21

頬には、湿布を貼られた。チューもされた。なので、頬の傷というか。怪我は、治ったはずなのだが。

「それ、自分でやったの。アンタ、アホだね。女だって自覚は、ないのかい。湿布貼っとくからね。アンタ肌、弱い?弱かったら、かぶれちゃうからアレだけど…大丈夫?なら、貼っとくよ。戒めにしな。多分、物凄く見られるからね。帰り道とかで。女の子が顔を怪我するってことは、アンタが思ってるよりずっと、重大なことだよ」

と。リカバリーガールが、治ったはずの右頬に。ペタリと冷たい湿布を貼ったのだった。
戒めとは。それほどの罪でしたか。この、自傷は。
頬に、違和感。表面がふわふわした白い湿布が、右頬に鎮座している。触ってみる。手触り、ヨシ。ただ、ちょっとデカイな。必要以上の、大きさ。
こりゃ、目立つだろう。見られても、致し方ない。道行く一般の方々は、大いに見るだろう。そんな視線なんて。気には、しないけどね。


(相澤視点)

「緑谷は。どうだった」
『ハイ、先生!緑谷出久くんは、リカバリーガール殿にチューされて、眠っております!怪我は、治った様子でありました。以上。ご報告でした!』

二人を欠き、残った奴らの解散後。体育館に戻ってきた身剣は、額に右手を当て敬礼した。
背筋を伸ばして、どっかの隊員のつもりなのだろう。頬には、派手な湿布が貼ってある。
先ほどの身剣の暴挙。あいつには、おそらく学習能力というものが無い。そして倫理観も同じように欠如している。
本当なら今すぐにでも、除籍してやるところだ。こいつはヒーローには向かない。
ただ、それでも除籍は最後の手段だった。今はまだその時じゃない。
今こいつを外に放り出せばどうなる。確実に身剣は刀を振るう場所を探し、敵に目をつけられる。こいつのことだ。どうせ、良いように言いくるめられて二つ返事で敵に転身する。その姿が目に見える。
それから。恐らく、こいつのこの人格。破綻しきった言動と貼り付けた微笑は、本性ではないだろう。外れているかもしれないが、時折そう思わせる場面がある。何かを隠している。のではないかと、思う。例えば、他人に触られるのを不快に思う。嫌っている。自分から他人へは、平気で触れるくせに。怖がっていると言おうか。さっき、背後から俺に手首を掴まれた身剣の目は、不安そうに揺れていた。
何か、ある。身剣を身剣たらしめる何かが。恐らくそれを隠そうとしている。その何かを暴くことが出来れば、あるいは。
まだ可能性はある。見込みとは、少し違うが。素質は、十分すぎるほど。望みはあるだろう。切り捨てるには、惜しい。
それだけだ。ただ、それのみ。情ではない。移ってない。情とかでは、無い。決して。

「そこに座れ。正座しろ」
『仰せのままに!お説教ですね?相澤先生はこれより、わたしに教えを説いてくださる。ありがたいです!不肖ですので。ミジュクモノで、フトドキモノですので!わたしは。若輩者です。どうぞ、ご指導のほど。よろしくお願いしまする!!』

体育館の床を指さすと、身剣は崩れ落ちるように座り込んだ。
着物の裾を織り込むようにして、正座する。茶道を彷彿とさせた。
硬い床で正座は、きついだろうな。当然の報いだが。

「手首は。平気か」
『ハイ先生!心配ご無用でございます。手首は、平気です。痛くも痒くも、ないです。ご迷惑おかけしました。ホント。すみませんでした!この通りでございます!』
「頭を上げろ。謝罪はいらない。反省の色を見せたところで、意味はねえぞ。おまえは俺の言うことを、何一つ理解しない。出来ねえわけじゃ、ないだろう。おまえは、気が高ぶっていたと言ったが。無意識下で取る言動こそ、本音であり本性だ。理性が働いていない状態で、おまえは他人を殺そうとする。どういうことか、わかるか」

