15

(相澤視点)

『ん!んんん?うわお。なぜ。個性が。刀が生えて来なくなりました。先生!相澤先生。ユーの仕業ですね?抹消ヒーロー!イレイザーヘッド。イレイザーヘッドさん、やめてください。困ります。やめてください。アイデンティティーが!刀が出ません。刀のないわたしなんて、ただの虫ケラですよ。せめて人間でありたいです。先生。ドライアイが悪化してしまいます。ドクターストップ。柄叉ストップです。自らに追い打ちをかけるとは。よくない。それは、自傷行為にあいなります。先生は、マゾヒストでいらっしゃいますか!』

個性を消すと、身剣は群がるマネキンを蹴り飛ばしながら言った。
刀が使えなければ主に足技を繰り出す。パンチも様になっている。肉弾戦も得手とするようだ。モーションも無くマネキンに暴行を加えている。
体の使い方、力の使い方。不足はない。年端もいかない女子にしては、強い。かなりと言ってもいい。
身辺調査の記録では、幼い頃から体を鍛え技を磨くことに余念がなかったらしい。ほぼ独学で鍛錬を積んだようだが、一時期は剣道や格闘技、空手や武術なんかを習得して回っていたとの報告があった。
戦闘狂か。戦いを好む。それはヒーローにそぐわない。その節がある。

「実戦において。いつも、平生通りに個性を使える状況とは限らない。敵に俺のような個性がいる恐れもある。そういうのは、おまえの視野に入らないか」
『なるほど。なるへそ!納得です。思い至ります。でも。しかしながら先生。ナウです!今。今は、刀ありきの戦闘術を学んでいるところであります!個性なしの肉弾戦については、また今度。またの機会に。むむ。はっ!思い当たる節、発見しました。先生!相澤先生がわたしの個性を消したということは。もしや、不足していましたか。実力が。身体能力、足りませんでしたか。戦闘中の身の置き方!わたしの格闘技、未熟でありますか。監督!』

そうじゃない。言っても無駄だ。
リモコンを操作してマネキンを操る。簡略化されたリモコンは容易。
身剣は多くのマネキンに四方を塞がれ、遠隔操作により自分に群がるマネキンを次々に薙ぎ倒す。
右に迫る男型のマネキンを右脚で素早く蹴り飛ばす。人間より軽いマネキンは数メートル吹っ飛んだ。間髪入れずに、正面のマネキンに拳をぶつけ、倒す。腕を振り抜くついでに、くるりと回転して背後のマネキンに回し蹴りを食らわせた。
バタバタと倒れていくマネキン。身剣に殺された多くのそれらは、無残にも首と四肢がもげている。
猟奇的だ。マネキンにそこまでするのは無意味。
瞬きをし個性を戻してやれば、身剣は右手から刀を出した。
手のひらから生えてくるそれは、光を浴びてギラリと光る。持ち主の目に酷似していた。
身剣の動作は、やはりメトロノームのリズムに合致している。
実戦の時も同じように、頭の中でテンポを決めるのだろうか。敵や周りの人間は意にも介さずに。
あいつの目指すヒーローは、おそらく対凶悪犯罪を生業とするものだ。主に敵を捕らえるヒーロー。エンデヴァーなんかがそうだ。オールマイティにやってる者も多いが。オールマイトのように。
災害救助の方面に役立つ個性ではない。


