『蛍くん』

寒かったようで、彼女の鼻は赤くなっている。
僕の名前を呼びながら、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「なんで外で待ってんの」

『部活終わるころかな、って』

「また風邪引くよ」

彼女はこの間、風邪を引いて学校を休んだばかりだ。
ふと、視線が気になり振り返る。
そこには、部活の先輩たちが目を丸くして立ち止まっていた。

「月島……彼女?」

「…………そうですが何か」

「イ、イイエ」

『こんにちは、蛍くんがいつもお世話になってます』

「あれ、みょうじ!オッス!」

先輩たちの後ろから顔をのぞかせた日向が片手を上げた。
それからはもう、見ていられない。
先輩たちと彼女は頭を下げあって挨拶しているし、同じクラスの日向と彼女は笑いあっている。

「なまえ。行くよ」

『うん。じゃあね、日向くん。先輩たちも、さよさら』

「仲良くな!」

「月島に彼女……」

低いところにある彼女の腕を引き、連れ出した。
彼女は一生懸命、僕の歩くペースに合わせようとして、ぴょこぴょこと大股で歩く。
いつもは、遅いくせに。
そんなんだから、つい、その健気な姿が見たくて、いじめたくなって、歩くペースを上げてしまうんだ。
僕は一度立ち止まり、今度は彼女の歩幅に合わせる。

『蛍くん、おつかれさま』

「うん」

掴んだままだった腕を離すと、彼女の方から手を握ってくる。
ぎゅ、と僕の手のひらを握る指は、冷たい。
小さな手を、潰さないように包み込む。
幸せそうに、彼女は僕を見上げた。

『さっき、嬉しかったな』

「何が?」

『蛍くんが、わたしのこと彼女って』

「…当たり前デショ、彼女なんだから」

『うん。ふふ』

照れ笑いをする彼女。
彼女は小さいから、見下ろしただけじゃ表情は見えない。
でも分かる。
彼女は今照れていて、でも嬉しそうに、笑っている。
僕は足を止めて、少し屈んだ。
見上げてきた顔の頬に手を当てて、唇を合わせる。
屈まないとキスできないから、そのうち腰を悪くしそうだ。
柔らかい唇は、やっぱりすこし、冷たかった。

『誰かに見られちゃうよ』

「いいよ、見せとけば」

照れ臭そうに、それでも目を瞑る。
そんなしぐさ、僕以外にはしてないだろうな。
心の中で思いながら、もう一度、唇を重ねた。
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