09

午前中は必修科目の普通の授業だった。座学。英語とか数学とか。
わかっています!これもヒーローになるのに必要な知識たち。頭に叩きこもうではありませんか。

「柄叉。お昼、弁当?一緒に食べない?」

バッグ片手に響香ちゃんが言う。わたしの机の横で。
響香ちゃんは昨日仲良くなったかわい子ちゃん!そして斜め前の席の主。

『なんと光栄な!食事を共にしてくれるなんて。ただ事じゃない。事件だよこれは。是非!是非一緒に食べよう。ささ、そうと決まれば早速。響香ちゃんの気が変わらぬうちに』
「変わんないよ。百もいるけど、いいっしょ?」
『それはもう!ご褒美か、これは。わたし、そんないい事した?こんな幸運に恵まれるなんて。幸せは歩いてこないなんてウソだよ。幸せは歩いてきたよ。颯爽と!かわい子ちゃん二人に囲まれてご飯を食べるなんて…心臓が口から飛び出しちまうよ。まあそれは、食べればいいか』
「心臓食べるとか…キモいこと言わないの。ほら、行くよ」

響香ちゃん、天使。

「あら、柄叉さんのお弁当。健康的で美味しそうですわ。ご家族の方がお作りになったの?」

百ちゃんも、天使。

『そんなまさか。まさかそんな。お褒めに預かり光栄でございます! 僭越ながら。これはわたくしめが作った世界に一つだけのベントゥーにござる。弁当とも言う』
「ご自分で?すごいわ!柄叉さん、お料理お上手なのね。栄養バランスが整っていますし、きっと体に気を使ってるんでしょう?尊敬しますわ。毎朝早起きして作るのは、大変でしょう?」
『え…そんな。そんな褒めちぎられるとわたし、四肢がちぎれてしまうよ。百ちゃん。いいんだよ。わたしなんか、この愚民が!って罵ってくれていいんですよ。むしろ罵ってください!』
「ていうかさ。柄叉って、一人暮らしなの?」
『むむ!響香ちゃん、鋭いな。正解です。ピンポーン!模範解答は、身剣柄叉15歳!一人暮らしをしているしがない高校生です。でしたー。正解した人の中から、抽選で温泉旅行を差し上げます!』
「温泉旅行、いいですわね。お好きな温泉街はありまして?」
「お好きな温泉街!高校生の会話じゃないわコレ」
『わたしは道後に一票!行ったことないけど…あ、なんか温泉行きたくなってきた。ううん、あったまりてえ。よーし。響香ちゃん、百ちゃん。温泉行こうぜ!道後へレッツゴー!!』
「これからですか!?物理的に考えて不可能ですわ!」
「いやその前に、柄叉は職員室へレッツゴーでしょ。相澤先生に呼び出されてたじゃん。アンタ、覚えてる?」

広げたお弁当。
中身はゆで卵。ささみ。根菜。飯。
響香ちゃんの呆れ顔に、ハッとする。
こりゃマズいぜ旦那!

『よくも!響香ちゃん!』
「よくも!?」
『失念してたよ。ありがとう響香ちゃん。失った記憶を取り戻せたのはそなたのおかげだ。このご恩には必ず報いますから!ちゃちゃっとご飯を食べなくては。あの人に会いに行かなくちゃ…』
「あの人に会いに行かなくちゃって。恋する乙女か、アンタは」

相澤先生に呼ばれていたこと、すっかり忘れていた。
これは怒られるなあ。身剣、困りました。
慌てて行こう。急いで行こう。
半分に切ったゆで卵を口に突っ込む。わあパサパサ!
わたしはゆで卵は半熟派だって言っただろ、今朝のわたし。怨みます。


(相澤視点)

『わお!プレゼント・マイクではないですか。今日もステキなヘアスタイルだ。惚れ惚れしています。いやぁすんばらしい。とても前衛的!イイと思います。攻めてますね。さすがヒーロー、いつだって戦いですか。カッケー!握手してください!うわお、すごく大きな手だ。大人の男の人は、手が大きい。身剣柄叉、無知でした。英語のノートにメモしておきます。いいなぁ。こう手が大きいと、有利ですね。何かしらに。ほら、ウナギつかみ取り大会とかで!いいなぁ。わたしはいつも一匹しか掴めないんですよ…悔しい!!世界は残酷だ。でも美しい!プレゼント・マイク。わたしも大人になったら、ウナギ五匹くらいつかみ取りできるようになりますか!?』
「消太、コイツ病院に送ろう。悪いことは言わねェ、再検査した方がいい」

