20

「今日のヒーロー基礎学は、1対1の対人戦闘訓練を行う。組み合わせはこっちで決定済みだ。1人余るから、そいつは俺とだ。勝敗については、このテープを用いる。テープを先に相手に巻いた方の勝ちだ。それと、リングから出た場合は場外で負けとする。口頭で降参した場合も同様。俺が危ないと判断すれば中断させるから、そのつもりでやれ。じゃあ一戦目、轟と峰田。リング入れ。他の奴らは、観戦だ」

講評するからよく見てろ、と相澤先生。
午前中の普通の授業を終え、待ちに待った戦闘訓練!ヒーロー基礎学。昨日は座学だったので、心踊る。ワクワクします。
今日は1対1だそう。つまりそれは、タイマン!
1人は相澤先生お相手だということで、後ろから悲鳴が上がった。
場所は第三体育館。とても広い体育館。プロレスやボクシングに使うような、リングがデカデカと真ん中に設置されている。それらに比べて、広域な。
轟くんと峰田くんが、リングに入る。
クラスメイトのタイマン。よく見て、学びましょう。
相澤先生から、赤いテープが配られる。
これを相手に巻きつければ勝利。
着物の袂に仕舞う。体の前で腕を組む。袖にそれぞれ逆の手を突っ込んで、精神統一を図った。
鍛錬に使うメトロノームの音を思い出す。カッチ、カッチ、カッチ、カッチ。落ち着く。銀色のメトロノーム。いい音。

一戦目は、轟くんが勝利した。峰田くんは個性を使う暇もなかった。一瞬で、凍らされて降参した。ドンマイである。
二戦目は、青山くんVS障子くん。障子くんが力技で勝利した。お強い。
三戦目は、お茶子ちゃんVS飯田くん。飯田くんがスピーディーにお茶子ちゃんにテープを巻き、勝利。
四戦目は、上鳴くんVS透ちゃん。全裸で臨んだ透ちゃんが、上鳴くんがキョロキョロしている間にテープを巻いて勝利。
五戦目、六戦目。七戦目と、クラスメイトが次々にタイマンを済ませていく。なかなか、わたしは呼ばれない…早く!

「次…身剣と、緑谷。入れ」
『きた!ついに、わたしのターン!お相手はまさかの。まさかの、スーパー緑谷くん。たぎるぜ!よろしく、緑谷くん。白熱した試合を繰り広げようではないか!』
「う…うん…よ、よろしく」
「早よしろ」

やっと呼ばれました。緑谷くんと握手していたら、相澤先生に睨まれた。
怖いので、すごすごとリングに上がる。ウホ!漲ります。

『出陣じゃ!かかってこい、この…天パ!ちなみに、ディスったわけでは。ないよ!天パに、悪い奴はいませんから。安心して、かかって来やがれ!負けるわけには、いかないのさ。じっちゃんの、名にかけて!』
「ぼ、僕も、負ける気は…ないよ!女の子相手に…どうすればいいんだって、気持ちはあるけど…」
『男女差別かコラ!こらこらこら!おまんは、わしを舐めとるのか。おのれ、緑谷くん。武士を愚弄するとは!許せん。天誅じゃあああ!!』
「うわあっ!?」

床を蹴って向かい側の緑谷くんに駆け寄ると、叫ばれた。
右の手のひらから刀を出す。ぐっと握って、振り被った。狙うは、首。

『ーー!あれ。あれれ。あれ?』
「!?」

あれ?手から刀が消えた。今のわたしは間抜け。何もない手で、刀を緑谷くんにぶつけたつもりで空振りした。
手のひらを見る。刀がない。しまった覚えも、ない。
くるりと振り返ると、髪を逆立てた相澤先生がリングに登ってきた。
目が、めらめらと赤い。ゆらめいていて、くらりとする。

「身剣。俺の言ったこと、もう忘れたのか。その頭の中は、伽藍堂か?」

個性を発動した相澤先生が、捕縛武器を投げてくる。
しゅるる、とわたしの腕に絡みついた灰色の布に、ぐいと引っ張られた。足が絡んで、無意識に駆け出す。
相澤先生に引き寄せられた。
なるほど。わたしの個性は、相澤先生に消されたのだ。何故か。
自分の意思と反して引きずられるように駆け寄ったわたしを、相澤先生は受け止めてくれた。いや。受け止めるというか。ただ単に、相澤先生の体にわたしの体がぶつかって、止まっただけだった。先生の硬い胸板に、鼻をぶつけた。

