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目覚まし時計のけたたましい音で起床。早朝。というか、未明?
ジリリリリリ!わたしが生まれる前から両親が使っていた赤い目覚まし時計。年季が入っている。そのレトロな音はお気に入りだ。
まだ微睡み。シャキッとしろ。自分に喝。身剣、目覚めました。
今日は相澤先生が早朝鍛錬にお付き合いをしてくださる日。初日!遅刻する訳にはいかない。
ちゃちゃっとお弁当を作ってちゃちゃっと準備してちゃちゃっと家を出る。
まずは歯磨きだ!


(相澤視点)

早朝6時30分。6時30分を早朝というのかは、知らない。
昨日した約束通り、身剣は時間きっかりに職員室前に現れた。
俺を見るなり『おはようございます!いい朝ですね。小鳥のさえずりが聞こえてきます!ピチピチピチ。小鳥たちも、相澤先生におはようって言ってますよ!』といつもの貼り付けたニコニコ顔で言い放つ。
体操服姿で。肩に提げているスクールバッグの中に制服やらを詰め込んでいるのか、パンパンに膨らんでいる。

「体操服で登校してきたのか、おまえ」
『エスパー!すごーい。何でも分かるんですね。相澤先生はやっぱり、すごいお人だ。そんな先生の生徒になれて、わたしは感動で胸が震えます!会いたーくて、会いーたーくて震える!』
「羞恥心は、無いのか」
『え。それは、どういう意味でしょう。むむ。わかりかねます。羞恥心というものは、しっかり持っているつもりで生きているのですが。相澤先生ともおろうお人が…それに気付かない訳。これは、ひっかけ問題ですか!なるほど。そういう手口がお好きなんですね?もう、そうならそうと早く言ってくれればいいのに。いけず!』
「普通の女子なら、体操服で校外には出ない。よっておまえには、普通の羞恥心は無い。そもそも、微塵も無いだろ」
『微塵はありますよ!ありますよう。相澤先生!先生は少し、わたしを誤解しているみたいだ。思い誤っています。確かに、相澤イレイザーヘッド消太先生のおっしゃる通り、わたしは家からここまで体操服でやって来ました。が!ですが。ですがそれは、ここまで走ってきたからに他なりません!鍛錬の前準備のために、走ってきました。そのため、ジャージ登校なのですよ。理にかなっているでしょう!先生は、理にかなっていることが大好きなんじゃないですか?わたしの分析ではそうです。先生は三度のメシより、理にかなうモノがお好き!これはわたし、褒められるんじゃない?』

身剣の言っていることは、ほとんど理解できない。
間延びした平坦な声にため息が出る。
そもそも、このジャージを着て外をほっつき歩くこと自体に抵抗を感じない時点で、羞恥心は欠落している。
初めからわかっていたが。こいつに羞恥心など期待していない。
ランニングをしてきたからか、身剣は長い髪を後ろで一つにまとめている。
普段はおろしているそれは、昨日の戦闘訓練の際にもおろされていたので、わずかに違和感を覚える。
が、髪型などどうでもいい。
ジャージを着込んで俺を見上げる身剣から目を逸らし、背中を向けた。

「行くぞ」
『相澤イレイザーヘッド消太先生。どこへ行くのですか!わたしを置いて行かないでください。迷子になると困ります!』
「演習場に移動だ。黙って付いて来い」
『こ!これは…亭主関白ってやつですか!?ステキ。痺れるう!まさか貰ってくれるんですか!?わたしのこと。嫁に!スゲー。それは!承知しました!一歩下がって夫を立てます。先生より先に寝ません。先生より先に起きません。メシはうまく作ります!いつもきれいでいます。もとがきれいではありませんが。現状維持につとめます。姑や小姑ともうまく付き合います。つまらない嫉妬はしません!浮気される覚悟もしときます。先生より先に死にません。先生が死んだら泣きます!二粒以上、涙を出します。フトドキモノですが、よろしくお願いします!!』
「関白宣言か…いやに詳しいな。死んでもおまえを嫁に貰う事は無いが」
『そんな殺生な。その気にさせておいて捨てるんですか!これだから大人ってやつは。不純です。オトメゴコロを弄ぶなんて。そんな人だとは思いませんでした!というのは、一先ず置いといて。渡すものがあるんです。お渡ししたいものが!相澤イレイザーヘッド消太先生に、献上したいものがあります』
「人の名前で遊ぶな。俺は同じこと言うのが嫌いだ、何度も言わせるなよ」
『すみませんでした!相澤先生。すみませんでした、非常に。そこで、これ。コレをどうぞ!昨日、作りました。わたしの気持ちです。受け取ってください!』