『ふむ。なるほど、監督。相澤監督!有意義でした。とても。意義に満ちます。イキイキします。そう。昨日も思ったのですけれども。やっぱり、対象が動くというのはいい。いいことです。丸太なんて、そこにあるだけですからね。役立たずです。敵は抵抗してくるでしょうし!その点、これはいい。マネキン、ビックリな動きをします。相澤先生、マネキンを動かすの、お上手ですな。マネキンの遠隔操作において、相澤先生の右に出る者はいませんよ。いやコレほんとに!そうだ。先生、見てください。あ。見てくれてましたか?さっき、相澤先生にご指導いただいたので!言われた通り、今度はマネキンを人間のつもりで仕留めました。やっつけました!どうでしょう。峰打ちに止めました。逆刃刀、知ってますか。剣心!殺さずの誓い。逆刃刀でござる!くう。しびれる。いかがなもんでしょう、先生』
「峰であっても、頭や首を強打されれば死ぬ。加減ってもんを知らねえのか」
『そんな。相澤先生は、剣心を愚弄なさるおつもりか!あの抜刀斎ですよ。緋村剣心。剣心は、逆刃刀でいろんな人を殴りまくりです。きっと大丈夫ですよ!ほら。不良達なんか、金属バットなんかで頭殴られても、滅多に死にませんし。しかも。しかも、先生。わたしも一応、気を使っています。マネキンといえど、ボコボコにするのは忍びないですから。手加減ってやつを、しているつもりであります』
「あれは漫画の話だろ。フィクションだ。現実的に考えろ。おまえの刀は強靭、しかもごく細い。金属バットとは訳が違う。面積が狭い分、衝撃は集中する。硬くて細いモンで頭殴られてみろ、死ぬから」
『死にたくないです!まだ。あと数十年は生きたいのです。寿命が来るまでは。わたしは…わたしは死にましぇん!先生。相澤先生…バスケがしたいです!!』
「漫画の読みすぎだ。死ねと言ってる訳じゃない、俺は。殺すなと言ってる。わかるだろ」

身剣は確かに、さっきの説教の後からは、マネキンの首を落としたり心臓あたりを貫いたりすることはなかった。が、刀の峰の部分で思い切りマネキンの頭部や首、腹なんかを殴り飛ばしていた。見事に吹っ飛んだマネキンの体は峰打のせいで大きく凹んでいる。
忍びないだと。嘘つけ。マネキンどころか、人間をボコボコにすることにすら抵抗を感じないのではないか。
用意したマネキンは、半分ほど亡き者にされた。追加すればいい話だが、処理が面倒臭い。自分でやらせよう。

身剣を囲んでいたマネキンは全滅した。20体ほど居たが、まさにあっという間に。まあ動くことしかしないマネキン相手だ。大して得ることも無いだろう。
無残な姿になったマネキンが、ゴロゴロと地面に倒れている。その中心で、身剣はニコニコしながら離れた場所に立つ俺を見ている。
何故か時代錯誤な漫画の話ばかりする身剣に、ため息が出た。

『相澤先生。お尋ねしたいことが。お尋ね者、身剣柄叉。デッドオアアライブ!賞金、2円。わたしも晴れて、賞金首です。ところで。先生、お尋ねします!現在時刻を発表してください。今、何時でござるか。ニンニン!』
「…7時40分」
『シチジヨンジュップン!承知の助。では勝手ながら、閉店させていただきます。閉店ガラガラ!鍛錬、終わり。さて。さてと。鍛錬を切り上げて、レッツ!ブレックファースト。相澤先生。朝ごはんを食べていいですか?ここで。移動、メンドクサイ。ので。ここで食べて、よいですか!』
「構わないが…食って来なかったのか」
『ええ。それはもう!朝は、水分を補給したのみです。ビコーズ。何故なら、運動は食前が最適。断然、食前派!食後だと、うまいことエネルギーが循環しません。朝は特に!午後は元気を保てます。食後の運動も。元気ハツラツ!オロッナミンスィー!朝ごはんは、ランニング後です。いつも。そうしないと、お腹空きますし。さーてと!タンパク質を、補給。いざ!出陣じゃ!!』

身剣はマネキンの屍をぴょんと飛び越えて、こっちに走ってくる。
俺の隣まで来るとしゃがみ込んだ。地面に置かれたメトロノームを、やっと止める。
カチリ。メトロノームは小さく断末魔を残し、開けっ放しのスクールバッグに突っ込まれた。雑に。
生徒の食事については、どうでもいい。最低限の栄養を摂り、体調管理をしてくれさえすれば。
身剣はその点、心配なさそうだ。体には気を使っているらしい。鍛えるという側面においては。

スクールバッグから赤い巾着袋と水筒を取り出した身剣は、その場に腰を下ろした。
地面で食うのか。演習場にはベンチもある。拘りはないらしい。
水色の小さい水筒は、メトロノームと同じように年季が入っている。塗装が剥げている…が、手入れはされているのか綺麗だった。

『まあまあ。相澤先生も、突っ立ってないで。お座りになったらいかがでしょうか。しりとりでもしましょう!それか、古今東西ゲームでも可。です。よく、ルールは知りませんが。相澤先生、知ってますか?ご教示ください!』
「しない。黙ってさっさと食え」

