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(相澤視点)

『最新鋭!身剣、感激です。最新型ですか。この、洗濯機は!ヒャッホイ。心、踊ります。スイッチ、オン!わお。水が。水が、出てきました!洗剤を、投入いたします。チュドーン!汚れよ、落ちたもれ!消えてしまえ。お願いします!』

身剣は、職員室の洗濯機に心踊らせている。
悪いが、最新型ではない。

思いの外、絵の具は飛び散った。計算違いだったらしい。スタンプに絵の具を付けすぎたようだ。
トレーニングは早めに切り上げた。水道で顔や腕に付着した絵の具を洗い落とさせてから、身剣を更衣室に押し込んだ。
制服に着替えて出てきた身剣は、スクールバッグを肩に掛け、右手に汚れた体操服を持ってヘラヘラしていた。
そのまま職員室に連行。当直の教師に絡む身剣を無理やり引き剥がし、給湯室横の簡易ランドリーに押し込んだ。

『いいな。この洗濯機。音が少ない。うちの洗濯機なんて、もう古くてね。ごうんごうん、ガタガタうるせえったらないわ。そろそろ買い替えどきかしら。奥さん!そうだ聞いてよ。奥さま、ご存知?三丁目の山田さん。あそこの息子さん、医大へ進んだんですって。まあ。羨ましいですわよねえ。うちの息子ったら、ニートよ。見習って欲しいものですわ。そちらのお嬢さんは、お仕事見つかりまして?あらまあ。ニートですの?なら、うちの息子と結婚させましょう。ニート同士、お似合いだわ。そうしましょう。なんて、どうですか。相澤先生!』

何言ってんだこいつ。誰に喋ってやがると思い聞いていれば、俺に喋っていたらしい。
いよいよ頭がおかしい。今更だが。

『お腹すいた。アイムハングリー!相澤先生。拙者、朝餉にありつきたいでござる。ここはひとつ。ご提案します!洗濯が終わるまでの時間を有効活用。その間に、朝ごはん食べます。いい考えだ。我ながら!相澤先生、お好きでしょう。有効活用って言葉!合理的の仲間だ。して。いかがかな?相澤消太殿!』
「他の教師に絡むなよ。マイクのデスクを貸してやる」

イエッサー!呟きながら身剣は敬礼した。
言っても、無駄だ。どうせこいつは、手当たり次第誰かに絡む。さっきは、スナイプに絡んでいた。『バキュンバキュン!カッケーです。まるで次元ですよ。次元大介、知ってますか。ルパンの!かっこいい。その拳銃で、わたしのハートを射止めてください!物理的にでは、ないです。そんなことされたら、死んでしまう。ので!揶揄です。ハートを射止める…と言えば。彼氏のハートを射止めて!おー、ダーリン!デューワ、デューワ、おーダーリン、アイラブユー!』と、バレンタインデーの定番ソングを歌い始めた身剣に、スナイプは唖然としていた。言葉を失っていた。悪いことをしてしまった。

『今日の朝ごはんは、何だと思いますか?相澤先生。わたしは、サンドイッチだと思います!あれ?違う!おにぎりだ。おにぎりと、おかず。ミスった。身剣、ここに来て痛恨のミス!これは痛い!』

何故、自分の弁当の中身を知らない。自分で作ってるはずだろ。
俺の右隣、マイクのデスクに座った身剣は、スクールバッグから赤い巾着袋を取り出した。
ちらっと見えたバッグの中は、もう一つ巾着袋が入っていた。おそらく、昼用の弁当だろう。ふざけた人格からは想像もつかないが、身剣は家庭的であるらしい。さっきの洗濯も、手際よく洗濯機を使っていた。
箸で卵焼きをつまみ、口に押し込む女子生徒。黙っていれば、ただの少女だ。いかんせん、もそもそと不味そうに食っているが。

『なんですか?その、熱烈な視線は!熱視線とは、このことですか。相澤先生から熱視線をいただく日が来るとは。光栄にござる。さては!お弁当を狙っているのですか。たまには、固形物が食べたくなりましたか?そんなことなら。言ってくれればいいのに!卵焼きを差し上げましょう。わたしの好物です。ちなみに、出汁巻き卵ですよ。はい!どうぞ。冷めてますが。それは、致し方ないです。お弁当ですもの。味は、保証しましょう!ささ、ご遠慮なさらず!』