昼休み、朝のHRで言いつけた通り職員室を訪れた身剣。
炸裂している。身剣ワールドというものが。
『失礼つかまつります!1年A組18番、身剣柄叉と申す者ですが。相澤先生に用があって参りました!相澤消太先生、身剣が来ましたよ!!』と。身剣は、ハチャメチャな挨拶をしながら職員室に乗り込んできた。
その時点で、職員室は静まり返り、多くの教員の目は身剣へ。身剣は大勢の大人に凝視されたからか、照れたように頭を掻いていた。何故照れた。
そしてキョロキョロして俺を見つけると、こっちに歩いてきた。
その途中、俺の隣のデスクにプレゼント・マイクを発見し、今絡んでいるところだ。
デスクに乗っていたマイクの手を強引に取り、両手でしっかりと握りブンブンと振り回している身剣。マイクは真顔で俺を見た。

「身剣。手を離してやれ」
『御意。相澤先生、身剣柄叉です。言いつけ通り、職員室に降臨しました!』

今日もやっぱり頭おかしいな。朝の時点でわかっていたが。
マイクの手を解放し、くるりと俺に体を向けた身剣を見上げる。
椅子に座ったままの俺を、身剣も見下ろした。
周りにいる同僚の視線が痛い。おそらく、思うことは皆一様だろう。身剣の頭がおかしいとか。ヤバい1年がいるなとか。

『相澤先生。懺悔を聞いてください。実は、さっきまで相澤先生に呼ばれたことを忘れていました。もうすっかり。ポーンと失念してました。申し訳ないです。すみませんでした!それで何故思い出したのかというと。響香ちゃんが記憶を呼び起こしてくれたんです。友情ってすばらしいですね、先生!友達がいればなんでもできる。友達ってスゴイ。心強い。これは新境地です。今までのわたしじゃないですよ。友達ができたわたしは。身剣柄叉改め、ネオ・身剣柄叉!バンザイ!』
「……」

身剣は本当にバンザイをした。
唖然とする。
なんなんだこのテンションは。朝より高くなってないか。
しかもセリフはアホみたいにはしゃいでいるくせに、喋り方にはやはり抑揚がない。それが不気味だ。こいつは何を淡々と喋ってる。
あのマイクすら、言葉を失ってるじゃないか。

「…色々と言いたいことはあるが。まず本題だ、コレに署名しろ」
『我が王の仰せのままに!』
「誰が王だ」
『むむ。これは!先生。”施設使用許可書”と書いてあります。まさか。もしやこれは。わたしの願いがついに!』
「そこ座って書け」
『朗報!相澤先生はとてもいい先生だった。ビバ。相澤消太先生!わたしたちは腐ったミカンじゃない!!』
「おい。座れつってんだろ」

使用許可書。既に俺の署名済みの書類を受け取った身剣は、視線を落としてはしゃぐ。
はしゃいでいるフリか。本当にはしゃいでいるのかは分からない。
身剣が署名し、あれを提出すれば授業外で施設を借りられるわけだ。
そういう書類。今朝の交渉に対する明確な肯定だと瞬時に気付いたこいつは、決して頭が悪い訳じゃない。
入試の筆記試験、身剣の成績はクラスで4位だった。非常に優秀だ。教科によりムラが目立つが。

『座り心地の良さそうな椅子。お借りします、まだ見ぬ持ち主の方!』

席を外しているミッドナイトのデスクを借りた。
俺の左隣の事務椅子に腰掛けた身剣は、『おしりに馴染む!すばらしい座り心地。高そうだ。いいなぁ。腰痛持ちに優しい配慮。わたしは健康体ですが!』と誰に言うでもなくつぶやいていた。
無視してボールペンを押し付ける。
つくづくおかしい。相手にするだけ無駄だ。

