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「何やってんだい…全く。授業が始まる前から、怪我してんじゃないよ。課外でトレーニングするのは、まあいい。でもアンタらね。加減ってもんを、知らないのかい?アホだよ。しかもアンタ…また顔じゃないか。イレイザーがやったの?それ」

相澤先生に保健室に連れてこられた。いいと言ったのに。結構です!と。しかし。引っ張って、連行された。
椅子に座るなり、リカバリーガールのお説教を食らう。妙齢の保健室のヒーローは、呆れた顔をしている。

『いいえ!リカバリーガール殿。断じて、違いますぞ!これは、相澤先生の仕業ではないです。転んだときに、運悪く。電柱に、ホッペをぶつけました!そういう、次第にござる。相澤先生は、優しかったですよ!安心してください。一発も、殴られておりませぬ。もちろん、蹴られてもないでごわす!弾き飛ばされたり、押し倒されたりはしましたが。いやあ。やっぱり、お強かった。敵いませんよ。ハイ!相澤先生は、防衛のみでした。攻撃では、なかったです!』
「ハア…」

右手を掲げて宣言したら、大きなためいきを吐かれた。リカバリーガールは、お疲れの様子。
わたしの背後に立つ相澤先生も、小さくため息を吐いた。こっちもか!大人は、疲れるみたいだ。

さっきまで、相澤先生とトレーニングをしていた。刀を使ってはいけないという、内容。ただの、手合わせ。学ぶことは、多かった。
取っ組み合いの末、わたしは一発お見舞いすることに成功した。相澤先生に、だ。一発食らわせたら、わたしの勝ち。というルールだったので、この勝負はわたしの勝利!
勝ったわたしの方が、ボロボロであるが。相澤先生は、容赦なかった。壁に押し付けられたり、地面に押し倒されたり、両腕を掴まれて突き飛ばされたり、持ち上げられたり、投げ飛ばされたりした。もう、ボロボロ。体操服は、汚れすぎた。ばっちい。ので、制服に着替えてきた。
怪我も、それなりに。だが、収穫は確実にあった!ありがたい限りだ。
相澤先生も、怪我をしている。わたし程ではないが。

『聞いてください!あのね。おばあちゃん。あ、違う。間違えました。失敬。でも、聞いてほしい。リッスン!リカバリーガール!!』
「ハイハイ…なんだい、落ち着きな」
『わたし、勝ちましたよ!このお方に。相澤消太先生に!イレイザーヘッドに!多大なる、ハンデを貰っていたので。正々堂々、ではなかったです。が!しかし。ルール上では!わたしの、勝ちです。勝利です!!一発。一発だけ、お見舞いしました!くー。嬉しい。一発しか。一発しか、当てることは出来ませんでしたが。でもね。そういう、ルールだったんですよ。一発でも当てれば、問答無用でわたしの勝ち!という、決まりでした。言い出しっぺは、相澤先生です。いい気分!聞いてますか?聞いてくれ。最後に。最後の最後で、相澤先生の横っ面にパンチしてやりました!グーパン!わたしの右手の拳が、相澤先生の左のホッペにクリーンヒット!!はあ。興奮します。ちょっと、忍びないですが。勝てて、嬉しかった!』
「それは、よかったね。すごいことだ。アンタに殴られて、担任は頬を真っ赤に腫らしてるけどね。アンタ、強いみたいだね。あれは、痛そうだよ」

すぐ向かいに座るリカバリーガールが、わたしの背後を指差す。
振り返ると、左頬を真っ赤に腫れされた相澤先生と目が合った。
慌てる。忘れていた。割と本気の力で、殴ってしまったのだった。
立ち上がると、椅子がガタンと鳴った。

『相澤先生!だ…大丈夫ですか!?忘れてました。申し訳ないです!あああ…これは。痛そうだ…ゴメンナサイ!嫁入り…ではなく。婿入り前の、相澤先生のホッペをパンチしてしまって。申し訳ございませんでした!!大丈夫ですか?痛いですね。かわいそうに…歯は、無事ですか!?骨は!折れてませんか!!そうだ。リカバリーガール!早く、チューしてあげてください。麗しき担任の頬に!さあ。治療を。チューして、治してあげておくれやす!!』
「うるせえ。触るな、痛えんだよ」