「今、緑谷の首を狙ったな。しかも峰ではない、刃の方で。殺す気だったか」
『え!うそ。そうでしたか。それは、無意識でした。申し訳ないです。意図してやった、わけではないです。ありゃりゃ。てっきり、わたしは。峰打ちしようと、思ってたのですが。ううん。いけませんね、つい。いつものクセでした。次は、峰を使います』
「何度言えば分かる。意識と意図の有無は、関係ない。人を殺そうとすることの重要性を、理解できないのか?」
『理解していますよ!人を殺めることは、罪です。ヒーローとは、対局であるべき!なので。よく、わかっています。わたしは誰も、殺す気はないです。先生。今だって。別に、緑谷くんを殺そうとかは。思ってなくて。ただ、なんというか。鍛錬の、延長線上的な、心構えでしたので。申し訳ごさいませんでした。少し、気が高ぶっていました。自重します!すみませんでした。緑谷くんは、丸太でもマネキンでもない。ということを、理解した上で、タイマンをやれ。と、おっしゃるのですよね?相澤先生は。よくわかりました!理解、できます。なので、離してください。この態勢は、辛いものがあります。ぐるぐる巻きで、苦しいです。頭がぐるぐるしてきます。もう2センチほど、離れてくださいませぬか、相澤先生』
「いい加減にしろよ。次、同じことをやってみろ。即時、除籍処分だ。わかったな、身剣」

しゅるり。わたしの体を相澤先生に縫い付けていた捕縛武器が、緩められた。
後ずさる。簡単に抜けられた。捕縛武器が、しゅるしゅると体を滑っていく。
相澤先生から適正な距離を取り、見上げる。
乾いた目と、視線がぶつかった。目は、もう赤くない。黒に戻った。
ふっと、相澤先生の髪の毛が垂れる。よかった。怖かった、さっきのは。
除籍処分。そう言われた。ざわり、胸のあたりに漣が立つ。
困る。それをされると、ヒーローになれない。
同じこと、とはなんだ。誰かの急所を、刃で狙うことだ。殺しそうになること。それをやったら、除籍処分。
わかった。なら、もうしない。気をつける。この間も、そう決めたのだけれど。いけない、失念していた。
これまで峰打ちを、さんざん練習してきた。刃の方で斬りつけるよりもはるか多く、その鍛錬を積んできたというのに。
心構えをしよう。わたしはクラスメイトやその他の人間に、刃を向けない。峰の方を使う。それから、急所を狙わない。約束をする。

「わかったなら、再開しろ。緑谷も。女だからと遠慮してると、痛い目見るぞ」
「は、ハイ!!」
『申し訳なかった。すいませんでした、緑谷くん。危うく、殺すところだったみたい。ゴメン。もう、しないから。許してくれないかな。どうか、この通り!』
「えっ、ちょ…いや、いいよ!許すよ!許すというか…別に、怒ってもないし…うん。だから、始めようか……身剣さん」

頭を下げると、緑谷くんは許してくれた。いい人だ!わたしなんかを許してくれて。なんていいヤツ。こんな心の広い人間、他にいるだろうか?いや、いない!言い切ります。
さて。さてと、峰を使わないといけない。刀の、刃ではない方。逆側。ぶつけても、斬れない方を。
なら、手っ取り早く。向きを変えて、生やそう。手のひらから出すときには既に、峰と刃を逆にしておこう。そのくらいの調節や変化ならば、容易い。
るろうに剣心みたいで、いい。まさに、逆刃刀。峰が、本来の刃であるように。内側が、刃。入れ替えて、臨もうではないか。

『よーし。気を取り直して、いきます。柄叉、いきます!幕は上がった!賽は投げられた!壁は乗り越えるためにある。プルトラ!!』
「!うわっ、うぐっ!!?」

たっ、地面を蹴る音が鼓膜に残る。わたしのサンダルの音。メトロノームの音に似ている。
床を駆けて、緑谷くんの右側へ回った。左手で頭を掴もうとすると、避けられた。その隙に懐へ入る。無防備なお腹を刀の峰で殴ると、緑谷くんは呻きながら体制を崩した。
隙だらけである。左の手のひらから出した刀で、今度は背中を打撃。緑谷くんは、前のめりに倒れた。そのお尻を蹴飛ばす。ごろごろと、緑色の彼は床を転げて向こう岸に到着。