「演習場は借りられるが。ロボは無理だぞ」
『ええ。ショック。でも分かります。そりゃそーでした。個人的な鍛錬で、ロボがたくさん犠牲になるのはヨクナイです。コストも。莫大でしょうし、モッタイナイです。贅沢はヨクナイです。欲しがりません、勝つまでは!』

今朝、こいつがロボも要求していたことを思い出した。
確認するまでもなく貸せない。個人の鍛錬だ。不合理。

「代わりにマネキンを使え。倉庫に大量に眠ってる。安価なモンだから、どれだけ壊そうと好きにしていい」
『わーい!いいんですか。きっと底をつきますよ。マネキン。もう破壊しまくりですから。わたしは、破壊神と化しますよ。仮想敵です。ヴィラン。ああでも、動かないんですか?そのマネキン殿たちは。直立不動の敵…まぁ!それも、アリです』
「いや、動かす装置がある。規則的な動きしかしねえが、自走させられるからな。役立たずということもない」
『スゴイ。雄英はなんでも揃ってる!スゲー。すごいなぁ。もうビックリ。ユートピアですか?ここは』
「違う。おい、書けたなら貸せ」

身剣の手の下から許可書を引き抜く。作りもんのニコニコを向けられる。
何故こいつは、署名し終えたくせに、いつまでもペン持って無駄話をしている。
こいつの喋ること、9.5割無駄だ。削れよ。端的に話せないのか。
こんだけ破綻してるくせに、ペンの持ち方は正しい。字も綺麗だ。

『相澤先生。いつにしますか?もちろん親方様のご予定に合わせます!そのうえで、ちなみにですが。ちなみにですけどね。わたしの希望は、明日です。トゥモロー!思い立ったが吉日と申しますし!早い方が嬉しいです。とてつもなく喜びます。ここはおひとつ。どうでしょう?』
「親方じゃない。おまえ、俺に合わせる気ないだろ」
『そんな人聞きの悪い。ありますとも。すごくあります。みなぎっていますよ。そうだ。相澤先生、何かご所望はございませんか!見返りに何か。肩たたき券でよければ、作って参りますよ。今一度、人間の肩あたりの構造を調べ直してきます。マッサージの知識も!肩凝ってますか?ちなみに、肩たたき券一枚で、30分肩揉みします』
「見返りのくせに、時間制限があるのか」
『相澤先生は特別に、一枚で50分に拡大!出血大サービスです。さぁ、買うなら今ですよ!お一人様1台限り。世界にも1台限り。アマチュア肩揉み名人、身剣柄叉です!手から刃物が出るオプション付き!お値段は驚きの。なんと!一万を切りました。聞いて驚け!身剣柄叉、528円!528円です』
「高え。タダでもいらん」
『タダでも。先生、わたし分かりました。気付きました。相澤先生、わたしのこと嫌いですね?タダでもいらないなんて、普通じゃ考えられませぬ。タダです!って言われて突っ返すのは、嫌いなものくらいですよ。困りました。一年間教えを請う担任の先生に嫌われてしまうとは。なんたる失態。できれば良好な関係を築きたかった!くそぅ、わたしは本当にダメなやつだ!!』

何言ってんだこいつ…これ何度目だ。俺は何回同じこと思えばいいんだ。
生徒に対して、好きとか嫌いとかはない。よって身剣を好きでも嫌いでもない。生徒でしかない。
面倒くさいので言わないが。身剣もふざけているだけのように見える。おそらくだが。
つーか528円て、やけに細かいな。そして人間の単価にしては安すぎる。しかしモノが身剣であれば高い。こいつは欠陥品だろう、言葉は最悪だが。

左隣で、身剣は椅子をコロコロ転がして遊んでいる。可動式の椅子を与えたのは間違いだったか。
座ったままくるくるとゆっくり回転する生徒。職員室の光景とは思えない。
さっきから、身剣が回転するたびに長い髪の毛がバサバサと俺の腕に当たる。
鬱陶しい。切るか縛るか、回るな。
身剣を乗せて、とろく回転する事務椅子の背もたれを掴む。
急に動きを止められた椅子。身剣は、顔を俺に向けると笑った。
嘘くさい顔だ。目も笑わせる努力をしろよ。