パンパン。相澤先生の頬は、パンパンだ。しかも、アツイ。熱を持っている。これは、よくない。
相澤先生の頬をペタペタ触っていたら、腕を掴まれた。がしりと。手首を、軽めに。相澤先生は、顔を顰めている。

「担任も、治してやるから。まずは、アンタからね。ほら、座りな。イレイザーも、可愛い生徒に殴られて満更でもないさ」
『殴られて満更でもない!とは。それは、ヤバイですよ!相澤先生。それは、おかしいですよ。殴られて、よろこびを感じるとは。それは、ヘンです!マゾですか!相澤先生は、マゾヒストであらせられますか!』
「しばくぞ」

嫌です!閉口する。
さっき演習場の電柱にぶつけて怪我をした頬に、リカバリーガールの唇が近づいてくる。何度か、彼女の治療は受けている。この瞬間には、いつまでも慣れそうにない。
ブスッと、唇を刺された。頬に。うわあ。やっぱりこの感じは、嫌だな。
じわじわと、傷が癒えていく。細胞が活性化。そのおかげで、疲労感に襲われる。彼女の個性を使うまでもない怪我には、消毒液やガーゼ、包帯なんかで処置された。
腕に包帯を巻かれる。邪魔だ。
頬に触ってみる。さっきまで痛かったそこには、もう傷はなかった。綺麗さっぱり、治っている。

「次、イレイザーヘッドね。座りな」
「俺はいいです」
『よくない!相澤先生。全く貴方って人は。よくないですよ!全くもう。ほら。座るのです。お座りになって!俺はいい…じゃないですよ。よくない。よくねーよ!早く。座って。シットダウン!ワガママ、言わないの。治してもらうべきです。リカバリーガール殿に。チューしてもらってください!はい、ほら。座った!リカバリーガール、今ですぞ!わたしが相澤消太殿を、押さえ込んでいる間に!もう、やんちゃなんだから!この隙に。チューしてあげてください!!』

嫌がる相澤先生を無理やり椅子に座らせた。立ち上がって背後に回ると、相澤先生は思いの外簡単に座ってくれた。
捕縛武器が巻かれた肩を押さえる。ため息を吐かれた。

「身剣、寝てろ。HRまで30分はある…休んでろ。俺が教室に行くときに、起こしてやるから」
『アイム、スリーピング?イェア!オーケーオーケー!スリーピン!レッツゴー、スリーピン!』
「ああ、寝ろ」

リカバリーガールの治療は、疲労を伴う。それを短い間でも癒せという事だろう。30分では、たかが知れているけれど。素直に従う。
リカバリーガールが奥のベッドを指差すので、相澤先生から離れてベッドに腰掛けた。上履きを脱ぐ。
今日は、朝ごはんはまだ食べていない。後で、食べよう。朝のHRが終わったら。一限目が始まる前の休み時間を利用して、急いで食べよう。お腹が減って授業に集中できないと、困る。

『相澤先生、リカバリーガール殿!わたしは、眠ります。仮眠を取ります!では、そゆことで。おやすみなさーい』
「ブレザーくらい、脱ぎな!皺になるよ、アンタ」
『ええ…めんどいです。メンドクサイ!でも、そうですね。シワシワになって、クリーニングのお世話になるくらいなら。今、脱ぐしかないです!助言、感謝します』

リカバリーガールの助言通り、ブレザーを脱ぐ。軽く畳んで、ベッドの端に掛けた。そして寝転ぶ。
めくれるスカートを整えて、掛け布団に潜り込んだ。ふう。息を吐くと、眠気に襲われる。
サラサラのシーツに頬を預けて、目を閉じた。
寝るときは、体の右側が下だ。視線の先には相澤先生とリカバリーガールがいた。
目を閉じる前、相澤先生のぼんやりした目を捉えた。長い前髪の隙間から覗くその目。その目は、真っ黒だった。穴、みたいに。

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