33

13号のお小言は、ステキでありました。
ヒーローがどうあるべきか。個性がどうあるべきか。レスキューについて。
13号の個性。ブラックホール。如何なるものも吸い込んでチリにしてしまう。すごく、強い。使い勝手も。良いと言える。
しかし、と13号は言った。簡単に人を殺せる力。強力なそれを、どう人命のために活用するか?それを、今日学ぶ。
わたしの個性も、それだった。簡単に人を殺めることができる。13号のお小言を聞きながら、わたしが思ったのは相澤先生のお説教だった。

わたしたちの個性や力は、人を傷つけるためにあるのではない。13号の言葉に感動した。でも、共感できなかった。
わたしの個性は多分、人を傷つけることしかできない。斬るか、貫くしかない。救けられるのか。不安である。
でも、救けてみせる。自信はある。

「救ける為にあるのだと。心得て帰って下さいな」

個性と力の話だ。続き。
わたしたちの力は、人を救けるためにある。共感した。知っている。
それを今日、学ぶはずだった。

「そんじゃあ、まずは…」

エントランスを囲む低い鉄柵に手をついて、相澤先生が呟いた。
授業が始まるのだと思っていた。オールマイトは来ていないが。遅刻だろうか。頂けない。
相澤先生は言葉を切る。訝しげな顔で、背後に続く階段の下を見下ろした。

「一塊になって動くな!」

びくり。顔が強張る。
相澤先生は唐突に声を張り上げた。そんな大声、出せるんですか。そんなことを考えたわたしは、呑気だった。バカだった。
相澤先生は険しい顔をしている。ただならぬ、雰囲気だった。
13号に、「生徒を守れ」と厳しい声で命令する。相澤先生は身を翻した。

階段の下の、噴水のある広場。そこに、何か。黒いモヤのようなものが見えた。
切島くんが「何だアリャ」と声を上げる。正にそれだった。アレは何だ。何が起きているのかわからない。
わたしたち生徒の前に立つ相澤先生に目をやる。相澤先生は、黄色いゴーグルを目に装着していた。

「動くな あれは、敵だ!!」

耳を疑った。さっきからずっと相澤先生が、声を張り上げる意味がわかった。
階段の下。噴水のそばで、黒いモヤは大きくなっていく。その中から、突如人間が現れた。それも、多勢。ぞろぞろと、人がなだれ込んでくる。どう見ても。あれは、敵だった。
胸のあたりがバクンとした。心臓が跳ねた。胸騒ぎを覚える。そんなのは今更すぎる。
ゲート下の広場に、敵が現れた。多勢だ。声が、聞こえてくる。ひどく低い。敵の声だ。

「オールマイトがここにいるはずなのですが…」

低い声の敵は、雄英のカリキュラムを持っているらしい。漏れている。漏洩したから、敵が来た。
相澤先生が「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」と呟いた。それを聞いて、この間校門が破壊された事件を思い出す。マスコミが校内に侵入した。あれは、敵の手引きによるものだった。

怖い。と思った。
噴水の前に、顔や体に手をたくさん付けた人が立つ。手。数え切れない手をつけている。飾りかもしれない。その白髪の敵は、苛立っているみたいだった。
鳥肌が立つ。右手から刀を出そうとして、やめた。

「オールマイト…平和の象徴…いないなんて……」

顔が強張って、笑みが作れなくなってきた。相澤先生の髪が、ザワッと逆立つのが見える。

「ーー子供を殺せば、来るのかな?」

白髪の敵。手をたくさんつけたその人が言う。ひしひしと、悪意を感じた。
オールマイトが狙いのようだった。
今。わたしはどうすべきなのか。わからない。

「13号、避難開始!学校に連絡試せ!」

センサーの対策も頭にある敵。相澤先生が上鳴くんにも、連絡を試すように言う。
相澤先生は臨戦態勢だった。首の捕縛武器が重力に逆らってゆらめく。
わたしも行きたい。気持ちが逸る。サンダルが地面を擦った音が、やけに耳についた。

「先生は一人で戦うんですか!?」

緑谷くんが相澤先生に詰め寄った。ハッとする。階段の下に目をやった。たくさんの敵が、向かってきている。
緑谷くんがイレイザーヘッドの戦闘スタイルについて語るのを聞いた。相澤先生は、正面戦闘は不得手らしい。
うるさい。五感が過敏になっている。指先がざわざわした。緑谷くんの声が不快だった。

相澤先生が振り向く。
ゴーグルのせいで、目は見えない。赤くゆらめく瞳を見たいと思ったのに。

「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」

ゴーグルの黒いレンズ越しに、一瞬視線がぶつかった気がした。頭の後ろが寒くなる。一瞬だけだった。相澤先生の目がわたしを捉えたのは。
次の瞬間には、視界から消えた。
相澤先生は、イレイザーヘッドだった。教師としてヒーローとして。あの人は、わたしたちを護らなければならない。知っている。
でも。

