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カタカタカタカタ。ミシンの音が家庭科室内に広がる。
相澤先生が棚から持ってきた白い布。タオル生地のそれを、カタカタと雑巾にしていく。簡単な話。端と真ん中をミシンで縫い付けていくだけ。雑巾の作り方は、小学校や中学校で習う。
カタカタ。最新型だろうか。新しくて綺麗なミシンは、使いやすい。
相澤先生は、広い机の向こう側。わたしの向かいに腰掛けて、何かの書類を読んでいる。たまに、ボールペンで書き込みながら。

『10枚目です!いっちょあがり!』
「いちいち、報告はいらん」
『了解の至り!して、相澤先生。疑問に思うのですが、よいですか!質問は。問いかける許可をください!』
「何だ」
『ハイ。雑巾ですが。こんなにたくさん、何に使うのですか。雑巾は、掃除に使うというのは分かっていますよ!もう。そこまで、考えなしじゃないです。相澤先生が思うほど、わたしはバカじゃないですよ!多分。だって、先生。100枚も。100枚も、必要なのですか?しかも、一人で作るなんて。ビックリですよ。考えてみれば』
「普通は、生徒一人に任せる事はない。100枚である理由は、学校全体で使うからだ。本来なら、美化委員が手分けしてやる仕事だった。それを、俺が請け負った。おまえの罰則に使えると思ってな。普通、嫌がるだろ。100枚も雑巾作んのは。んなモンを嬉々としてやるとは、流石に予想外だった」

なるほど。この雑巾作りは、相澤先生がわたしの罰則のために、美化委員からかっぱらってきたのか。
確かに。面倒だ。だが、いい。こういう仕事は、好きです。
手先を使うのは。何かを作るのは、好み。
カタカタカタ。雑巾は、恙なく出来上がっていく。
縫って、切って、重ねて、縫う。繰り返しだ。集中すると、楽しい。
白いタオル生地に白い糸。ミシン縫いならば、わりかし頑丈。わたしの生み出した雑巾が、雄英をキレイにするのか。それはいい。貢献と言える。

「手際が良いな。思ったより、早く終わりそうだ」
『褒めてくれるんですか?相澤先生が!そんな。嬉しいです!相澤先生は、褒めてくださる人なのですね?知りませんでした。もしかして、飴と鞭ですか。これは、飴!うわお。相澤先生、やるう!見事に。手のひらの上で、踊らされます。頑張りますよ、わたし!褒められるのは、とても嬉しい。ご褒美です!俄然、燃えます!頑張るぞー。おー!!』
「手は、縫うなよ」

もちろん。手を縫ったら、絶対痛い。気をつけましょう。
ミシンの針が、タオル生地に入ったり出たり。糸を縫い付けていく。気持ちいい。タオル生地は柔らかくて、縫いやすい。イイネ!楽しいです。
カタカタ。カタカタ。スピードに慣れたので、一つ上の速度にスイッチを動かす。スピードアップ。ういんういんと、ミシンは高速で動いている。

『お腹すいた。相澤先生。わたし、お腹が空きました。お昼にお弁当は、ちゃんと食べましたよ!しかし、減った。今日の晩ご飯は、何にしよう。ブリが残ってるから、ブリ大根にでもしようかな。そうしよう。おいしそう。付け合わせは、ほうれん草の白和えですよ。わたしは胡麻和えより、白和え派です!相澤先生は、どっち派ですか?イメージとしては。生食ですかね。調理するの、お嫌いでしょう!面倒だからって、ほうれん草を生で食べちゃダメですよ。アクがあります!くー。やだなあ。想像すると、喉の下が気持ち悪くなってくる。茹でて、食べましょうね。相澤先生!』
「俺は料理はしない。胡麻和えと白和えも、どっちでもいい」
『えー。どっちでもいいなんて。愛が足りませんよ!それは。ほうれん草に失礼です。かわいそうな、ほうれん草くん。あいつは、体にいいのに。にんじんと一緒に白和えにすると、絶品なのに。はあ。お腹へった。お腹が減って、力が出ない。ジャームおーじさーん!!』
「ほら。コレやるから、作業を進めろ」

休憩のつもりだった。ぐでーんと机に突っ伏すと、相澤先生はポケットからゼリー飲料を取り出して、こっちに投げてくる。
机の上をスライドして、わたしの腕に当たったゼリー飲料。相澤先生の主食。それを、くれるらしい。
手に取る。ぬるいな。でも、ありがたい。お腹が減っては、ナントヤラ。

『お恵みですね!ありがたく頂戴します。相澤先生、ありがとうございます。わーい。お腹を満たして、雑巾作りに励むぞー!おやつおやつ。おやつにしては、味気ないけど。けど、ゼリー飲料。嫌いじゃないです。好きですよ!では、実食。いただきまーす!』

