。二人の個性があったおかげだった。
そして相澤先生が戦っている広場へと向かって、動けなくなった。
相澤先生が、巨大で気味の悪い敵に倒されている。腕をへし折られて、地面に叩きつけられている。相澤先生の上に乗る敵を、白髪の敵は、「脳無」と呼んだ。

「柄叉ちゃん…!?」

隣で吹水さんが呟いた。
はっとして顔を上げたら、驚愕する。
階段の上から、身剣さんが駆け下りてきた。身剣さんは、右手に刀を出して、一直線に脳無と相澤先生の元へ駆け寄る。

「身剣さん!?何してるんだ!!」

思わず叫んだ。遅かった。それに、身剣さんには聞こえてないようだった。
身剣さんは、真顔だった。いつもの微笑を打ち消している。それどころか、恐ろしい顔をしていた。
普段、曇っている灰色の瞳。その目が、脳無を捉えてギラギラと光っている。

「何だあのガキ……」

白髪の敵が苛立ったように呟いた。その直後、身剣さんは脳無に斬りかかる。
素早かった。読めない動きで、巨大な敵「脳無」の懐に入ると、何のためらいもなく、右手の刀を振り上げた。
銀色に輝く刀が、脳無の太すぎる腕を捉える。鋭い刃が、脇に直撃した。

鈍い、音がした。その瞬間に、脳無の右腕が吹っ飛んだ。
身剣さんの刀が、脳無の腕を根元から切断したのだ。
太すぎる腕が、宙に舞う。呆気に取られる僕らなんて意に介す様子のない身剣さんは、続けざまに脳無の首を狙った。

『っ!!』
「身剣さんっ!!」

ダメだ。レベルが違う。
ボトッ。そんな音を立てて、僕の目の前に、脳無の右腕が落ちた。地面に落下した。その、向こうで。
身剣さんの刀が、脳無の首を捉えることはなかった。
脳無が左手で、身剣さんを弾き飛ばそうとした。それを、身剣さんは咄嗟に避ける。
勝てるはずがない。身剣さんが殺されてしまう。それなのに、動けなかった。
身剣さんは、どれだけの勇気で。あの巨大で凶悪な敵に、立ち向かうのだろう。

身剣さんは、脳無の左手を避けてしゃがみ込んだ。その小さな左手が、相澤先生の肩に触れる。
彼女は、相澤先生を救けにきたんだ。それに気付いて、息ができなくなった。

「黒霧……アイツ…あのガキ、飛ばせ!」

白髪の敵が言った。思わず視線を向けると、白髪の敵の隣にはモヤの敵が立っていた。
黒霧と呼ばれた敵は、さっきゲート下で僕らをワープさせた敵だ。まさか13号はやられてしまったのか。みんなは!?
隣で、峰田くんが叫んだ。おぞましいものを見たかのように。

『ッ相澤先生!死んだら、殺しますよ!!』

身剣さんが、怒鳴った。
視線を向ける。ぎょっとした。
脳無の右腕が、生えてきた。身剣さんに付け根から斬り落とされた右腕が、肩からそのまま、ぐにゃぐにゃと。あり得ない。再生の個性か?
身剣さんは右手の刀で、脳無の足を狙った。左手は、相澤先生の腕を掴んでいる。
救け出すタイミングを探しているんだ。相澤先生は、意識があるのかわからない。けど、かすかに顔を上げた気がした。

「あのガキ…女…脳無の腕を斬り落とした。吹っ飛した…クソ……ッ…邪魔だ…さっさと飛ばせ!!」

白髪の敵が怒鳴る。黒霧と呼ばれた敵が、何かを言っている。聞き取れない。
次の瞬間、身剣さんを黒いモヤが包み込んだ。
脳無の生えてきた右手が、身剣さんを捉えようとしていたのが見えた。

「柄叉ちゃん!!」
「身剣…アイツ、何してんだよ…ヤベェよ……どこ行ったんだよ!!?」

吹水さんと峰田くんの叫び声が頭に響く。
身剣さんが消えた。
黒いモヤに包まれた直後。ワープさせられたんだ。どこかに飛ばされた。
残されたのは、相澤先生と脳無だった。
脳無が、再び相澤先生の上に乗る。
僕の手は、震えていた。視線を落とすと、太い腕。
身剣さんが斬り落とした脳無の右腕だけが、目の前に落ちていた。

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