お腹に腕が回ってきた。
寝ぼけてるのかな。珍しい。
『蛍……?』
「何」
起きていたようで、小さな声で名前を呼んだだけなのに、すぐに返事が返ってきた。
蛍の方から密着してくるなんて、珍しい。
明日は雨かも。まあ夏だから、普通だけど。
肩に蛍の顎が乗って、首筋に顔を埋められる。
お腹に回った腕も、ぎゅ、と力が入っている。
『どうしたの?』
「どうかしなきゃ、彼女に抱きついちゃいけないの」
『ううん。嬉しいけど』
変な蛍。
いつもなら、本を読んだり漫画を読んだり、スマホを弄ったりする蛍にわたしがじゃれついて、邪魔。とかうざい。とか暑い。とか言われて、べりっと引き剥がされるのに。
わたしは蛍みたいに邪魔、とか言わないし、引き剥がしたりしないけど。
寝返りを打って、蛍の背中に腕を回す。
剥がされるかな、と思ったけど、今日は機嫌がいいのか、蛍はそのまま、わたしの背中もぎゅ、と抱きしめてくれた。
『だいすき』
「知ってるよ」
『うん』
蛍の胸に頬をくっつける。
幸せ。
蛍は部活が忙しくて、休みの日はあんまり会えない。
連休とか夏休みなんかは、遠征に行ってしまって、学校がないからもっと会えない。
わたしもマネージャーになろうかな、と前に言ったら、だめ、と言われた。
『もうすぐ夏休みだね』
「うん」
『…わたし、マネージャーやりたい』
「…だめ」
『なんで?』
「…変な奴ばっかりだから」
『蛍以外、興味ないよ』
「うん。でも、だめ」
『……………』
「他の奴と話してるの見るの、面白くないよ」
『…うん』
蛍の背中を撫でる。
これはわたしの背中。
だけど、コートに立ったら、わたしだけの背中じゃなくなる。
「それに東峰さんとか、なまえの好みだと思うから、だめ」
『東峰さん、知ってるよ。委員会が一緒』
「……………」
『ぜんぜん好みじゃない。わたしの好みは蛍』
「…うん」
『蛍以外、人間にも見えない』
「それは言い過ぎデショ」
『うん。でも、ほんと』
たしかに、蛍と付き合う前は、強そうだけど優しい、みたいな、くまさんみたいな人がタイプだったけど。
今は違う。
動いた蛍の手が、わたしの髪の毛を撫でる。
「僕だって、なまえ以外は全員石ころとかに見えるよ」
『ふふ』
こんなに優しい蛍、久しぶり。
きっと夏休みが近くて、あんまり会えなくなるからだと思う。
『でも、わたしが会えない間、マネージャーさんは蛍と会えるの、さみしい』
「別に話したりしないよ」
『うん、でも、妬けるよ』
「…なまえがコートにいたら、集中できなくなる」
『なんで?』
「ボールが飛んでかないかとか、他の奴見てないかとかで」
『でも、応援は行くよ。二階で見てる』
「うん」
『蛍しか見ないよ』
「当たり前」
『あ、でも、ちょっとだけマネージャーさん見る』
「なんで」
『綺麗だから』
「…そう?僕は別に思わないけど」
『嘘。すっごい美人だもん』
「だから、なまえ以外は石ころなんだって」
『あ、そうだったね。ふふ』
息ができないくらい、強く抱き締められる。
全身で、好きだって言われてるみたい。
一ヶ月まるまる、会えないわけじゃない。
「電話するから」
『毎日?』
「うん」
『からかわれちゃうよ』
「いいよ」
『うん、待ってるね』
「うん」
蛍の匂い。
わたしたちはそのまま、ぴったりくっついて眠りに落ちた。