細くて小さいキャップを回して、開ける。マスカットの香り。いい匂いだ。ウォーターオンゼリー。味は、中々好きである。あまり買うことはないが。たまーに、風邪をひいたときなんかには重宝する。
プラスチックの飲み口を咥える。お向かいの相澤先生も、同じゼリー飲料をもう一つ取り出した。この人…何個、持ち歩いてるんだ!相澤先生のポケットは、四次元ポケットですか。
ちゅるちゅる。吸うと、柔らかいゼリーが口に入ってくる。

『美味しいですね。なかなか。マスカット味!いいお味です。食感も、なかなか。喉越しが良いです。しかし、ぬるいな。これは、相澤先生の体温に温められたに違いない!ポッケに入れられて。ぬるーくなってます。まあ。気にしませんよ。わたしは!冷たいものよりは、常温のものの方が、体には良いですもの。体が冷やされるのは、よくない。まあ。とは言いつつも、アイスなんかの氷菓は、大好きですが。お腹が、満たされます!簡易的な食事にしては。満足のいく味。でも。人工甘味料は、いただけない。人工的な甘ったるさ!これは、不健康です。不健康に尽きる。相澤先生も、たまには。まともなご飯、食べたらいかがてしょう!恋しくなりませんか。家庭の味とか!お母さんの味とか。おふくろの味!』
「ならねえな。如何に時間と手間を省くかに、重きを置いてる。コレはそれを含む。合理的だ」

ゼリー飲料片手に、相澤先生は言う。その顔色は、良いとは言えない。目の下にはクマ。
相澤先生が、パキンとキャップを外してゼリー飲料をすすり出した。ヂュッ!一瞬で、吸われた。すげえ。吸引力の変わらない、ただひとつの相澤先生!


「身剣。かご、貸せ」

雑巾を100枚作り終える頃には、外は暗くなっていた。7限目を終えた後から作り出したので、当然なり。
100枚。わたしは、やり遂げた。わりと、簡単に。コンプリートした。
出来上がった雑巾をカゴに入れて、相澤先生と職員室に戻った。貸せ。と言うので、こっちに伸びてきた相澤先生の手にカゴの持ち手を渡した。

「すっかり暗くなったな。おまえが、途中で雑巾に刺繍したりしなけりゃ。もっと早く、帰れたんだがな」
『遊び心ですよ!雑巾に、”もっと絞って!”って刺繍してあったら、ステキな気分になれますから。嫌々掃除してた人も、頑張ろう!って。意気込むことが可能。メッセージとは、それほどまでに。強い力があるのですよ!』

誇らしげだ。そんな、気分。
100枚のうち20枚ほどには、わたしが特製のメッセージを刺繍しておいた。”もっと絞って!”とか。”いつもお掃除ありがとう!”とか。”壁は乗り越えるためにある。プルスウルトラ!”とか。プルスウルトラは、略してプルトラである。

「帰るぞ。送ってやる」
『ええ。そんな。結構です!面倒くさがり屋さんの、相澤先生の手を煩わせるわけには!いきませんよ、そんな。わたしなら、平気ですので。一人で、帰れますよ!いつもは歩いて帰るんですが。もう暗いので、バスにします。今ならまだ、バスありますし。なので!相澤先生が送ってくださる必要は、ナイです。皆無です!』
「なら、バス停まで送る。下校時刻はとっくに過ぎてんだ。一人で返す訳にはいかない」

相澤先生は。案外、頑固である。たまに。多分、下校時刻を過ぎて生徒が一人帰路につき、そこで何かあったら困るのだろう。正直、わたしに不安はないが。変な人がいたら、返り討ちにしてくれる。自信はある。が。何かあって、責められるのは相澤先生だ。それは、困る。なら、送られよう。素直に。
職員室から出て行く黒づくめの猫背。その後を追って、わたしも廊下に出た。

『夜だ。相澤先生!見てあれ。夜空を。星がキレイですね!』
「おまえには、何が見えてんだ。星なんか、出てねえよ」
『あ、ホントだ!あれは、飛行機でした。飛行機が、ピカピカ光ってるだけか。ザンネン。ロマンチックだったのに。ロマンスな気分だったのに!クソ!飛行機め。わたしのセンチメンタルを返せ!!』
「前見て歩け、アホ。転ぶぞ」

夜道は、暗い。学校の外を、相澤先生と歩くのは新鮮だ。
いつもの帰路が、別のもののよう。こんなに遅い時間にこの辺りを歩くのは、初めてであるし。
前から、車が来た。まばゆいライトに、思わず足を止める。眩し!これは、ハイビームか。車め。車のライトは、何故あんなにも明るい。
突然の光に、人間は弱い。目を左手で覆うと、右側から右腕を掴まれた。ビクリとする。
相澤先生しかいない。右側に居る相澤先生は、わたしの腕をぐいと引っ張って、位置を変えた。わたしを右側にして、自分は左側へ。大きな手が腕から離れて、息を吐く。
なるほど。相澤先生は、わたしを車から守ってくれた。というか、車道側を自分が歩くようにしたらしい。
眩しいライトの車は、相澤先生の向こうを走り抜けていく。ピカー。眩しいな。全く。
少し、脈が乱れている。不整脈。何故だ。トキメキというやつか。いや、違うか。