演習場への移動中、身剣は徐にジャージのポケットから取り出した何かを俺に差し出した。
目を落とす。身剣の手のひらには、厚紙で出来た券が乗っていた。
呆気にとられる。
白い厚紙に「肩たたき券。一枚につき50分間、あなたの肩をほぐします。ご希望とあれば、肩以外の部位も可!身剣柄叉こと蠍座の女が、あなた様にそれなりのリラクゼーションをお届けします!」と、手書きのカラフルな文字が並んでいる。
肩たたき券だった。
一枚が、身剣の手のひらの半分ほどの大きさに切られた厚紙。
数えなくても、ゆうに20枚はあるように見える。端をクリップで止められている肩たたき券の束。
本当に作って来やがった。しかもなかなかの出来。わざわざ厚紙で作るその拘りは何なんだ。

『ちなみに。裏に記載してありますが、決まりごとがいくつかあります!ひとーつ。一度に複数枚使用はご遠慮ください。ふたーつ。授業中及び休日は使用不可です。みーっつ。券は使い回しますので、捨てないでください。以上でござる。ささ、相澤先生。相澤先生のものです。さぁ懐へ。お納めください!』

グイグイ来るな。押し売りか。
とりあえず、身剣の手から肩たたき券の束を受け取る。
裏返して見てみると、小さな字で規約が書いてあった。芸が細かい。無駄すぎる。
まあいい。肩が凝ったら揉ませよう。パソコンを使うと肩が凝る。目が疲れるからだろうか。元々目を酷使しすぎているせいか。
使う機会がなければ使わなければいい話だ。分厚い肩たたき券をポケットにしまう。
見返りのつもりなのだろう。身剣は満足そうに俺の斜め後ろをついて来る。


『わお!これは素晴らしい。広い。いい眺め!圧巻。圧巻ですよ先生。こんな良い演習場、わたしが借りても良いのですか?破損は最小限に止めますが!しかも。マネキンが沢山。あれがわたしの敵ですね?オーケーわかりました。なぎ倒します。かかって来い諸悪の根源め!成敗してくれるわっ!!』

演習場に到着すると、身剣は手のひらから刀を出して言った。セリフと噛み合わない平坦な声で。
許可書を提出し借りた施設は、屋外を模した演習場だ。使用者は身剣一人なので狭い場所しか借りられなかった。が、本人は満足らしい。それ以上か。喜んでいる。のだと、思う。
いくつかのビルや電柱が密集した見通しの悪い演習場を眺め、身剣は腕を振り回している。眺めがいい?狂ってるな相変わらず。どこが圧巻だ。ただの街中の風景だ。
予め使用許可を得て、昨日のうちに運び込んでおいた大量のマネキンに、身剣はテンションを上げている。
顔のあるタイプだ。服屋に並んでいるような。今は素っ裸だが。アレが安価だったらしい。校長の趣味なのではないかと邪推する。
演習場の一角に積み上げられたマネキンは、まるで死体の山だ。それを歓喜として見つめる女子生徒。
半分ほどのネキンには電子機器が埋め込まれており、リモコンで操作すれば動くらしい。足はタイヤ付きの機械に固定されている。
自動走行機能も付いているらしいが、イマイチ信用ならない。しかもマネキンが一人でに動くなど、不気味だ。
しかしアレは本当に安価なのか。俺の気にするところてはないが。