勢いよく、エントランスから飛び降りた背中を追う。相澤先生は素早く、階段を下りていく。敵に向かって、落ちていくみたいに。

「身剣さんダメだ!戻って。行かせられない!戻りなさい!!」

階段を下りようと思った。エントランスの端に立ったわたしを、13号が咎める。
足を止めて振り返った。行ってはダメだ。わかる。生徒だからだ。多分、わたしが行ったら死ぬ。シャレにならない。
みんなは、避難しようとしている。駆け足でゲートへ向かっている。相澤先生を置いて。行かないといけないのは、わたしもわかってる。でも意味がわからない。頭の中がぐるぐるする。
階段の下からは、戦闘している音が聞こえてきた。相澤先生が戦っている。
のに。

「させませんよ」

後ろから低い声が聞こえた。振り返ると、黒いモヤがいた。避難するみんなの行く手を阻むように広がっている。
ぞっとする。あれは何なんだと。
黒いモヤは自己紹介を始めた。ゆらゆらと形を変えながら。敵連合だと言う。ヴィラン連合。
そいつらは、オールマイトを殺すのだと。言ってのけた。
平和の象徴を殺す。息絶えて欲しいそうだ。そんなワガママはいけない。アレがいなくなったらダメだ。なんてことを言う。
喋るモヤは、ゆらっと形を変えた。不規則に広がって、クラスメイトを囲みこむ。

「私の役目はこれ………生徒といえど優秀な金の卵。散らして、嬲り殺す」

地を這うような声だ。悪い意味で。
広がるモヤは、爆豪くんと切島くんの攻撃をものともせずに。大きく広がって、みんなを包んだ。
目の前まで、黒いモヤが届く。触れたらダメだ。これは攻撃。わたしは自衛するしかなかった。殺されるわけにはいかない。嬲られるのも、ごめんだ。

「皆!!」

地面を蹴って階段を数段降りる。身を縮めると、モヤに包まれる誰かが叫んだのが聞こえた。
モヤから逃れることは、できた。階段に膝をつきながら、下を見る。広場で相澤先生が戦っている。
たくさんの敵。強い。きっと負けない。イレイザーヘッドは、ヒーローだ。ヒーローは敵に、負けない。

「柄叉ちゃん!平気!?」

立ち上がると、お茶子ちゃんが駆け寄ってきた。答える余裕はない。エントランスに上がると、奥にモヤがいた。クラスメイトは半数以上が、いなくなっていた。どうして。何故いなくなった?モヤに包まれたからだ。あのモヤが、クラスメイトをどこかへやった。
散らす。そう言った。あの敵は。

「物理攻撃無効でワープって…!」

最悪の個性。だと、瀬呂くんが言う。物理攻撃は無効で、ワープの個性。理解した。今、わたしは取り乱しているようだった。思考が変だ。追いつかない。
身の置き方がわからない。できれば戦いたい。下には、たくさん敵がいる。相澤先生一人では、厳しいのではないか。いくら強くても。相澤先生は個性を長時間使えない。どうすべきだ。わたしは。役に立つのか。きっと邪魔になる。
相澤先生の視界に入ったら、刀が出なくなってしまう。上手く立ち回る自信がない。でも。

『でも…あー、あー…でも。どうしよう。モヤ…モヤを片付けないと。始末しないと。でも。でも、無効だ。モヤは斬れない。なんで?煙か?ふざけんな。どこやった?みんなは…そうだ。透ちゃん…透ちゃんは、どこ。ここにいる?いたらダメだ。近くにいたら。見えない。見えないと危ない。間違って斬ってしまう…いや。オールマイトだ。オールマイトが目的だった。オールマイト…なんで殺す?意味不明。何?オールマイトを殺すというのは…簡単じゃない。どうやって。可能性がある?あるから、来たのか。オールマイトを殺す方法…算段がある。見縊ってる。オールマイトを殺す…ということは。それなら、他も殺す?』

なら散らされたみんなも。相澤先生も。殺されるのか。
目がぼやける。周りの声が遠くに聞こえる。そのくせ、うるさい。黙って欲しい。メトロノームが欲しい。うるさい。
何もできない。今。わたしは何もしていない。
どこかにワープさせられたみんなは何をしている?戦っているのか。散らして殺す。ということは、飛ばした先に敵がいるのだろう。困る。それは。友達を殺されたくない。
いきなり何なんだ。夢みたいだ。現実か。今、何をすべきか?それがわからない。
逃げるべき?できるのかそれは。
戦うべき?きっと邪魔になる。敵わないかもしれない。適ったとしても。誰かを殺してしまうかもしれない。

「先生!!」

はっとした。
前方で、三奈ちゃんが叫んだ。顔を上げる。
13号がブラックホールに吸い込まれていた。体が冷たくなる。すっと血が引いた。
何故13号は自分の個性に吸い込まれているんだ。ワープゲートか。モヤの個性で。13号は、背中からブラックホールに吸い込まれていく。

「飯田ァ走れって!!」

砂藤くんが怒鳴った。

「くそう!!」

飯田くんが身を翻る。すごい勢いで走っていく。助けを呼びに行くのだとわかった。
モヤが、飯田くんを追いかける。
ダメだ。ここにいては。何もできない。

「柄叉ちゃん!?」

身を翻した。後ろで、お茶子ちゃんが叫ぶ。振り返れなかった。
階段へと走る。足が重い。サンダルの音がうるさい!血の匂いがする。
エントランスの端から、階下の広場を見下ろした。

相澤先生が、大きな敵の下にいる。地面に、倒されていた。

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