教室。わたしのクラス。
いや別にわたしのクラスではないけど、わたしの所属するクラスだけど。
クラスメイトの視線が痛い。
何故ならだ。
自分の席に当然座ってるわたしに後ろから仁王が抱き着いてるからだ。

『何してんの。離れてくれる』

「嫌じゃ」

『嫌じゃじゃなくてね。何してんのかな。ここが教室だということは百も承知なのかな?』

「百も承知じゃよ」

『だったらどうしてまとわりついてくるのかな?ねえ。みんな見てるよ。教室ではくっつかない約束だよね?』

そうなのだ。
どこでもかしこでもくっついてきたがるこいつのせいでわたしたちカップルには決め事がいくつかある。
まずさっき言ったように教室でくっつかない。
ちなみに廊下とか校庭とかはくっついてもいいことになっている。いやされている。
今まで拗ねくりながらも何とかその約束だけは守ってきた仁王が、今日何故かいきなり破った。
破り捨てた。
クラスメイトの視線が痛い。

「そんなことより、お前さん俺に渡すモンがあるんじゃなか?」

『渡すモン?何か借りてたっけわたし』

「そうやのうて」

『何?何にもないよ』

仁王がぶーたれている。
おいおい、そんな男前がほっぺ膨らまして怒ってても可愛くないぞ。
後ろからすり寄ってくる銀色の頭。
ああ痛い。視線が痛い。

「なんでじゃ。今年はくれるじゃろ」

『今年?だから何の話?』

「去年までは本命が欲しくて欲しくてしょうがなかったけど付き合うとらんかったから義理で我慢しとった。でも今年は貰えるはずじゃろ」

『……え?もしかしてチョコの話してる?』

こくんと無言で頷いた仁王。
え?今日13日なんだけど。ただの平日なんだけど。
バレンタイン明日なんだけど。
いや、確かに今年のバレンタインは明日の土曜日だから、みんな平日の今日渡してるけど。

「なんで義理チョコは配るのに俺のはないんじゃ」

『ねえ、バレンタイン明日だよ。そりゃ、明日休みだから義理は今日配るけど、仁王には明日あげるに決まってるでしょ?』

「え?明日?明日くれるん?なんで?」

『は?なんでってなんでよ。本命なんだからバレンタイン当日に渡すに決まってんじゃん。なんで休みだからって本命をただの平日に渡すの。おかしいでしょ』

「え…だって、お前さん…え、明日会ってくれるん?」

『会うでしょ。え、会わないつもりだったの?』

「だってお前さん、休みの日いっつも夕方まで寝とるし…」

『バレンタインだよ?特に事情もないのに付き合っててバレンタインに会わないわけなくない?ていうか、え?わたしのこと何だと思ってるの』

「愛しの彼女」

『うん、そうだね。彼女だよね。それに義理の流れで本命渡すわけなくない?仁王のは明日気合い入れて作る気なんだけど』

「義理のよりすごいやつ?」

『義理は買ったやつだよ。わざわざ義理のために作るわけないじゃん』

「確かに去年までのはチロルじゃった……ああ、よかった。俺今年は彼氏なのに貰うことすらできんのかと思った」

『馬鹿なの?仁王って付き合った途端馬鹿になったよね』

「馬鹿になるほど好きなんじゃ」

『…うん。じゃあ明日うち来てね』

「え!なまえんち行ってええん!?」

『いいよ。だって気合い入れて作るんだよ。持ち運べないタイプのやつ作るから。遅れたらわたしが食べるからね』

「なら寝ずに行く」

ほっとしたようにすりすりしてくる仁王。
朝から丸井やら幸村やら切原くんやらに義理チョコチロルを配ってるとき、やたらと不機嫌そうだなとは思ってたけど。
満足そうな笑顔。
わたしにはピンと立った耳とぶんぶん振ってる尻尾が見える。
料理とかするの嫌いだけど頑張ろうと思います。

『あ、忘れてた、ここ教室だからそろそろ離れて』

「嫌じゃ」

『ねえ幸村が見てるよ。幸村の背後に悪魔が見えてるよ。怒ってるよあれ。悪魔召喚しちゃってるよ』

「俺にはなまえっちゅー天使が付いとるから大丈夫じゃもん。悪魔より天使のが強いもん」

『もんじゃないよ。可愛くないよ』

「なまえは今日も世界で、いや宇宙で一番可愛えよ」

『うんありがとう。盲目だね。ほんとに目が盲目なのかもね。とりあえず、離れてくれないかな。幸村が真田連れてきたから。仁王が怒られるのは目に見えてるけど多分わたしも怒られるんだよね』

「だーいじょうぶじゃ!なまえは、俺が絶対守っちゃる」

『あーあもう手遅れだよ。真田顔真っ赤にしてこっち来るよ。あーやだ。怒鳴られる。鼓膜裂ける。あ、チョコあげたら許してくれるかな。チロル余ってるし』

「ダメじゃ!お前さんのチョコは、例え義理であってももう誰にもやらん!」

『もう丸井たちにはあげたんだしいいじゃん。義理だよ。お情けだよ。まあ情けかける意味のないメンツに配ったけど』

「情けでもなんでもダメなもんはダメなんじゃ!おい、なまえのチョコはやらんぞ、真田!」

「お前らは何をやってるんだ!ここをどこだと思ってる!?それに仁王は意味のわからんことを言うな!俺はチョコなどいらん!」

『ひどーい、真田もいっぱい貰ったんでしょ?あーあ、女の子たちかわいそー、真田のために一生懸命作ったチョコをいらないとか言われてさ』

「む…!い、いらんと言うのは、お前のチョコだ!お前のチョコには気持ちなど入っておらんだろう!」

『入ってるよ。チロルを作ってる人の気持ちが』

「だからやらん言うとるじゃろ、しっしっ」

「しっしっとは何だ!お前らはいつもいつも人前でイチャつきおって!罰として二人でグランド100周して来い!」

『鬼畜かよ。わたし悪くないからわたしだけ一周にして。仁王は100周でいいから』

「問答無用だ!さっさと行かんか!!」

こうして、教室から追い出されたわたしは纏わりついてくる仁王に連れられて校庭に出た。
校舎を見上げると、教室の窓からわたしたちを見下ろす真田と幸村が見える。
こりゃ100周走らされるわ。死ぬわ。
わたしグランドとかまともに走ったことないんだけど。
どうしよこれ。
とか思ってたら、いきなり仁王にお姫様抱っこされた。
びっくりして銀色の髪が纏わりついている首にしがみ付くと、仁王はいい笑顔でわたしを見下ろす。

「なまえは体力ないけ、俺がなまえの分も走っちゃる」

『え、だったら一人で200周走ってよ。おろしてよ。恥ずかしいんだけど』

「暴れなさんな、ほら、行くぜよ」

わたしを抱き上げたまま走り出した仁王。
ちらりと目をやった校庭の窓では、いつの間にか丸井や柳までもが確認できる。
ああ、なんか写メとられてない?あれ。
仁王が走るのに合わせて上下に揺れる身体。
なんかもうどうでもいいや。好きにして。
仁王の首に抱き付いて、明日朝から作る予定の仁王の好みに合わせた甘さ控えめケーキのレシピを思いだした。
あ、粉砂糖買うの忘れた。
帰り買わなきゃ。
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