「眠そうだな。普段はこの時間、寝てんのか」
『眠くないですよ!大丈夫です。全く、眠気はないです。相澤先生の、見間違いに違いありません。それと!あと、普段のこの時間はですね。ご飯を食べてるか、お風呂に入ってるか、筋トレしてるか。ですよ。まだ、寝てはないです!寝るのは、もっと後です。そこまで、早寝じゃないですよ。わたしは、子供ですか!小学生ですか!いえ。高校生です。高校一年、15歳。身剣柄叉です!』
「休みの日は、何してる。まさか一日中トレーニングしてる、なんて言うなよ。言ったら、強制的に休ませるぞ」
『アハハ!ご冗談を。相澤先生は、おもしろいですね。一日中トレーニングなんて!そんなこと、しませんよ。休日はですね!正直に言えば、昼まで寝てます。これは、良くないです。良くないと知ってます!が。寝るのが、好きなので。週に一回。休日だけは、昼まで寝ます。起きたら、ランニングに出かけます。しばらく走って帰って、ご飯食べて。筋トレして、素振りとか。簡単に、鍛錬してます。丸太斬りとかです。庭で!それであとは、テキトーです。買い物行って、本読んで、ご飯作って、食べて、テレビ見て、軽く筋トレして、お風呂入って、ストレッチ!そして、寝ます。大抵は、こうです。わたしの休日のスケジュールは。ザッと、こんなもんです!』
「ストイックだな。呆れる」
『だって先生!これくらいやらないと。最低限ですよ!体力がもっとあれば、それこそ。一日中、鍛錬していたいくらいです。だって、ほら。わたしは女なので。生まれながらにして、女というハンデを抱えているわけですよ!ハンデの具合は、個性にも左右されるわけですが。個人差もございますが。例えば。男性と女性が同じだけ鍛錬を積んでも、やっぱり結果は同じじゃない。身体的には、やはり!男性の方が優れているわけです。基本的には。男の方が、体が大きくて、力が強い。それが羨ましいったら!ないですよ!いいなあ。わたしも、身長が180センチとか。あったらなあ。筋肉ムッキムキで!しかし、アレですよね。男になりたいわけではないです!女という性を、捨てきれないわけです。女性的なモノを、保ちつつ!強くなれればなあと。思うのですよ。ワガママでありますな。ですが。それもまた、然り!そういう性です。なんてこった。未練ですよ、相澤先生!』
「性別を、ハンデと考えるのか。おまえの思考の基盤は、普通ではないな」
『ええ?思いませんか?相澤先生は。そう、思いません?だって、男性はいいじゃないですか。ずるいですよ!女はハンデだと思います。傲慢ですか?傲慢かも。でもホラ!女というだけで、体は弱めで。個人差は、ありますが!体の構造も、激しい運動にはあまり向かないですし。胸やおしりなんか、ジャマですよね。まあ、捨てる気はないですが!しかも。女は、月に一度のアレがあります。1週間弱、勝手に体調不良になる、アレがきます!これも個人差は大きいですが。月のものは、わりと大変ですよ。男性には、わからない辛みです。ほんと。あなたにはわからないでしょうね!あなたっていつもそうよ!わたしの気持ちなんて、わかろうともしないくせに!そんなに仕事が大事なら行けばいいじゃない!』
「そうだな。女特有のモンを、男が理解するのは容易じゃない。それをデメリットだとも、思わないけどな。男に出来得ないことを、女だから出来るとも考えられる」

なるほど。相澤先生は、いつもの格好で歩いている。ポケットに両手。猫背。転んだら、顔面ダイブだ。
女だから出来ること。それは、子供を産むこと。とかだろうか。相澤先生は、それをしたいのか?んなわけ、ないか。メリットとデメリットの話。わたしの性別は、7割くらいでデメリット。他の人にしてみれば、違う。
てくてくてく。担任と隣り合って歩くのは、些かおかしな気分である。

『しりとりしませんか!相澤先生。わたし、最近しりとりにハマってるんですよ。実は。かっちゃんくんや、イチゴショートくんともしましたよ!相澤先生とも、したいです!』
「イチゴショートて、誰だ。俺はしない」
『ご存知ない?ご存知ないでござるか!イチゴショートくん、すなわち!轟焦凍くんでございます!相澤先生は、容赦ない。しないって。してください!じゃあ、相澤消太先生の…”あ”から!あ…甘食!く、ですよ。相澤先生のターン!”く”』
「…訓練」
『く…訓練!?クンレン!そんな。終わりましたよ!しりとりのルール、知ってますか?”ん”で終わったら、ダメですよ!瞬殺ですか。先生の、負けですよ!なんてこった!相澤先生に、勝利してしまった。なのに!なのに何故だろう。悲しいです。相澤先生は、意地悪だ!意地が悪い!相澤先生のイジワル!!』
「おまえは本当、うるせえな…」

ピカ!前方から、また車が来た。
そのライトに照らされた相澤先生の顔は、何故だか綻んでいた。ちょっとだけ。わずかに、笑っているような。ように、見えた。

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