22

グッときてしまった。簡単に言うなら。
胸を、打たれた。どころか、鷲掴みにされた。
鷲掴みは、揶揄である。物理的にじゃない。胸を鷲掴み。それは。物理的にだったら、ヤバイ。
人の言葉はあまり。意に介そうとしない、自覚はある。
感情が揺さぶられたのは、久しぶりだった。ので、大いに狼狽した。
相澤先生の言葉は、わたしの心臓に響いた。染みた。染み込んで、色がついた。
なんのためにヒーローになるのか?ヒーローとは、何か?それを、忘れていた。そうだった、と思ってしまった。
相澤先生の目は、怖くはなかった。むしろ優しいに近いものだった。気がする。
最後は、胸ぐらを掴まれて些か乱暴に立ち上がらされたけれど。足がしびれて、自力では立てなかったので。ぐわし。と着物の襟を左右一緒に掴んで、引き上げられた時は、殴られるのかと思った。杞憂だった。
思考を改める。考えを。それを、示す。相澤先生と、約束をした。
相澤先生のことを、好きになった。いや。もともと、嫌いじゃなかったけど。好きは、もともと好きだ。いい人だもの。なら、信頼をよせる?うーん。違うな。よくわからない。

家に帰って、湿布を剥がした。頬に貼られた白い湿布。難なく外れた。
帰り道、やっぱりすれ違う人はわたしの顔を見た。それは、どうだっていいや。
寝て、起きる。最低限のことは、こなした。お風呂とご飯。ちょっとした鍛錬。そして寝て、起きた。
今、まさに起床したところ。起きたてホカホカ。
顔を洗って考える。考えろと言われたので、考える。
自傷を責められた。考えてみれば、よくないな。緑谷くん、ビックリしてたし。相澤先生も、怒っていらした。わたしの手首を掴んだあの顔は、怖いなんてもんじゃない。恐ろしかった。
さて。さてと、準備しよう。
お弁当を二つ作って、さっさと行こう。朝ごはんと昼ごはん。今日は、相澤先生との早朝鍛錬の日。いい日になる、予感がします!


『相澤先生!おはようございます。今日も、いいお天気ですこと。こんな日は、電柱でポールダンスでもしたくなりますね!そんな欲求を抑えながら、やって参りました。貴殿のクラスの出席番号18番。身剣柄叉です!参上いたしました!』
「おはよう」

相澤先生は、眠そうにしている。いつものことか!
職員室前で落ち合った先生は、右手にゼリー飲料を持っている。いつもそれを飲んでいるが。ゼリー飲料が主食なのだろうか。よくないな。不摂生極まりない。担任のお身体が、心配である。

『相澤先生!ゼリー飲料は、ご飯じゃありませんよ。わたしに言わせれば、おやつです。それは、非常食。それか、どうしても時間がない時の、仕方ないからこれで済ませるかメシ!わたしは心配です。不摂生は、寿命を縮めまする。わたしは相澤先生に、長生きしていただきたい!100歳まで。わたしが100歳になるまで、死なないでください!なので。ご自愛ください』
「100歳って、おまえがかよ。その時俺、115歳じゃねえか。そんなに長生きするつもりは、今のところ無い」
『そんなことおっしゃらずに!日本は、長寿大国。相澤先生もその気になれば、長生きできますよ!諦めないで!!辛いこともあるでしょう。でも!世界は美しい。ふつくしいです。生きること、それは素晴らしいこと!ですので。相澤先生も、生きた方がよろしいよ。死ぬなんて言わないでください!』
「誰も。今すぐ死ぬとは、言ってねえ」

ビシリ。相澤先生の手が、伸びてきたと思ったら。デコピンをされた。
親指で押さえた中指で、ビシ!強目に、おデコを弾かれた。所謂デコピン。わりかし、痛い。

『ぬおお。痛いです!これが。これは、愛の鞭!いただきました。相澤先生の愛は、イタイですね!』
「違う。罰だ、ただの」

何の!?何の罰だ。まあ、いい。
いいです。デコピンくらい。甘んじて受けよう。それは、許容範囲である。
おデコを摩る。前髪が目に入った。というか、刺さった。

相澤先生は、くるりと踵を返した。呆れたみたいな顔をしていた。
そしてスタスタと歩いて行くので、わたしも後を追う。
演習場へ、移動。つなぎのポケットに両手を突っ込む相澤先生は、猫背だ。
歩きの振動に合わせ、捕縛武器が揺れている。端っこが、ヒラヒラ。思わず目で追う。わたしが猫だったら、飛びかかっているところだ。そんなことをしたら、怒られる。猫じゃなくてよかった。

『メトロノーム、よーし!コンディション、よーし!マネキン、よーし!準備、万端なり!相澤先生。やりましょう。鍛錬、開始!の掛け声を、お願いします。スタート!の合図でも、可!』
「んなもん、あるか。実戦では掛け声も合図もねえぞ。もう始まってる」

ハジマッテル?相澤先生が、にたっと笑った。ニタッは、あまり良い音ではない。ニヤリ?違うな。形容し難い、笑顔。笑顔とも、言えない。見てるこっちが不安になる顔をしている。体力テストの、時みたいな。