身剣は、じっと俺を見上げている。
灰色の、濁った目で。逸らすことはない。目の前に立つ俺の目を、じっと。それこそ敵を見るように、見つめている。

『いけないことだと。おっしゃっているのですよね、相澤先生。わたしの本性は、殺人鬼だって、言いたいのですか?サイコキラーとか。殺戮マシーンとか。それは、否定したいです。人を殺めることを、求めてはいません。それは、多分。ヒーローとは、対局にあるものなので。わたしは、ヒーローになりたいのであって。反省します。変えます。対峙する対象の、急所を狙ってしまうのは。アレは、クセなんです。悪癖。よくないとは、わかってます。アンダースタン。アイ、ノー。です。ただ。刀って、凶器じゃないですか。刃物で。それに日本刀って言えば、人間を斬るためのものでして。なら、戦い方は限られるんですよ。わたしの個性は、極端に言えば。人を殺すためのものだったもの。というか。そのために使うつもりはないんですが!ううん。難しいです。何が言いたいんでしょう、わたし。わかりますか?相澤先生は。わかってくださいませんか!』

わかるか。何言ってるのかさえ、ちんぷんかんぷんだ。
身剣は微笑んでいる。常に。それが頗る、鬱陶しい。

「個性について、文句を言ってる訳じゃない。戦い方も、限られるのは誰だって同じだ。おまえには、思慮が足りない。前にも言ったろ。足りないどころか、欠けてるよ。相手を慮ることが、できないんだろう。おまえにとって大事なのは、人間じゃない。ましてや、命でもない。その場の状況だけだ。さっき、おまえは何を考えて戦闘をした。緑谷を前に、少しでも考えたか?緑谷は、生身だ。切島とは違う。斬りかかれば、そのまま斬れる。おまえの頭には、緑谷のことなんて無かったろ。緑谷は、戦闘訓練といえど、女子を攻撃できるタイプじゃない。おまえに直接的な攻撃はして来ないと、斬りかかる前にわかるはずだ。少し考えればな。なら、どうするのが最適か。おまえはそれを、考えられない。俺がお前なら、刀は使わない。おまえが言ったように、個性ナシで勝てる相手だ。得意の回し蹴りで、どうとでも出来た。おまえは、身剣。刀を使って戦うことに、拘り過ぎだ。本性が殺人鬼だ、とは言わない。ただおまえのやってる事は、殺人に他ならないってことだ。考えることをしろ。考えなければおまえは、人を殺すぞ。戦闘の前に、考えろ。対峙する相手のことを、少しでもいい。他人を慮ることができないのなら、おまえはヒーローになれないよ。覚えてるか。前にも言った。何度も、言わせるなよ。叱られたから、急所を狙わない。言われたから、峰打ちを心がける。それじゃ、意味がない。おまえ自身の考えを改めろ」

身剣の目は変わらない。
これだけ噛み砕いて言っても、伝わらないのであれば。もう後はない。俺にしてみれば珍しく、長い説教だった。
全く、俺らしくはない。が、小さく小さく噛み砕いて教えなければ、こいつには伝わらない。
合理性に欠く。それどころの話では無いが、それに尽きる。
欠如だ。欠如、そのままが生きているような少女。身剣柄叉は、いろんなものが足りていない。欠いている。持っていなかったのか、失くしたのか。どちらにせよ、補えないなら。切り捨てるしか、無いな。惜しいが。
いや、別に惜しくはないだろ。俺には関係ない。懸念があるだけだ。見込み無い生徒は、いらないはずだ。

身剣は何も言わない。珍しく、沈黙している。
ゆっくりとまばたきをしながら、俺から目を離さずに。相変わらず、気味の悪い微笑を携え。何か考えているのだろうか。イマイチ、読めない。

「おまえは、戦うためにヒーローになるのか?ヒーローとは、何だと思う、身剣」

思わぬタイミングで、身剣は動揺した。
何が琴線に触れたのか。身剣の目が、動揺を隠すように揺れる。
膝の上に重ねられた白い手が、強張るのが見て取れた。面白いくらいに、狼狽えている。

