『雨降ってる』
「梅雨だからね」
『でも朝晴れてたよ。傘持ってきてない』
「天気予報見なよ」
屋根から手を出して、雨を触っているなまえは、拗ねたように唇を突き出した。
この後彼女が何ていうか、簡単に想像が付く。
だって!と、不満そうに僕を見上げて言うのだ。
ほら、むっとした顔で見上げてきた。
『だって、そんな時間ないもん』
「ギリギリまで寝てるからでしょ」
むすっとしたまま黙り込む彼女の腕を引いて、広げた傘に入れる。
自然と寄り添う形になれば、さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいになまえは笑った。
『蛍、肩濡れてる』
「別にいいよ」
『だめだよ。肩冷やして怪我したら大変』
「しないよ」
『いいから、傘もっとそっちやって』
無理矢理に傘を僕の方に押し付けてくるので、今度は彼女の方が濡れる。
仕方なく、頼りない肩に手を回して引き寄せれば、僕となまえの距離は0になった。
「これでいいんでしょ?」
彼女は満足そうだ。
そして嬉しそうに笑う。
僕がくっつけばくっつくほど、彼女は喜ぶ。
僕が笑えば彼女も笑う。
「そういえば、昨日の夜、ケーキ作ってたらしいね」
『げっ。なんで知ってるの』
「おばさんが言ってた」
『お母さんってば、ほんと口軽いんだから。言わないでって言ったのに…』
「やっぱ僕に作ってくれてたんだ」
『う…違うし。ちょっとなんか、ショートケーキ食べたくなっただけだもん』
「へぇ、そう」
彼女は昨夜、なんとなく僕の好物が食べたくなって、何故か家にあった材料でせっせと作り、そのことを僕に秘密にしていたらしい。
朝、今日帰ったらいいものあげるね、と笑っていた彼女の顔を思い出す。
「誕生日でもないのに」
『うるさいなぁ、もう。なんとなくだってば』
「で、食べられるくらいには上手くできたの?」
『…もう食べさせてあげないからね。わたしが全部食べるから』
「最近太ったとか言ってなかったっけ」
『じゃあ、忠にあげるもん』
「明日、山口生きてるかなあ」
『もう嫌い、蛍なんて』
「次嫌いって言ったら、ハメ殺すよ」
『…蛍、いつからそんなゲスエロ野郎になっちゃったの』
「優しくして欲しかったら、素直になることだね」
『……はいはい、好きですよ。嫌いになんてなれませんよ』
彼女の家に行くと、少し歪なショートケーキが僕を待っていた。
最初の頃と比べたら、確実に上手くなっている。
将来は僕のためにパティシエになるらしい彼女は、照れ臭そうに俯いた。