客のいない店内で、BGMとグラスを磨く音が響く。
そんな静寂を裂いたのは、コツコツと甲高いハイヒールの足音だった。


「いらっしゃいませ」

『あの…』


夏だというのに長袖とスキニーパンツで肌を隠すその女は、ウェーブのかかった長い髪をかき上げながら、伏し目のまま小さな声で言った。


『外の、張り紙を見て…バイトって、まだ募集してますか』


心配になるほど色の白い顔を上げた女と、入り口のドアを見比べる。
最近バイトが一人辞めてしまって人手不足だったので、試しに外の壁に求人の旨を書いた張り紙をして置いたのを思い出した。
客もいないのでとりあえず女を奥の席へ座らせ、自分も向かいに座った。
恐らく通りすがりに張り紙を見て来たんだろう、女はカジュアルな格好だった。


「今、いくつ」

『ハタチです』

「若いのう…バイト探しとるんか?」

『はい』

「今は何かしてるんか?学校とか他のバイトとか」

『いえ…最近バイトをやめてしまったので…えーと、ニート…?』

「フリーター?」

『あ、はい。フリーター、です』


人見知りするのか、さっきから一度も目が合わない。
しかし会話は成り立っているし慣れれば問題はなさそうだった。
見た目も悪くないし、これで笑顔で接客できれば男性客が増えるかもしれない。


「週どれぐらい出れる?」

『平日は、朝から夜の、7時くらいまで出られます』

「土日は?」

『…土日は、難しいです』

「ほーか」


今二人いるバイトは学生で、平日は夜しか出られないから丁度いい。
土日は学生バイトが出られるから問題ないだろう。
その旨を伝えると、女はそうですかと無表情のまま言った。
なんというか、愛想がないが接客は出来るのだろうか。
少し不安を覚えつつ、一度キッチンへコーヒーを淹れに戻った。


「いつから出られる?」

『いつからでも、大丈夫です』

「今日からでも?」

『……はい、大丈夫です』

「嘘じゃよ。じゃ、名前と番号教えてもらえるか?今ここで採用しちゃりたいんは山々やけど、一応オーナーに聞いてみんとな」

『わかりました』

「ま、多分採用じゃと思うから。また合否は連絡するってことで」


頭を下げて帰って行った女は、渡した適当なメモ用紙に綺麗な字で名前と番号を書いた。
オーナーに電話しようとした時、時給言うのを忘れていたことを思い出す。
まあまた電話する時でいいかと、店の電話を取った。


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