店長がコーヒーの淹れ方を教えてくれている。
独特のコーヒー豆の香りが漂うキッチンで、小さなBGMの音と豆を引く音。
こんな穏やかな時間が過ごせるなんて、一年くらい前のわたしは思ってもみなかっただろう。


「ゆっくり注ぐんじゃ」

『はい』


一年程前、働いていたファミレスの同僚に言い寄られた。
断ったけれどしつこくて、だけど誰にも相談できずに、もちろん悠斗にも隠していたのだけど、ある日、その同僚が家まで押し掛けて来た。
後でもつけたのだろう。
住所なんて教えていないのに、彼と二人で暮らすマンションに急に現れた同僚。
悠斗を見ると逃げるようにしてその人は去って行った。
どうしてしつこくされていたのを黙っていたのか悠斗に問いただされて、わたしはどうしようもなく、ただ謝るしかできなかった。
ごめんなさい、ごめんなさいと謝るわたしを、彼は殴った。
何度も何度も、殴り、蹴り、わたしが意識を無くすまでそれは続けられた。
次の日、わたしは病院で目を覚ました。
左腕を骨折して、内蔵も破損し、全身打撲だった。
そのままわたしは入院して、リハビリや検査をした。
やっと普通に働けるようになったのは、あの日から一年近く経ってからだった。


「何ぼーっとしとんじゃ」

『え、あ、すみません』

「ん、何かわからんことは?」


急に顔を覗き込んできた店長に驚いた。
妙に綺麗な顔をしているとは思っていたけど、近くで見ると本当に同じ人間なのかと不思議になってしまう。
教えられた通りにコーヒーを淹れていると、入り口のドアが開く音がした。

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