この強引さはいただけない。誰も、欲しいなどとは言ってない。
身剣は箸で卵焼きを摘むと、弁当箱の蓋に一つ乗せて俺のデスクに置いた。
確かに、見ていたが。不味そうに食っていると思っていただけだ。もう少し美味そうに食えないのかと思っただけだ。
白いプラスチックの蓋に乗る、黄色い出汁巻き卵。綺麗に巻かれている。
この間、同じように朝稽古に付き合った際にも、炊き込み御飯の握り飯を食わされたのを思い出した。
味は、確かだろう。突き返すのも面倒臭い。
卵焼きを指で摘んで口に放り込む。確かに、美味い。居酒屋の出汁巻き卵を思い出した。

「うわ。食ったよ!」

弁当箱の蓋を身剣に返却すると、後ろから声が上がった。いやにウザい。聞き慣れた声だ。
振り返ると、背後にはマイクが立っていた。わざとらしく口元に手を当てて、俺を見下ろしている。

「消太が女の作ったもん食った。初めて見たぜ、すげえな。これは、珍しいこともあるもんだ」
「これは女じゃない。ガキだ。生徒だろ、ただの」

マイクのニヤつく顔を見て、言いたいことはわかっている。
俺をからかいたいだけだ。15、16そこらのガキを女とは言わない。
腐れ縁の同期は、ニヤニヤと俺と身剣を見比べている。うぜえ。
自分の席を身剣に占領されているために、マイクはミッドナイトのデスクに座った。
文句を言わない辺り、機嫌が良いらしい。うざいことこの上ない。

『プレゼント・マイクではありませんか。おはようございます!いい朝ですね。今日も、髪型がキマッてます。イカしたヘアスタイル!前衛的でいいです。ところで。ところで、相澤先生!物申したいです。異議を唱えます。わたしは、女ですよ!れっきとした。オンナ。アイアム、ウーマン!レディ!ミス、か、ミセスです。我輩は、女である。名前はまだない!そうですよ。わたし、女ですよ。相澤先生。生物学上、証明された女です。証拠もあります!見せることは叶いませんが。いえ。見せろというなら、お見せしましょうか!』
「見せんでいい。早よ食え」
「なァおい。メシ食ったら、コーヒー淹れてきてくれよ。俺は、ミルクと砂糖一つずつな。よろしく」
『わたしですか?わたしが、コーヒーを淹れる。御意です!お安い御用です。生徒は、先生方を労わるべき。コーヒーは、淹れられます。チョチョイのチョイ。ですので。労いましょう!ミルクと砂糖、お一つずつ。承知しました。相澤先生は?相澤先生はいかがなさいますか。コーヒーの嗜み方は。嗜好をお教えいただきたい!』
「無しでいい」
『無しで。それは、ブラックで。オーケーです!オーケーですとも。お任せください!渾身の一杯を、お届けしまする。さながら、バリスタです。マスターと呼んでください!』
「マスター、おまえも飲みたかったら、飲んでいいぜ。給湯室に、マグあるから。俺と消太のは、底に名前書いてあっから。探せ。おまえは、ゲスト用の使えな」
『ノーサンキュー!わたしは、結構。です!実は、朝飲んだので。コーヒーは、起き抜けに。なので、今はいいです。カフェインの摂り過ぎは、毒!中毒になってしまう。ほどほどにしましょう!ですから。お気持ちだけ、いただきます!ありがたや、ありがたや。プレゼント・マイクは、お優しい。みんなに言っておきます!』

マイクにいいように使われていると、気付かないのか。まあ、乗り気なようだから放っておこう。
身剣はもそもそと弁当を食った。スクールバッグから水筒を取り出して、茶を飲むと立ち上がる。

『では!身剣柄叉、行って参ります!給湯室へ。いざ、出陣!必ず、帰ってきます。コーヒーを淹れて参りますので。待っていてください。お二方!』

言い残し、身剣は給湯室へ向かった。何がどこにあるのか、分からないだろうに。大丈夫だろうか。
とんでもないことをやらかしそうで恐ろしい。わざわざ見に行く気もないが。