へらへらしている身剣は、巾着袋から取り出した密閉容器のフタを開けた。
なるほど。伊達に一人暮らししていない。料理はしないからよく知らないが、色味の良い弁当だった。マトモだ。
栄養面でも良いと言える。性格は破綻しきっているくせに、箸の持ち方は正しい。
身剣は既に剥かれている枝豆を、器用につまんで口に運んだ。

地面に座って黙々と弁当を食っている身剣を見下ろして、こいつをここに置いて一人職員室に戻ろうと考えた。
が、演習場の施錠をせねばならないことを思い出し、朝食をとる許可を出したことを後悔する。
こいつが弁当食べ終わるまで待っていなければいけない。時間の無駄だ。
しかし今から移動させるのも面倒臭い。どうせこいつも、渋る。
諦めてしゃがみ込んだ。身剣から適当な距離を取り、地面に腰を下ろす。
こっちに顔を向けた身剣が、俺を見つめてくる。いや、見つめるなんてカワイイもんじゃない。これは凝視だ。

「………」
『むむ!相澤先生、ちゃんとご飯を食していますか?先生はいつも、顔色が良くないですよ。クマも。目の下に、熊さんが住み着いてますよ!猫背ですし。まるで。まるで、そう。まるで不健康が服着て歩いてるみたい!ぷぷっ!ぷくくく、今のすごい。面白い。うける。最高の出来。いやしかし。先生!体は資本!腹が減っては戦が出来ぬ。偉大なる昔の人のお言葉でありんす。食事を疎かにするのは。よろしくないのでは?体調管理もヒーローのオシゴト!ゼリーばかり食べてると、そのうちゼリーになりますよ。先生。足先からゆっくり、プルンプルンのゼリーに侵食されて…そんなのイヤです!担任がゼリーなんて。そんなの。食べちゃうじゃないですか!何味ですか?先生は。イレイザーヘッドゼリーは、果たして何味であろうか…希望は。わたしの個人的な希望は、焼きプリンです!焼いてください。カラメルは、苦めでお願いしゃす!』
「…焼きプリンは、ゼリーじゃねえだろ。焼きプリンは、プリンだ」
『あらま。確かに、おぬしのおっしゃる通り!でも、先生。わたし実は。実は、ゼリーってあんまり好きじゃないんです。ゼリー飲料は普通に、スキなんですけどね?普通のゼリー、あるじゃないですか。カップに入ってたりするヤツ…プルプルの!あれ、好きじゃなくて。なんだろ。透き通ってるからですかね!?あ。でも、アレですよ。寒天は、大好きなんです。寒天、バンザイ。体にも良い。そうだ相澤先生。寒天食べたらどうですか。ゼリーより歯応えあっていいですよ。ゼリーは噛まないから、顎が衰退してしまいます。相澤先生だって、顎がなくなったらイヤでしょう?ひい。想像したらきもちわるぅ。顎がなくなったら、先生のヒゲはどこに行っちゃうんですか!?教えてください!!』

どうしたものか。矯正は、不可能なのではないか。
まず思考回路が、理解できない。こいつは、頭の中で連想ゲームでもしているのか。しかも全て口に出している。
そもそもコレが、本性なのか。一人で居る時のこいつを見たことがないからどうとも言えないが。何かを、隠している節がある。
もそもそと弁当を食っている身剣を眺めた。不味そうに食っている。
この時間が無駄だ。俺も栄養補給でもしておこう。コスチューム左のポケットに入れておいたゼリー飲料を取り出す。

『出た!相澤先生のゼリー。伝家の宝刀、ウォーターオンゼリー!一昨日も、飲んでましたね。ん?ゼリー飲料は、飲むんですか?食べるんですか?適当な表現は、どれだ。まあ、いいか。どうでも。そうだ!相澤先生。炊き込みご飯は、好きですか?オーソドックスな炊き込みご飯。昨日仕込んで、今朝炊き上がった炊き込みご飯。おにぎりにして持って来ました。美味しいですよ。わたしの味覚が、正常であるなら!具は、タケノコとか。鶏肉とかです。炊き込みご飯、お好き?良ければお一つ!三合炊いて、余るので。半分は冷凍しましたが。良ければどうぞ。お裾分けです!おむすびころりん。厚意は厚意を呼ぶ。あ。でも先生!もしや、他人が素手で触ったものに嫌悪感を抱くタイプのお人でありますか!?ご安心ください!もちろんお米は素手で研ぎましたが、握る際にはラップ越しでした。それでもイヤなら、まあ。それは致し方ない。そういう人もいますよね。わかります!だけれども、そうでもなければ。相澤先生。わたしの厚意、お受け取りになって!』