『案ずるな。峰打ちだ。殺さずの誓い。逆刃刀でござる!』
「剣心!剣心だ!!」
「やっぱ強えな、身剣!なんてったって、動きが読めねえよな!」
「あ?あんなんザコだろ。デクがそれ以上のザコなだけだ」

観客席、湧く。訂正。リングの下の、クラスメイトたち。
爆豪くんの声、バッチリ聞きました。気にしない、気にしない。ザコでも、いいです!

『あ!そうだった。テープテープ。忘れてた。テープを巻かなければ。緑谷くんは、降参するような人ではないので。なんたって、スーパー緑谷だから。実は、強いですから。個性で殴られたら、わたしなんてひとたまりもない。しかし、謎。緑谷くんは何故、個性を使うたびに負傷を。謎である。迷宮入りしそう。真実は、いつも一つ!』
「っ…ゴメン!!」
『わお!謝りながら、殴られた。当たらなかったけど!空振りですが。緑谷くん!謝る必要は、ないよ。ノープロブレム!殴っていいよ!蹴ってもいいし。どんどん、ください。暴行を!そういう、授業。謝らずに、さあ。カモンだぜ!』

ブン!と、緑谷くんの拳がわたしの横にズレる。
避けたので、当たらない。個性は使っていない様子。使えばいいのに。多分コレ、勝てる。

「女の子を殴るのは…やっぱり、忍びないよ……」
『構わんよ!できるものなら、ボッコボコにしたまえよ。けちょんけちょんにしていいよ!許可する。いざ、尋常に。勝負!!』
「がっ!!うぐっ!!」

峰を使って、緑谷くんの肩辺りに打撃!よろめいた隙に、刀をしまって、アッパー。拳を握り、緑谷くんの顎を殴り上げた。
よろよろ、緑谷くんはリングの柱に寄りかかる。
袂からテープを取り出して、ビッと伸ばした。
緑谷くんと目が合う。笑ってみると、何故か彼は青ざめた。

『緑谷くん!失礼いたす。失礼ですが、そなたには。キミには、個性ナシでも、勝てそう。女の子だからって、手も足も出さないのは、どうなのかしら。よくないのでは?女の子の敵だって、わんさかいますぞ!さて。リンチは、よくないので。必要以上の暴力は、いけない。いただけないことであるからして、迅速に終結。手っ取り早く!ケリをつけよう、そうしよう!!』
「っ…僕だって!やられっぱなしじゃ、ないぞ!!」
『わ!』
「あがっ!!」

つい。手が、出た。
へばっていた緑谷くんが、急に両手を広げて、すごい勢いでタックルしてきたので、驚いて顔面を思い切り殴ってしまった。
わたしの右の拳は、緑谷くんの左頬にクリーンヒット。バキッ!骨か歯が折れるような音を残して、緑谷くんは左側に倒れた。
バタン!と、床が振動する。

『わあ。すまん!申し訳ありませんでした、緑谷くん!つい。つい、手が出た。だって、いきなり抱きついて来るもんだから。ものすごく、ビックリした。心臓に悪い。ごめんよ。思い切り殴ってしまいました…大丈夫?折れた?何かが。骨とか、歯とか。申し訳ない。慰謝料は、払いますから!』
「だ、大丈夫…慰謝料は、いらない……」

倒れた緑谷くんに駆け寄ると、返事が返ってきた。ホッ。安心です。生きていました。
ついでに、勝利の証であるテープを巻きつける。緑谷くんの腕にぐるぐると巻きつけると、顔面ボロボロの緑谷くんは苦笑いした。
痛そうだ。ごめんね。これは、ダメだった。驚いたからといって、友達の顔面を思い切りグーパンとは。しかも、既にボロボロだった緑谷くん相手にだ。よくない。懺悔しなければ。

