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『よろしくお願いします』 支給したエプロンを着けて、長い髪を纏めて出てきた女は軽く頭を下げた。 オーナーが採用していいと言ったので面接もどきをした翌日合否の連絡を入れると、女は慌てた声で出た。 小さなその声の向こうで、テレビの音と低い男の声が聞こえたのを覚えている。 採用だと伝えると、やはり無表情であろう声で答えた女は、恐らくタチの悪い男と一緒にいたんだろう。 ガタガタという物音や怒鳴り声がする度、女は電話の向こうで息を詰まらせていた。 そんなことは俺が気にすることではないので、必要事項と時給を伝えると、よろしくお願いしますという声を最後に電話は切れた。 そして今日、出勤して来た女は、あの日と同じように長袖を着て肌を隠している。 「接客はしたことあるか?」 『はい』 「前はバイト何しとったんじゃ?」 『えーと、ファミレスと、居酒屋と、キャバクラ…です』 「じゃあ接客は大丈夫じゃな。一応マニュアル渡しとく」 『はい』 「メニューもそのうち全部覚えてもらうけど、大丈夫かのう」 『…頑張ります』 しばらくは研修となるので付きっ切りで教え込まなければならない。 まあ、立地の悪さも影響して客が少ないので対して大変というわけではないが、人に何かを一から教えるのは少し煩わしい。 しかし女は飲み込みが早いのか、接客業に慣れているからか、中々覚えが早かった。 これは使えると思いながら、今はさっき来てすぐに帰った客の使った食器を洗わせている。 そういえばこいつ、名前は何と言っただろうか。 正直覚えていない。 最初に聞いた時を思い出しながら、皿を洗う女の細い肩を眺める。 名前よりも気になったのは、洗い物をするために捲ったシャツの袖から見える腕、にある痣だった。 やけに濃い、でかい痣が袖から覗いている。 「腕、それどうしたんじゃ」 『え?』 「痣」 『あ……これ、この間、ぶつけちゃって…壁に』 「…ほーか。気を付けんといかんぜよ」 『……はい』 どんだけ強くぶつけたんだと呆れながら、頭の中に浮かんだのは彼女の、やたらと露出を抑えた私服のことだった。
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