よく喋る。もう呆れるのも面倒臭い。俺の同期に喋りっぱなしでウザい奴がいるが。そのマイクすら、凌駕している。
スクールバッグから、紺色の巾着袋を取り出した身剣は、更にその中から、ジップ付きの保存袋に一つ一つ入れた握り飯を取り出した。
ラップで包まれた三角形の握り飯が、ジップ袋の中に収まっている。
そのうちの一つを、差し出してきた。
肩たたき券同様、強引な押し売り。
身剣が言うように、他人が触ったものに嫌悪感を抱くということはない。どうでもいいと感じる。
身剣は、炊き込みご飯の握り飯をぐいぐいと押し付けてくる。それを受け取った。
飯は簡易的なもので済ませることが多いが、それは拘りじゃない。それが最も合理的であるだけだ。
買う、作る、食う。それに手間がかからないのであれば突き返す理由は無い。握り飯なんざラップ剥いて食うだけだ。献上品なら尚更。俺に手間がないのは良い。

『お茶もどうぞ!よければ。よろしければ。見たところ、お飲み物はお持ちでないようですので。麦茶です。水出しです。そして、水筒は毎朝熱湯消毒しております!パッキンまでバッチリ。菌については、強いですよ。わたしは。なので気が向いたら。お飲みにおなりくだされ、殿!信長様。本能寺の変ですぞ!わたしは明智光秀なり!』
「謀反起こす気か」

セリフに見合わない抑揚のない声には、もう慣れた。
ジップ袋を開いて握り飯を取り出す。米と具が詰まっている。三角形に。
ラップを剥くと、ほのかに出汁と醤油の匂いがした。
学校での様子からは想像もつかないが、料理はマトモ以上に出来るらしい。無駄なスキルだ。
握り飯を齧る。俺を、身剣はじっと眺めている。

「何だ。見てないで食え」
『イエッサー!相澤先生が、固形物をお食べになられるとは。初めて見たので、物珍しさに見入りました。こりゃ失敬。先生も、歯と顎はちゃんと機能しているんですね。よかった。ホッ。一安心です。はっ…そうだ!先生、実は。実はわたし。作ったものを誰かに食べてもらうのは、初めてなのですよ。家族以外の。他人では、初です。初体験です!これは。これは今晩は、赤飯です。赤飯炊いて、祝杯をあげます。相澤先生のこと、一生忘れません。先生の食べっぷりは、ワイルドでした。思いの外。男らしいです。今日という日を生涯、わたしは忘れない。相澤先生は、わたしの初体験のお相手です!これは。これは、予想外。予想外デース。ありがとう。ステキな気持ちです。まことに。ありがとうございます!』

身剣の発言を第三者に聞かれたら。在らぬ誤解を生みそうだ。
炊き込みご飯は美味かった。本当にこの破綻したガキが作ったのか疑わしいくらいには、美味い。
勧められた茶も、マトモだった。普通の麦茶だ。問題ない。
水筒の蓋でもあるコップが一つしか無いということを、俺が失念していた他は。
身剣は、躊躇わなかった。俺が口をつけたコップで、同じように注いだ麦茶を飲んだ。
コップを共有するくらいで、ガタガタ言う気は無いが。何の躊躇いもないのはおかしい。
こっちは、ヒゲ生やしたおっさんだぞ。

『腹ごしらえ、完了!思いの外。満腹になりました。参った、参った。腹八分目がいいのに。でもほら、若者だから。やっぱり、お腹空きますしね。お腹いっぱい、食べちゃうんですよ!それもまた。それもまた、よし。よーし。今日も1日、がんばるぞー。勉学に励み、円滑な人間関係を育み、鍛錬に勤しむぞー!おー!!』

弁当を片し、立ち上がり、髪を縛っていた輪ゴムを外した身剣が、右手を突き上げて言う。
その手から、黒い輪ゴムが地面に落ちた。
俺の肩より低い位置にある身剣の頭を見やる。髪には、縛られていた位置に波打つような跡がついている。
どうせこいつは気にしないのだろう。
視線を外す。輪ゴムを落としたことに気付かない身剣の代わりに、手を伸ばしてそれを拾った。

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