『ふんっ!!』
「身剣さん!!?」
『痛い!!』
「当たり前だよ!!な、何してんの!!?」

謝罪を形に。自分の頬を、思い切り殴ってみた。
拳にした右手で、自分の右頬を強く殴りつけた。ものすごく、イタイ。ちょっと、涙が出た。口の中が切れたのか、血の味がする。唾液が増える。口に血が溜まっていくキモチワルイ。
でも骨と歯は、折れなかった。足りなかったか。もう一発。
と、思ったのだが。再度殴ろうと右手を上げると、後ろから腕を掴まれた。
ぞわり、鳥肌が立つ。手首を、背後から伸びてきた大きな手に強く掴まれた。
思わず、振り払う。いや、振り払おうとした。ブンブンと、右腕を振り回した。のに、背後に立つ誰かは、手を離してくれなかった。
振り返る。見上げると、怖い顔をした相澤先生がいた。じっと、わたしを見下ろしている。

「ふざけた真似しかしねえな、おまえは」
『ふざけてなどおりませぬ!わたしは至って、真面目です。真面目に、生きてます。間違ってましたか。なら、謝ります。罰も、受けましょう。なので、ということで。離してください。その手を、離してください。相澤先生』
「馬鹿が。つくづくおまえは、倫理観に欠ける」
『もう!もう、相澤先生!離してくださいって言ったら、離してくださいよ。全くもう。困ります!わたしが悪いのは、重々承知ですので。お説教は、いくらでも聞きます。ありがたく、教えを説かれますから。いくらでも!何時間でも、叱られます。覚悟しました。うわあ、顔がものすごく痛い。これは、これは、腫れるぞ。いたた!先生!相澤先生、手首が潰れます。そんな、ぎゅっとしたら。握り締められると、手首が潰れてしまいまする!いててて!離してくださいでおじゃる!』

ブンブン降っても訴えても、手を離してくれない。
それどころか、相澤先生はわたしの手首をぎゅううと強く握りしめた。骨が圧迫される。ミシミシ。痛い。
相澤先生の手は、あたたかい。他人の体温。ぞっとする。ぞわぞわ、背中に悪寒が走る。
たまらなくなり、相澤先生の腕を掴んだ。無理やり剥がそうとすると、その前に相澤先生の手はパッと離れる。
なんなんだ。この人は。全く。
相澤先生に握り締められた右の手首は、真っ赤になっている。なんとなく、指の跡がついているように見える。
圧迫されていた血管に血がスーッと流れる感覚がして、気持ち悪かった。

「たく…身剣。緑谷連れて、保健室行け。処置受けたら、おまえは戻って来い。緑谷は寝て、そのまま帰れ」
「ハイ…」
『承知。御意にござる!ささ、緑谷くん。わたしの背中にお乗り!おんぶして運んで差し上げる。さあ、来たまえ!』
「え!?い、いや、いいよ!自分で歩けるから……その。ちょっとだけ、肩を貸して貰えれば…」
『お安い御用さ!友人。じゃあ、行こう。レッツゴー、保健室!リカバリーガールにチューされるために。いざ、ゆかん!』
「うん…元気だね……」

床に座り込んでいる緑谷くんの体を起こす。腕を肩に回させて立ち上がらせると、ずしっと他人の重みを感じた。
保健室は、遠い。多分、わたしが処置を終えてここに戻ってくる頃には、みんなは授業を終えて解散しているはず。
緑谷くんには、申し訳ないことをした。痛かっただろうなあ。わたしも、痛かった。

『ごめんよ緑谷くん。パンチしてしまい、申し訳なかった。我を忘れてたよ。アレだったら、殴ってくれていいよ!気が済むまで、存分にお殴りよ!それで気が済むんでしょ?あなたっていつもそうよ!しくしく!出会った頃はあんなに優しかったのに!殴ればいいじゃない!!』
「いや、そんなことしないよ!?それに、もう謝らなくていいよ。別に、痛めつけようと思ってやったわけじゃないんだしさ…身剣さんは。戦闘訓練だし、これくらいの怪我は、どうってことないよ!それより、身剣さんは強いね…ちょっとアレなところはあるけど、かっこいいヒーローになるんだろうな」

緑谷くんの心の広さに、完敗。優しすぎるのではないか。この人は。
わたしに体重を預けて歩く、モサモサ髪の少年。君こそ。わたしは、思う。
緑谷くんこそ、かっこいいヒーローになる。だって優しい。ヒーローとは、優しいものだ。わたしじゃない。緑谷くんみたいな。

------------------------
Back | Go
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -