『いらっしゃいませ』


みょうじの声が聞こえ、客が来たのだと知る。
キッチンから覗くと、若いカップルと接客する彼女が入り口付近にいた。
まだ研修中だが慣れた様子で席へ客を案内すると、彼女はキッチンへ戻って来て注文内容を俺に伝える。


『お待たせしました。カフェラテとアイスコーヒーです』


元々多くないメニューもほとんど覚えたようで、今では簡単なドリンクは彼女に作らせている。
遅刻もせずマニュアル通り難なく働く。
こうも欠点がないと、逆にどうして前のバイトを辞めたのかが気になってきた。
人間関係か、それとも引越しなどの事情からか。単に飽きただけか。
ぼんやりとそんなどうでもいいことを考えていると、知らぬ間に客は帰り片付けを終えたみょうじもキッチンに戻って来た。


『お客さん、少ないですね』

「あぁ、ずっとこんな感じじゃ。立地もあんまり良くないからのう」

『あぁ、そうですね…』

「………そういや、聞いてなかったが…前のバイトはなんで辞めたんじゃ?」

『……あ…えっと………ちょっと、いろいろあって…入院してしまったので……』

「入院?大丈夫やったんか?」

『あ、はい…ちょっと骨折とかしただけなので』


ちょっと骨折、しただけ?
こんな若い女が骨折するなんてそんな軽いことでもないだろうに、まるで自分にとっては擦り傷くらいなもんみたいな言い方をするので違和感を覚えた。
しかも、骨折とか、と言ったので恐らく骨折だけではなかったのだろう。
手持ち無沙汰にシンクを拭いている彼女の腕を見た。
この前見えた痣が薄くなり変色している、その隣に、痛々しいケロイドがあることに気付く。
タバコの跡、根性焼きだろうか。
それが数個ある。


「事故でもしたんか?」

『え?』

「入院したとき」

『あ、いえ、事故じゃ……あ、いや、はい、事故みたいなものです』


何と無く、嘘をついていることはわかった。
事故ではないと否定しようとしたんだろうが、じゃあ何故入院したのか聞かれると困ると思ったのだろう、事故だと嘘をついた。
薄い化粧をした顔が俯く。


「ふーん………そういや、一人暮らししとんか?」

『いえ…彼氏と、一緒に住んでます』


そうだろうと思っていたので特に何も思わなかった。
同棲中だという男の話になったとき、ふと表情が曇った彼女が隠そうと必死になっている秘密を、なんとなくだが確実に、知ってしまった気がする。
だが勘付いたとはいえ、俺には所詮無関係な話。
仕事に支障が出ないのであれば、口を出したり手を差し伸べたりする必要はない。
そう思っていた。

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