「つーか。今日もアレか。例の、朝トレしてたんか?個人的なトレーニングに付き合ってやるとは、イレイザーも人の子だな。絆されたか?珍しく。優しいじゃねえか、消太クン」
「そんなんじゃねえ。あいつには、教えないといけないことが他より多いだけだ」
「他より目を掛けてる、と。愛着、湧いたか?」
「湧いてねえ。一人に目を掛けてるつもりもない」

ミッドナイトのデスクに肘をつき、マイクはニヤニヤと鬱陶しい顔を向けてくる。
俺は平等に扱っている。21名の生徒を。そいつらは、同じではない。同じところに持っていくために、調節は必要。身剣には、足りたいものが多い。他よりも遥かに。時間を割くのは、致し方ない。
愛着だと。笑えるな。そんなもんが、湧くか。アレに愛着が湧いたら、俺はおかしくなったと思ってもらっていい。

「つーか、アイツは何で職員室で朝飯食ってんだ。しかも、俺のデスクで」
「トレーニング中、体操服が汚れたから洗濯させてる。メシは、そのついでだ」
「わざわざ洗濯機貸すっつーことは、急ぎの汚れか。ご苦労なこって…あ、そういやあ、卵焼き。素直に食ってたけどよ。美味かったか?」
「ああ。美味かった」
「マジで?ハチャメチャな味、しそうだけどな。マトモに料理ができるようには、とてもじゃねえが。全く見えねえぞ、アレは」

しばらくして、身剣が給湯室から出てくる。
それを眺めるマイクは、ニヤついている。俺は笑う気にはならない。マグカップを二つ両手に持つ身剣は、危なっかしい。

『お待たせしました。砂糖とミルク、お一つずつのお客様!コーヒーでございます。お値段は、プライスレス!身剣柄叉、誠心誠意ドリップして参りました!どうぞ。心ゆくまでご堪能ください!』
「サンキュー。インスタントでもよかったんだけどな。ドリップを選ぶとは、中々見込みあるぜ」
『光栄の至り!お褒めに預かり、光栄です。今なら、ブレイクダンスを披露できそうです。しましょうか?お見せしましょうか!やったことは、ないですが。チャレンジすることは、大切ですから。ブレイクダンス、踊りましょうか?』
「いらねーよ!やってみろ、叩き出すから。おまえの担任がな。イレイザーは、怒るぜ。職員室でブレイクダンスなんかしたら。そらあもう、激怒するぜ」
『イレイザーヘッドは、激怒した!メロスの如く。さながら、わたしはセリヌンティウスです。いや、違うか。ささ、相澤メロス先生!こちら。ブラックコーヒーにございます!真心込めて、淹れてきました。ささ、冷めないうちに!カフェインの作用で、眠気を吹き飛ばしちゃってください!カキーンと。ホームラン!相澤先生は、いつも眠そうですから。わたしは心配ですぞ。そのうち、歩きながら寝て…車にでも跳ねられたらと思うと!悲しいです。すごく、泣きます!ちゃんと歩道を歩いてください!横断歩道は、赤信号で渡っちゃいけませんよ!』
「おまえに常識を説かれるとはな。俺も落ちぶれたか」
『落ち武者ですか?もう。相澤先生!なんですか、突然。落ち武者なんて。ぷぷぷ!ご冗談を!おかしいなあ。相澤先生は、落ち武者ではないですよ。大丈夫、生きてます!ほら。脈がある。ん?な…ない!?先生、脈が…あ。いや、ありました!よかった、よかった。あります。正常な脈です!相澤先生は、正真正銘生きています!血の通った人間であらせられる!』

マグカップをデスクに置いて、身剣は俺の手首に触れた。呆れて物も言えない。
手首の内側に、指を這わされる。脈を数えているらしい。身剣の指先は何故かひやりとしていた。水を触ったからか。冷やされている。

マイクの言った通りに、身剣は俺とマイクのマグカップにコーヒーを淹れてきた。
わざわざ端から裏返して確認したんだろう。給湯室のマグカップは多い。
更にわざわざドリップを選んだらしい。コーヒーの香りが立ち込めている。

『あ。先輩!おはようございます!いい朝ですね。グッドモーニング!!』
「え!?だ、誰……!?」

身剣は、通りかかった3年の生徒に絡み始めた。生徒が登校するにはまだ少し早い。何か用があって来たのだろう。変なのに絡まれて、気の毒に。
コーヒーは、美味かった。淹れ方が良いのかもしれない。

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