「…何だ。ソレは」
『よくぞ聞いてくれました!相澤先生。これはですね。メトロノームです!規則的にリズムを刻みます。これがあると、精神統一が捗りますので!』

地面にしゃがみ込んだ身剣は、スクールバッグの中から、銀色の三角形を取り出した。
メトロノームだそうだ。説明されなくてもどんな物かくらいは知っている。
とことんおかしいようだ。メトロノームの規則的なリズムで精神統一。
全く実戦を意識していない。実戦では精神統一など不可能。実戦により近い環境でどうのこうの、と能弁垂れていたのは誰だ。
地面に鉄製のメトロノームを置いた身剣は、真ん中の棒の留め具を外した。
カッチカッチカッチカッチ。思ったよりも早いテンポでリズムが刻まれる。
硬質で質素な音。身剣が立ち上がる。

『高まる!先生、わたしマネキンを配置して来ます。適当に。あ、動くのでしたっけ。もしかして、わたしを襲ってきたりなんかしますか?そうであれば!そんなに良いことはない。んですが、どうでしょう!』
「約半分のマネキンは動く。俺がリモコン操作して動かしてやる。…が、まずは普段通りの鍛錬をして見せろ」

身剣は、目をまん丸にして俺を見上げる。
きょとん。とか言いそうな顔だ。しばきたい。

『普段通りの?それは、家や外でやるトレーニングということですか?ええ。そんなあ。それは困ります。だってそんなのは、つまらない。無意味です。だって先生。わたしが家でやることなんて。筋トレや素振り、ランニングや柔軟。あとは、地面に突き立てた丸太を斬りつけるくらいのことですよ。面白くないですよ。実戦さながらに、わたしを囲むようにマネキンを配置したり、マネキンが襲いかかってきたりするような、鍛錬がしたいです!』
「なら手始めに、丸太の代わりに普通のマネキンを並べて斬れ。普段のトレーニングでやってるようにな。まずは10体、並べて来い」

メトロノームの音が耳触りだ。
カッチカッチカッチカッチ、うるせえ。
身剣は首を傾げてから、平生の顔に戻った。ニコニコと薄い微笑を携えている。
薄ら寒い笑顔だ。戦闘のセンスはあっても、演技のセンスは皆無らしい。

渋々なのか、『もう。仕方ないなあ』などとナメくさったセリフを落としてから、身剣はやっと身を翻した。
俺に背を向け、マネキンの山へ向かっていく。後頭部で縛ってある髪の束がゆらゆらと揺れていて、メトロノームの音と合わさり眩暈を覚えた。

『相澤先生。近くに来るときは、声掛けをお願いします!集中するので。集中してるので、わたしは。不意に接近されると、間違って斬りつけてしまうかもしれないので。刀、鋭利ですから!触れるもの皆傷付けますとも!なんせガラスの十代。不安定な時期ですから。思春期ともいいます。多感な時期です。というわけでして!是非とも。お頼み申し上げます』
「御託はいい。やれ」
『へば!よしよし。やる気、漲ります。目指せ戦国武将。全国統一!身剣柄叉、いきます。5秒後にスタートします。ヨーイ。ドン!!』

適当にとは言ったが。乱雑にマネキンをビルとビルと隙間の道路に並べた身剣が前に立つ。
ランダムすぎる。どうでもいいな。

ドン。何の感情も感じ取れない声で呟いた身剣は、臨戦態勢に入ったらしい。
ふっと、全ての動きが止まる。
シンとした演習場に、メトロノームの音だけが響く。耳触り。
そのメトロノームの音で測っているのか。きっかり5秒後、身剣は駆け出した。
何のモーションも無く。その右手からは鋭利で強靭な刃が伸びている。
速いな。普段のとろい振る舞いとは打って変わる。戦闘中、身剣のスピードは速い。そして読めない。ひらひらと気まぐれに、相手の意表を突く動きをする。
身剣が右手を振り被る。次の瞬間には、マネキンの首が落ちた。
スパッと横一文字に斬りつけられ、マネキンの頭は地面に落ちる。鈍い音を立てて。
身剣は止まる様子はない。
次のマネキンは心臓あたりを貫かれた。ゴス、みたいな音がメトロノームの音に重なる。
驚くべきことに、身剣の動作は全て、メトロノームの規則的なリズムとタイミングが合致していた。
地面を走る足。マネキンの首を斬りつける右手。マネキンの心臓を貫く左手。
全て、メトロノームの音と同時。寒気がする。イカれたトレーニングをしている。
身剣の刀が、マネキンの首を斬り落とす鈍い音が演習場に木霊した。
正気の沙汰じゃない。
あっという間に、あいつはマネキン10体を殺してみせた。
刃こぼれひとつ無い刃が下される。
首のないマネキン、穴の空いたマネキンが無残に地面に転がっている。
その向こうで、身剣は立ち止まり振り返った。

