「ただいま」

『あ、おかえり』

「今日メシ何?」

『唐揚げとか、いろいろ』


昨日、食べたいって言ってたから。そう言うと、悠斗は嬉しそうに笑った。
先にお風呂に入ると言ってバスルームへ向かった彼の、脱ぎ散らかされた服を拾って洗濯機へ入れる。


「なまえー、シャンプー切れそうなんだけど」

『え、あ、ごめん。気づかなかった。明日買ってくるから』

「あぁ、よろしく」


テーブルに食器を並べながら、胸を撫で下ろした。
悠斗はちょっとしたことで不機嫌になったり、キレたりする。
今日は機嫌がいいのか怒らなかったけれど、普段なら怒鳴られたっておかしくない。
だからわたしは毎日、必死に彼のご機嫌取りをして過ごしている。
怖いのだ、彼が。
出会った頃は、優しかった。
格好良くて、素敵で、誰よりもわたしに優しかった彼が変わってしまったのは、付き合い始めて2年くらいの頃。
丁度、一緒に住み始めた頃だったと思う。
きっかけは何だっただろうか。
きっと、ほんのささいなことだったんだと思う。
今ではもう覚えていないけれど、そんな、ほんのささいなことで、彼は急に変わった。
昔は、少し抜けてるところが可愛い、なんて言ってくれていたのに、わたしのちょっとした失敗を見つけるとすぐに怒鳴るようになった。
男友達との縁は切らされたし、ナンパなんてされようものならお前が隙を見せるからいけないんだと言われた。
そして、少しでも抵抗や反抗をすれば、彼はあの優しかった手でわたしを殴る。
泣いても叫んでも止めてはくれない。
わたしはそんな彼が怖くて怖くて、仕方が無い。
一時期は別れることも考えたけれど、別れ話なんてしたら殺されるんじゃないか、そう思うと言えなかった。


「バイトうまくいってんの?」

『うん、お客さんは少ないけど』

「つーかほとんど店長と二人っつってたけど、店長って男じゃねーだろうな」

『え?お、女の人だよ』


嘘を付いた。
だって、男の店長と二人で働いているなんてばれたら、きっと殴られるだろうから。
できれば嘘なんてつきたくなかったし、女の人しかいない職場で働きたかった。
だけど、何の資格も学歴もない、出られるのは平日だけのわたしが働ける職場なんて限られている。
今のバイトは、シフトに融通も聞くし、お客さんも少ないから残業なんてない。
今のわたしにぴったりだった。
店長が男の人なのを除けば。
だけど、きっと隠し通せる。
きっとばれずにやれる。
そう、思っていた。

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