もう始まってる。らしかった。
カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。メトロノームの音に向いていた意識が、離れる。
背後に動くマネキンが一体、迫っていた。マネキンの手には、何か…スタンプ?のようなもの。が、握られている。
黄色の、丸いスタンプ。絵の具?か、ペンキの着いたそれを、マネキンはわたしに当てようとしてくる。
いい色。良い発色。ビビッドカラー。
相澤先生の遠隔操作。つまりこのマネキンは、相澤先生の手先。
身を翻して、回し蹴りした。バコン。軽い音を立てて、マネキンは吹っ飛ぶ。ビルに当たって、地面に落ちた。

『相澤先生!マネキンさんたちが、手に持っているものは何でありますか!スタンプみたいな物が。握られています!これ、当たったら。汚れてしまいますよ!身剣柄叉、カラフルになってしまいます!』
「マネキンに、おまえを捕らえる術はない。動くだけのマネキン相手に戦闘をしても、意味はほぼ無い。そのスタンプには、ペンキが塗ってある。身剣は、5つ以上スタンプを押されたら負けな」
『ペンキ!?そ、そんな。そんなあ。相澤先生。ペンキは、よくないと思います!ペンキって。ペンキは、家の壁を塗るような、塗料だ。落ちないじゃねーか。落ちないじゃないですか!それは。それは、困る。わたしは一日、カラフルなまま過ごすのでしょうか?そんな。殺生な!カラフルなわたしなんて。身剣柄叉改め、カラフル柄叉じゃないですか!』
「後ろ」

後ろ。相澤先生が呟く。ので、振り返った。背後には、またマネキン。今度は、ピンク色のスタンプを持っている。顔めがけて、スタンプを伸ばしてきた。
カラフルになってたまるか。一方後ろに下がって、右手に出した刀で斬り飛ばす。と言っても、峰打ち。峰で、殴り飛ばした。
バコン。マネキンは飛んで行った。ピンクの飛沫を残して。スタンプのペンキが、飛び散った。ピチピチと、数滴。体操服から出る腕に、ピンク色が付着した。
危ない!少し、焦った。マネキンを殺すところだった。思わず首を狙うところだった。危ない。癖とは、怖い。
咄嗟に、考えた。殺してはいけない。ので、首はダメだ。お腹にした。お腹を峰打ち。なら、死にはしない。フルスイングも、よくはない。手加減が、必要。
次々に、マネキンが襲撃してくる。まるで敵討ちみたいだ。よくもマネキン1号と2号を!みたいな。その手には、色とりどりのスタンプ。ペンキの色は、一体一体違った。オレンジとか、緑とか。
ビックリする。相澤先生は、遠隔操作の達人だった。何体ものマネキンを一気に!リモコンは、二つしかないのに。

腕のペンキを見る。悲しい。
2つ、スタンプされてしまった。体操服の腰のところに、黄緑のスタンプ。目立つ。左腕に、水色のスタンプ。目立つ!くそう。
しかも飛沫攻撃には、参る。スタンプされて無いにも関わらず、色んなところにペンキの飛沫が付着した。わたしの体操服は、水玉模様に様変わり。色とりどりのペンキで、可愛くなってしまった。
ゴロゴロ、倒れているマネキン。全滅。わたしの圧勝と言える。が、しかし。憎きこと、この上なし!

「ちなみに、身剣。ペンキは、ウソな。ただの絵の具だ。洗えば、落ちる」
『良いこと聞いた!相澤先生。それは!それは。相澤先生の、十八番。オハコですな?相澤先生の好きな、アレだ!ご…なんだっけ。嘘八百。そう!合理的。合理的虚偽!ゴーリテキキョギ!よかった。落ちるのですね、このカラフルは!これで、安心。ホッ。一安心でござる!水玉模様の体操服は、アレなので。勘弁していただきたかったもので!』

鍛錬は、一通り終わりだろうか。思いの外、早かった。時間はまだある。
相澤先生はリモコンをポケットに突っ込んだ。
近くまで行くと、汚れた体操服をじっと見下ろしてくる。

「体操服のは、落ちないかもな。絵の具、使ったことねえか。衣服に付着した絵の具は、落ちにくいだろ。ここまで汚れるとは、思わなかった。スタンプに絵の具、付けすぎたな」
『オーマイガー!確かに。確かに、小学生の頃、絵の具を使いました。服汚して、叱られた記憶がござる!これは、参った。参った、参った。わたしはこれから、水玉模様の体操服と付き合っていかねばならぬ。そういうことですな?相澤先生。困る。こまーる。嫌だな。それは。この水玉模様は、かわいくないです!カラフルすぎる。目に、痛い。チカチカします。ビビッドカラーの申し子的存在に。なりつつあります!』
「体操服はジャージ生地だ。落ちる可能性もあると思うが。洗濯してみろ。職員室の洗濯機を貸してやる。落ちなかったら、買ってやるよ」
『ありがたや!職員室には、洗濯機があるのですか。スゲーや!さすが、雄英。非の打ち所がないとは。このことか!ありがたく、お借りします!それに加えて、相澤先生。買ってくださるのですか!相澤先生が。自腹?それは、太っ腹だ!有難いです。感謝の意を表明します。あ。洗濯するには、脱がないと。相澤先生!あっち向いててください。あっち向いてホイ。あっぷっぷー!』
「馬鹿か、おまえは。ここで脱ぐ奴があるか」

ジャッと体操服のファスナーを下ろしたら、チョップされた。
頭を。相澤先生は、体罰が多い!まあ、いいです。言ってわからぬ生徒には。ということでしょう。
叱られたので、ファスナーを上げる。ジジジ。一番上まで締めると、相澤先生はため息を吐いた。

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