「身剣。おまえはマネキンや丸太を、何だと思って斬ってる。敵か?それは、人間か」
『んん?それは。よく意味が。わからないのですが、先生。当然、鍛錬の対象は敵ですよ!それは、敵は人間であるか?という質問ですか?哲学ですな。哲学。哲学は、好きですよ。フム。多分、敵は人間です!悪事をはたらきますが、生物学上、人間。ああ、でも。この答えでは、哲学っぽくありやせんね。難しい!わたしには。まだ早かったみたいです』
「その鍛錬は、合理的じゃない。おまえは、将来的にヒーローになったとして。敵を殺すのか?おまえの知ってるヒーローは、敵を殺してるか?」
『そんなあ。いいえ!殺したりなんかしませんよ。人聞きの悪い。ヒーローは敵に対して、生け捕りを基本としているのは知っていますよ。どうにもならない場合の他は!合理的じゃないですか?合理的…難しい言葉だ。わたしには、先生。相澤先生の言う、合理的の意味がちょっと。わからないです。ナットアンダースタン!』

ゆっくりとした歩みで俺の元へ戻ってくる身剣は、やはり表情を崩さない。
ひどく濁った目だ。だというのに、対象に刀を振るう瞬間の、ギラリと光るアレは頂けない。
恐ろしい目をする。どう考えても子供のして良い目ではない。
無意識に腕を組んでいた。解いて両手をポケットに突っ込む。
右のポケットの中に、さっき受け取った肩たたき券が入っていた。

「現におまえは、殺してるじゃないか。見てみろ。喉を掻っ切られて、首を落とされて。心臓を貫かれて死なない人間は、多くない」
『やだな。先生、ご冗談を。これ、マネキンじゃありませんか。ハリボテ、ですよ。ニセモノ。既に死んでますから、問題ないです。人間相手なら、峰打ちっていうものがあります。それ、わたし得意です。ほら。こっち側は、斬れないんですよ。こっちで斬りつけるだけなら、大抵は死にません。平和的解決!峰打ちでわたしの右に出る者はいませんよ。多分!』
「より実戦に近い環境で鍛錬をしたい。そう言ったな。実戦とは、そういう意味だろう。おまえはあのマネキンを、生きた人間として扱うべきだ。発言を省みろ。矛盾が生じていないか?」

『ううん。ふむふむ』身剣が唸る。俺の前で立ち止まった。その距離は十分すぎるほど。
こいつのパーソナルスペースは、広い。人の1.5倍はある。
そのくせ、他人に平気で触れる。が、戦闘訓練のVを見る限り、他人に触れられるのは良しとしないようだった。

「昨日の戦闘訓練、V見させてもらった」
『お!見られたんですね。わたしたちの勇姿を。どうでしたか。燃えましたか。若者たちの一生懸命な姿は!青春を思い出しましたか。そうですよね。相澤先生だって、過去は子供だったんですよ。感慨深いです。こんなに大きくなって…ちなみに。わたしと響香ちゃんは、無事に勝利を収めました!アイムウィナー。柄叉は勝者の称号をゲットした!パラリラッタラーン!』
「見たから知ってる。おまえ、切島の急所を執拗に狙っていたな。殺すつもりだったか」
『びっくり。ビックリです先生。そんなはずございません!切島くんはわたしのベストフレンドですよ?大事なクラスメイトです。そんなお方を、手にかけるわけが。無いではございませんか!心外ですぞこれは。おこ!おこです。いやあ。でも、切島くんの個性が硬化だったので、良い練習相手だなあと思いました!もうカチンコチンで。斬っても斬れないんですよ。いい。すごくいい。怪我をさせる心配がないのは、素晴らしきかな!』