「身剣。6時30分に職員室前集合、6時45分より鍛錬開始だ。終了は遅くても8時。ジャージと水分は持参しろ」
『6時30分!承知しました。しかと聞きました。でも、わたしは5時でもいいですよ。5時半でも!4時でも3時でも』
「馬鹿言うな。おまえに割ける時間は、1時間30分だけだ。それに長くやりすぎると後に支障が出る。授業中に居眠りなんかしてみろよ。即刻中止だからな」
『ご心配には及びません、大統領!』
「次、おかしな呼び方をしたら。明日を待たずに、この話はなかったことになるぞ」
『申し訳ありませんでした!相澤先生。了解です。承知、御意!御心のままに。先生が最善です。先生の計画は、最も善いもの!オイラみたいな若輩者が口出ししてすみませんでした。反省!わたしなんかのために、1時間30分も時間を無駄にしてくださって。もうなんと言っていいか。ちょっとわからないです。が、ありがとうございます!サンキューソーマッチ。きっちり6時30分に、職員室の前に立ってます!秒単位で正確に。相澤先生、秒単位好きそうですし。そうだ、日程は。日程は、いかがいたしましょう?』

身剣と話していると、麻痺する。
まるでこれが普通であるかのような。馬鹿らしい。
何がサンキューソーマッチだ。一人称くらい統一できないのか。
何より、何なんだこの向上心は。もはや欲だ。
力を得ることに急いているくせに、焦っているようには見えない。授業だけでは足りないことは、身剣以外の生徒も知っているだろう。
各々が日々、それなりに鍛錬を積んでいる。今日からは授業で、実践についても学ぶ。だがそれでも満足できないらしい。目の前のバカは。

「おまえの希望通り、明日だ」
『おお。先生、お優しい。相澤先生は優しい先生だったって、みんなに言っておきますね!なぜならば、先生は、ちょっと怖いと思われてるみたいなので。だから言ってやりましたよ。先生を貶すんじゃない!先生はちょっと死んだ魚のような目をしてるけど、ちょっとヒゲ生えてるけど、ちょっと怖いこと言うけど、とてもいい先生なのですよ!って、高らかに宣言しておきました!先生の名誉を、いてっ』
「貶してんのはおまえだ」

手のひらで身剣の丸い頭を叩く。
ベチンといい音がした。

『そんな!貶してなんかいませんよ。逆です逆、リバース。リバーシブル!裏。九回の裏、満塁です!』

意味がわからない。ああいや、いつものことか。
壁掛けの時計を確認する。昼休みの終わりが近づいていた。
午後からは、1年生にとって初めてのヒーロー基礎学の授業だ。
A組最初の実技授業。オールマイトが担当することになっているが、あの人大丈夫だろうか。
こいつ、どうせオールマイトにも破綻しきった絡み方をするはずだ。
オールマイトが、それを上手くかわせるとは思えない。

「要件はそれだけだ。もう戻れ」
『イエッサー。最後に、再確認させてつかあさい!明日、朝の6時30分に、職員室前集合。で、オーケーですか。相澤先生』
「再確認するほどのことじゃねえだろ。さっさと行け」
『かしこまりました。では、お時間取らせてすみませんでした。このご恩にはいつか必ず報いてみせます、じっちゃんの名にかけて!では、アディオス!』

立ち上がった身剣は、右手を額にくっ付け敬礼してみせた。
どこの探偵だ、おまえは。
身剣は身を翻してドアの方へ向かっていく。

「すげぇな。オイ。アレ、ガチ?マジであれ、正常なのかよ。アレで?」
「少なくとも、数値ではな…」

マイクが身剣の後ろ姿を目で追いながら呟く。
この男をここまで辟易させるとは。お手上げだ。

『失礼しました。1年A組18番、身剣柄叉でした!』

奴は職員室から出る前に、そう言い残して行った。
何回名乗れば気が済むんだあいつは。
それから妙に礼が深いのは何だ。お辞儀の域を出ている。

「俺は身剣、ナイと思うぜ。俺なら除籍する。いくらやる気があってもあれはナイ」
「確かに見込みは、ゼロに近い。が、素質はある。それこそ、足りない分を補う程には」

マイクはどうでも良さそうに背伸びをした。
まさに、どうでもいいんだろう。身剣はアイツの生徒じゃない。
手元の許可書に目を落とす。
身剣の署名は、疑わしいほど真面な字面をしていた。

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