『…グラス、すいませんでした』

「あんなん気にせんでええよ」

『それに…迷惑かけてしまって、ほんとに、すいません』

「みょうじさんは悪くないじゃろ。気にせんでええから、ほら、ココア」

『………ありがとう、ございます…』


やっと落ち着いた彼女をソファに座らせ、一応オーナーに説明の電話をしてから店を閉めた。
学生の時からの知り合いであるオーナーとは仲が良く、この店もほとんど俺に任せてもらっている。
他で儲けているからか、この店は趣味みたいなもんだと言っていたのを思い出しながら、みょうじが好きだと言っていたココアを淹れテーブルに置いた。
このまま彼氏と住んでいる家に帰す訳にもいかず、これからどうするか決めなければならない。
泣いたせいで赤い目と鼻が酷くいじらしく見えて、愛でたい欲求に駆られるのをコーヒーを飲み抑え込む。
あの彼氏の束縛が酷く、友達とも疎遠のようで泊めてくれるような知り合いはいないらしい。
店に泊まってもらってもいいんだが、近くにコンビニなんかもないし、風呂もないここに泊めるのは可哀想だ。
それに、もしかしたらあの男が来るかもしれないと思うと安心できない。
まだ熱いらしいココアを冷ましながら飲むみょうじを見つめていた俺は、無意識に口を開いていた。


「俺んとこ来るか?」

『…え?』

「…ベッド貸しちゃるし、朝一緒に出勤して夜も一緒に帰ったら安心じゃろ」

『え、でも、そんなにお世話になるのは…悪いです』

「気にせんでええよ。俺家では一切料理せんけえ、飯作ってくれたら俺も得じゃろ」

『で、でも』

「無理にとは言わんが、金もかからんし安全じゃ。ま、好きに選びんしゃい」


家に誘って変な風に思われなかっただろうかと心配になったが、それよりも、どうして俺はこいつにこんなにも世話を焼いているのか、自分でも不思議だった。
元々他人、特に異性と馴れ合うのはあまり得意じゃなかったはずなのに、何故かこいつを放っておけない。
しかし、どうせ考えても無駄だと、マグカップを持つ細い指を眺めながら、彼女の返事を待った。


『…じゃあ、お邪魔していいですか…?』

「ん、ええよ。帰りにいるもん買って帰るか」

『…何から何まで、すいません』

「気にせんでええって言っとるじゃろ?」


柔らかい髪の毛を撫で、頭に手を乗せると、みょうじはまた泣きはじめた。
何度も何度も、嗚咽で切れ切れになりながらありがとうございますと言う姿に、胸が締め付けられた。

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