疲れる。マトモに説教すらできやしない。
身剣の、切島への急所攻撃を思い出す。動く対象相手に、全ての打撃が急所のみに命中していたのは。素直に驚いたし、凄いと思った。努力してきたのだろう。
百発百中だった。狙った場所にピッタリと刃をぶつけていた。
大事なベストフレンド相手に。
VTRには、戦闘訓練中はオールマイトのみが聞いていた生徒らの音声も収録されていた。
身剣は戦闘中すら滅茶苦茶な御託を並べ、果てには歌っていた。
PCの画面を叩き割りたくなったのを覚えている。

「考えることはできないのか。もしも切島の体に硬化出来ない部位があったら、どうする。おまえの攻撃に、硬化が追いつかなかったら。終了間際、おまえ切島の目玉に刀を突き刺そうとしたな。もしもオールマイトの終了通告がもう数秒遅かったら。切島が目玉は硬化出来なかったとしたら、どうなっていたと思う」
『でも先生。少し目ん玉に刀の先っちょが刺さったからって。死にませんよ。人間、そんな貧弱じゃないです。それにいざとなれば。雄英が誇る彼女!リカバリーガール殿がいらっしゃる。お手の物ですよ、きっと。チューしたらあっちゅー間に完治!それにですね。多分ですけど。想像に過ぎませぬが、多分切島殿も、お強いですから。硬化出来ない部位があれば、わたしの刀なんて簡単に避けますよ!ひょいっと。イージーに。それか、硬化出来るところを盾にすればいいです。ガキインって、すごい音します!』
「思慮に欠けると言ってるんだ。他人を慮ることが出来ないなら、おまえはヒーローにはなれないよ」

一瞬。身剣の顔から表情が消えた。
常時貼り付けてある薄ら笑みが取り払われたその顔は、虚無だった。ぼんやりとした目は、まるで穴だ。
初めて見る素らしき顔。
ヒーローになれない。それが琴線に触れたのかもしれない。
しかし、次にまばたきをすれば身剣はまた微笑を浮かべた。内心で舌打ちをする。
まるで仮面だ。微笑を貼り付けた能面。無表情と同じ。意味はない。

身剣が昨日の戦闘訓練中、「怪我は最小限に」と呟いたことを思い出した。
耳郎との会話がマイクに拾われていた。
身剣が怪我を最小限に抑えると言っていたのは、自分に対してではなく対戦相手に対してだろう。
まるで自分達が怪我をしないようにと取れる言葉だったが。
対戦相手に酷い怪我をさせないように気をつける。身剣の場合は、そういう意味に違いない。
しかもそれすら相手を慮る意図ではないのがすごい。あくまでそれは、訓練を中断させないためのものだ。
行き過ぎた怪我を負わせ、観ているオールマイトに中断を言い渡されぬよう、一つ配慮したのだろう。
向ける先が間違っている。自分を含めた人間は、意に介さないらしい。状況にのみ、拘っている。
今もそうだ。身剣は、ここに誰がいようと関係ない。監督する教師が俺でなくてもいいし、見知らぬ大人だとしても構わない。慣れない演習場で自分が怪我をしようとも。あいつは、実戦により近い鍛錬さえ出来ればそれでいい。

『相澤先生。そろそろ再開しませんか。鍛錬に勤しみたいです。有り難きお言葉は、すごく胸に響きました!染み渡りましたので。先生は無駄話、お嫌いでしょう?例えば、ケムシみたいに。嫌われ者ですね。かわいそう。やつらも一所懸命生きてるってのに。ケムシ。わたしもあいつら、大嫌いです。そうだ。次は、動くマネキンがいいです!囲まれたいです。前後左右、斜めも。ぐるっと!敵に囲まれて逃げ場のない、設定です。四面楚歌。相澤先生、好きなように動かしてください。何をって、マネキンをですよ。本場の敵さながらに。わたしを蹂躙しておくれやす!』

身剣は地面に転がるマネキンの亡骸を拾い始めた。
次に行きたいらしい。無機質な生首を腕に抱えて笑っている。子供が見たら泣き叫びそうだ。
銀色に光るメトロノームを見下ろす。真ん中の棒が左右に揺れる。よく見れば年季が入っていた。所々、塗装が剥がれている。

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