『…ヒーローとは。護る、人です。救うために、戦う人です』

わずかに、目を見張る。思わず息を飲んだ。胸を打たれる。
身剣は、見たことのない顔をしている。真顔だった。常時貼り付けた笑みを取り去り、まっすぐに俺の目を見つめ、静かな声で言った。
耳を疑う。真面な台詞だ。引っかかりの無い言動だった。
そんな顔も、できたのか。今おまえは何を、考えている。
何も言わずにいれば、身剣はふと目を逸らした。視線を落とし、唇を結ぶ。
まるで後悔しているような顔だ。隠したかったものを、暴かれたような。何を隠したがっているのかは、皆目見当もつかない。

身剣のヒーロー像は、謎だ。
他は分かりやすい。緑谷や切島なんかは、顕著だ。轟も分かりづらい部類だが、身剣は他を圧倒する。
何に憧れて、何を目指すのか。これまでのこいつの言動から、それを導き出すことは容易ではない。
身剣が、顔を上げる。
その顔はやはり、真顔だった。表情はない。ただ、穴のような二つの虚無が、俺を捉えている。伽藍堂なのかもしれない。身剣の中には、何もない。

『わたしも。そう、なりたい。戦うために、ではないです。先生。わたしは、ヒーローになりたい。ダメですか。わたしが、ヒーローになるのは。いけないことですか?』
「ダメとか、良いとか。そう言う問題じゃない。なれるか、なれないかだ。それを見極めるのが、俺の仕事」
『お願いです。相澤先生。わたしのことを、見限らないでください』

何がそうさせるのか。身剣はどうしても、ヒーローになりたがっている。
そんなに良い仕事でもないと思うが。ただ、一つ訂正しよう。
敵になり得る恐れは、無かった。
あの懸念は、間違いだ。杞憂だった。身剣は、敵にはならないだろう。例えば、ヒーローへの道を阻まれても。突き落とされたとしても、こいつは敵にはならない。
縋るような目を見下ろして、形容し難い気分だった。あれは、何だ。俺に何を求めてる。イマイチ、よくわからない感情を抱いた。ため息が出る。

「それは、おまえ次第だ。猶予は、もう十分やった。見限られたくなければ、それだけのものを見せてみろ。示せ。いいな?」
『…はい。がっかりは、させません』

何が響いたのか。知らないが、まあいい。身剣のマトモな顔と言動は、ここまでだった。
身剣は身じろいで、床に手をつく。見ていれば、小さく震えながら足を崩した。

『すいません。先生。あの。足が、痺れました!大変です。これは。もう、正座していられません。許可なく足を崩して、悪いと思っています!けど。けどもう、足に感覚がないので!もげそうです。どうにか、してください!お願いします。相澤先生。足が。死にます。壊死します。緑谷くんみたいに!ビリビリのヤツが、始まりました!これは。これは、きつい。厳しい!痛いです!痛いです!ビリビリ、ものすごい激痛が。いててて!シット!正座とは、むごい。立てない。もう、わたしは立てないのですか?困ります!立てないなんて。一人で、歩くこともできない!むごすぎる。これは、むごすぎます。先生!足の痺れは、どうすれば治りますか。どうか、ご教授ください!!』

足が痺れたらしい。前のめりになって、震えている。
体の下に敷かれていた足は、今は床に放り出された。這いつくばる手前の態勢で、身剣は平生の様子に戻った。
無防備なコスチュームだとは、思っていたが。前のめりの態勢のせいで、襟元が大きく弛んで、中が見えている。
こいつは、何なんだ。何がしたい。
真っ白なサラシのようなインナーに覆われる胸元を、しっかりと見てしまった。何故、説教の直後にガキの体なんざ見せられないといけないんだ。
和服を着るならきちんと着ろ。動きやすいからというだけの理由で、男物の浴衣みたいな着物のチョイスは合理的じゃない。無防備すぎる。その気になれば、指一本で脱がせる。帯を解かれればお終いだ。言おうとしてやめた。どうでもいい。
こいつは一度くらい、痛い目を見た方がいい。
いや。身剣は、他人の前でコスチュームをはだけさせられても、平気でいるだろう。肌を晒したとしても微塵も動揺は見せなさそうだ。
足りないものが多すぎる。一体どこで落っことしてきた。まずは、倫理観から拾ってきて貰いたい。一度でも、それを持っていたならの話だが。
そうでなければ。誰かが、与えてやるしかないだろう。

------------------------
Back | Go
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -